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非日常的な空間である聖地-。観光地として名高い聖地には、信仰心とは無縁の人々が数多く足を運んでいる。さらに近年では、宗教と直接関係のない場も聖地と呼ばれ、... 続き

コメント

P83 現代の巡礼者は、旅立つ前に映画・小説・巡礼記・ネットなどを通じて、自分自身の「あるべき巡礼」「あるべき他者との交流体験」を思い描いているのではないか。そして、それに合致するような体験を積極的に探し、強調しているように思われる。

かつて宗教的な信仰心と共にあった「聖地」。

しかし「聖地」はいまやどこにでも存在し、増え続けている。現代の「聖地」に宗教的な情熱はなく、私的な個々人の繋がりが、それを支えている。

ゴールすることよりも、プロセス、体験が重視されるサンティアゴ巡礼や、四国遍路。

歴史的な真正性は皆無ながらも、「聖地」として現地では扱われる青森県にある「キリストの墓」。

宗教性を極力排除して、パワースポットという名で、新たに「聖地」となっていく神社仏閣。

そして、全くのフィクションから立ち上がる、アニメ作品の「聖地」まで。

聖地巡礼と観光が融合し、従来の宗教が世俗と混ざり合い、新たな展開を始めている。21世紀ならではの「聖地」論が面白かった。

「聖なる巡礼者/俗なる巡礼者」という二分法を丁寧に解体し、「宗教が自明のものでなくなった現代世界において、聖なる場所や聖なるものがどのようにして社会の中に姿をあらわすのか」(p.v)考察した1冊。

聖地は以下の4つの類型に分けられる。(a)制度的聖地、(b)共同体的聖地、(c)イベント的聖地、(d)個人的聖地である。
著者は、多様な価値観や世界観がフラットに存在する現代社会を背景に、個人と個人が何かを共有できる可能性をもつものとして、聖地に可能性をみる。
宗教と社会が新しい関係を結ぶ中で、記憶ー場所ー共同体といった概念が今後どうなっていくのか(べきなのか)、考えさせられます。

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