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社会

記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞

記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞

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ミズキ

福島県内公立図書館臨時職員(司書…

2011年3月11日 24歳の1人の青年が職務中に津波に攫われ、彼は還らぬ人となった。 彼は津波に攫われる直前まで、避難誘導をしていた。 彼は、福島民友新聞という地方紙の新聞記者。それも地震、津波。原発事故という三重苦に今もまだ晒されている双葉郡を含む相双(そうそう)地区と呼ばれる場所の新進気鋭の若手だった。 これは、福島民友新聞社相双地区の記者たちが直面した真実。 この書籍の存在は知っていた。いつか読みたいと思っていた。あの日の光景をきちんと知っておきたいと。発行は震災から三年後、その時はまだ、読めずにいた。あまりにも辛すぎた。心の傷は時間が治してくれる。それでも、時間が短すぎる。だが、あれから7年たった。当時小学生だった子は中学校、高校、大学へと進学し、また社会人として新たな生活をスタートさせているし、その年に生まれた子供は小学校へ入学している。それだけ年月がたっているのだ。 いまなら、読めるだろうと感じた。確かに読めた。それでもあの当時感じた恐怖や悲しみや苦しみや感謝から自然に湧き上がる涙は取められない。 フクシマは危ないとか危険とかただ漠然とした感情だけで、いまの福島を訪れたこともない、住んだこともない。原発事故後に福島が県をあげてどのように取り組みを始めたかを知りもせず、一部しか報道されないことが全てだと、だだ周りの情報に踊らされている人たちすべてに、己の恐怖や痛みと向き合いながらそれでも真実を伝えようとしている人たちがいる事を知ってもらいたい。

2日前