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小説家の夫と妻は、住み慣れた家からの引っ越しを考え始めた。長いつきあいの友人たちやまわりの人々、日々の暮らしの中でふと抱く静かで深い感情、失って気づく愛着... 続き

コメント

 本書は夫、妻、友人、第三者と様々な視点に移り変わる。それは作中のテーマと考える
時間と記憶の感覚が混在するように視点も混ざり合い一つの世界を作り出していく。

「何かを思い出せば言葉になり、その先には誰とはっきりしなくとも誰かが宛先らしく立つ。どんな楽しい事でも、思い出すという行為の中には、必ず少しの寂しさがあって当たり前だが寂しさは過去形のなかにしかないし、誰かに向ける言葉も過去形のなかにしかないが、過去がなければ幸せだと感じることもたぶんなく、寂しさも幸せも思い出す愛着の影」p.27

「この日の八朔さんの涙もまた、表面的な理由や昂ぶりの下にもっと個人的な、絡み合ったいくつもの時間があって、そこに潜むなかなか言葉にはできない悔いや遠ざかってしまった喜怒哀楽に涙するのではないか」p.69

「もちろん子どもの頃や若い頃にはもっと複雑な思いや憧れや悩みがあったはずで、何かがあった影のようなものは思い出せても、いまではもう仔細にはよみがえってこない」p.158

友人である窓目君三十五歳の自意識過剰な滑稽さの裏にある悲しみが愛おしい。

そしてしょうもない妄想にふけることになる立ち寄った美容院で流れていたジム・オルークのアルバムは

[Bad Timing]1998

リリー・フランキーではなく友沢ミミヨイラストがジャケットの2作は

①[Eureka]1999

②[Insignificance]2001

そして、こちらも友人の八朔さんが住んでいるのは、阿佐ヶ谷と鷺宮の間で道路建設計画の為立ち退きになる可能性があるとのことだから補助第133号線にかかる白鷺のあの辺りなのかな。

読者

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滝口悠生の本

愛と人生

愛と人生

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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

渥美清、車寅次郎、さくら、満男、ホエールズ帽のテキ屋の息子、美保純と物語の視点は目まぐるしく変化する。虚の 中で虚を語る物語の中で美保純は常に見られている。そして美保純の存在とその尻だけがこの世の確固たる現実としてゆるぎなく存在する。 「私が二十七年前に見た美保純の尻のことを今でも忘れずに、むしろ積極的に思い出して思い出して、それがなにかであると思おうとしている。何か、というか、正直に言えば私はそれを愛情だと思いたがっている。でもそうして思い出すことが愛だとしても、はたしてそれが美保純に何をもたらすのか。そもそもその対象は、美保純なのか、美保純のお尻なのか。思い出すことと伝えること。愛の理論と実践。 だーかーらー、と言って美保純は、私にビールの缶を投げつけてきた。理論でも実践でもないの。空き缶は私の顔の横をすりぬけて背後の柱にぶつかって畳の上を転がった。話をすり替えない。ただもうお尻でいいのよ。理論も実践も捨てちゃって、お尻お尻。お尻だけ。」 p.87 「スクリーンで観たことが本当に見たことになるのなら、日本中が美保純の尻を見ていた。尻など、直接見なければ何も見たことにならない。複雑な機能を有せぬ無為の厚みと量感、そこに働く重力と張力、尻の絶えざる静かな運動と、尻を目の前にした自分の絶えざる動揺と冷静の満ち引き。」P.88~89

2年前

高架線

高架線

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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

西武池袋線東長崎駅にある築50年家賃三万円のアパート「かたばみ荘」では住人は引っ越しの際に、自分の住んでいた部屋の次の住人を探してきて大家に斡旋する変わった習わしがある。この物語はそんなアパートでの終末期の16年を過ごした住人達によって紡がれていく。 「上り線で所沢を出て、まだところどころ畑や雑木林のある東京の市部から、列車はやがて住宅の立て込んだ練馬区に入る。窓外の景色が家々の高さを超え、線路が高架となるのは練馬駅の手前あたりで、やがて戸建の家と、低層のマンションがほとんど隙間なく並ぶ景色が遠くまで抜けて、その奥というか途中に、としまえんのバイキングやタワー状の乗り物が小さく見えた。」P3 いや、高架になっているのはもっと手前からなのでは?と思いきや物語は16年前の2001年から始まる。(西武池袋線高架複々線化は2015年に完了これにより桜台から大泉学園までが高架となった。) 冒頭「線路が高架となるのは練馬駅の手前あたり」だが16年を過ぎた物語後半では練馬駅から一駅前の中村橋を過ぎても「また電車が駅を出て、高い眺めが窓の外に見えた」となっている。しかし視点は変われど「敷き詰めたみたいに戸建の屋根が奥まで続いていた。あの全部の屋根の下に人が住んでいると思うと、気が遠くなるほどたくさんの生活だ。遠くに、遊園地が見えた。あれはとしまえんです、と歩さんが教えてくれた。」P230と車窓から眺める風景は変わらない。 繰り返しになるが西武池袋線上りの練馬付近の車窓風景は北西から秩父連山、谷原付近のガスタンク、光が丘の団地群と清掃工場の煙突、としまえん、遠くにさいたま新都心、更に遠くに日光連山、そして北東に筑波山を望むあきれるほど広大な関東平野に連なる家々とその生活は「かたばみ荘」の住人の様に続いたり途切れたりまた繋がっていくのと重なっていく。 補足 「高架線」では中村橋に住居を構える場面も出てくるのだけど、「プレーンソング」保坂和志著も中村橋が舞台だった。中村橋書店、練馬美術館、貫井図書館、やきとり川名、パン工房YOU、プロスペール、センプリチェ、西友(線路横からガード下)までとても暮らしやすい。各駅停車ならではの長閑さも。 2017年に現れた西武池袋線沿線小説。

約4年前

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死んでいない者

死んでいない者

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Little Flapper

仕事にまつわるしごと、ときどきア…

お通夜とかって、何年ぶり!みたいな血のつながりだけの、でも、だからこそ共有できる何かがあり、知らないたくさんのことがある人たちがある日突然集まる不思議な会だとよく思います。あるあるー、という会話や光景を通して、死んでいない者である自分の日々を、さ、寝て明日も起きよう、とナチュラルに思えるすばらしい作品。

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