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P237 政治的、社会的には必敗の思想であり、そういう局面で勝利することを仏教は想定していないのです。

読者

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宮崎哲弥の本

M2:ナショナリズムの作法

M2:ナショナリズムの作法

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cobo

昔の記録に

雑誌サイゾーに連載されていたM2なるユニット宮台さんと宮崎さんの対談本の5冊目で最終巻です。 今回もいつものごとく様々な事柄に議論を膨らませ、日常の中で気になる些細な物事をニュースなどでは切れない切り口で仕掛けて来ます。それも今回が最終回。最後には「爆笑問題」の大田さんを交えた鼎談をしていまして、普段は大田さんの事を「世界から核兵器をなくせ!と100万回唱えると本当に核兵器が消えうせると信じる(本当は違うのだろうけれど、そういう風に見られていることが自覚できていない『イタイ存在』であることを揶揄して使っていると思われる)念力主義者」と批判しているのに、議論に参加するとなると紳士的な態度をとって議論する。あるいは心の中では馬鹿にしていてもその人の主張は聞き、その上で言葉で反論する。また議論を広げる為に相手の話しに乗った上で議論を膨らませる。当然ですが、話し合うなら当たり前の事で、しかも自分と意見の大きく違う方に対しても同じ様にできる宮台さんと宮崎さんにそれ以外の論客の方々との違いを感じます。だからこそ読んでみたくなるのですが。 中でも「天皇」という存在とその制度に関する考察は面白かったです。私個人的にはあまり考えたことが無かったので、論点すべてを把握できているわけではありませんが、天皇陛下としてふるまって頂く事に対する責任の重さや一個人に集中してしまう様々なご無理を強いる事の上で、はじめて成り立つ制度、という事に(システムに!)ビックリですね。 また、北朝鮮の話し(この話題は本当にみなさんそろそろ飽きませんか?そう感じる私は不謹慎かもしれませんけれど、心で思う事は止められないですし、ずっと前から存在する国というか地域というか、現実なのですからもう少し冷静になって欲しいです)や、靖国神社の話し(人が何かにすがり、信じる事の自由もあるが、信じない自由もあるし)なども確かに興味深いのですが、いい加減飽きました。 やはり、私が好きなところは認めたくないですが、知らない事を知っていく楽しさと、それにともなう優越感、それに結局もところ言い切ってくれる分かり易さなのだ(その過程は細かくとも)、と気が付くと少し醒めて読めるようになり、そうすると、宮崎さんも宮台さんも、何となく(私個人の感想ですけれど)そういう人たちを対象にして(ちょっと上手く煽ってみたり)言っている様に感じられました。そこが鼻につくというばつきます。だからこそ、普通人は自分の読みたいものしか読みませんから、少しでも広げる努力を続けたいですね。考えを決める事はその後を考えないこと(思考停止!)に繋がっていく気が致しますので。 やはり考える事に興味がある方にオススメ致します。 2008年 1月

8か月前

M2:思考のロバストネス

M2:思考のロバストネス

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cobo

昔の記録に

社会学者・宮台さんと評論家・宮崎さんのとても「頭の良い」お2人の時事評論です。はっきり言って連載時はとても刺激的であり、難しくもあり(あまりに難しいのか、宮台さんの本に多くみられて好評だったのか、本では脚注がついてとても便利であり難い=私の知識はいつも変わらず低く、脚注ないとかなり困るし、無ければお手上げです)理解が浅かったと自分では思いますし、時間をかけて読み、また、読み直す事で少しづつ理解が深まったと思います、それでも6割程度かと自覚していますが。 宮台さんや宮崎さんの言葉にはイチイチ鋭く、また、深いです。とりあえず聞く耳を持っている人々にはとても頷ける(もちろん頷けるばかりではありませんが、意図して過激な言動を、最近特に宮台さんはとっていると思います)話しが多いです。 前後の文脈により、あるいは誰が話しているか?によって左右されてしかるべきなので、抜き出す事は失礼なのですが、それを踏まえても、例えば、「日本人にも立派な人がいた事を教えろ!」とヌルイことホザく前に「何故ダメだったのかを徹底して考え、我々の行動次第では別の帰結を導けたのに、それが出来なかったことがダメ」とかいう言葉が出てきますと、なかなか頷かされます。 よく出てくる保守言論雑誌に対する「馬鹿かよ」とか「ヌルい」とか、いちいちごもっともなのですが、保守言論誌なんて、「オヤジ慰撫史観(斎藤 美奈子さん発明の「新しい歴史教科書をつくる会」的な歴史観の事」を揶揄する言葉)」の為の、宮崎さんの言う「統治権力に対して悪態を吐いて、スカッとする」為の雑誌なんですから。それに、それらの雑誌読む人たちが、サイゾーや、本書を読む確率はかなり低くて効率悪いじゃないですか。わざわざ保守言論誌を読む人々を、あげつらって笑うのは(ま、「笑い」は取れます、少し)、統治権力に悪態はいてスカッとするのとレベルは違うけれど、同じ系列の行為ですよね。ただ、保守系の人たちだろうが、左翼系の人たちだろうが、とにかく頭の悪い、聞く耳持たない連中(というか、テレビに出てくるのはそんな人たちばかりです)とばかり話さなければならないなら、たまには悪態をつきたくなる気持ちも分かるし、宮崎さんが最近「タレント」として見てもらいたいという発言を繰り返ししたり、宮台さんが過激な発言を多くなり、『条件付』の議論が少なくなり、三島に対して非常にシンパシーを感じている様に(しきりに、「内在性な」とか、「発露を」とかいう発言が多くなりました)なったのも分かる気が(私の勝手な解釈ですけれど)しますが。 また、監視社会についても、とても刺激的な論理を展開します。 監視する人々を、監視する人々が必要(無条件に信頼できる存在は無い)になる事でどこまでいっても完全なる安心は無い。ある程度の「適切さ」と「諦念」が必要に(ココで宮崎さんは「すべての死は犬死である」という、とても刺激的な真実を述べます!)なる。監視を設計する(監視者をコントロール=監視する側)人々の設計(適切さ)を一般人(監視される側)が知った時(知る権利、機会を与え、また、知らないでいる権利、機会を使わない権利も与える)に一般人の人が『ズルイ、俺も監視者側に立ちたい』と思う割合が低ければ「適切」で「諦念」を選択も出来る、という論理です。 つまり、これは映画「マトリックス」です(私は最初の映画のみ地上波放送で見ました)!主人公「ネオ」の様に監視の設計を知る機会(当然反対する権利もありますよね)も与え、途中の赤い薬と青い薬を選択する時のように現実(監視されているという現実)を知る権利も、知らずに過ごす権利も与える。さらに、ネオたちの中の裏切り者「サイファ」の様に、1度知った現実に目を背ける権利(!)まで与える。凄い論理です、ある意味ユートピアです。 普通に考えたらこんな事は夢物語に私には感じられますが、ハイテクノロジーはそれさえ、現実に近づけるチカラを持つかも知れません。また、目指すべき理想の理論として認知されれば、あとは現実的にどう構築していくか?という設計が必要ですし、その設計がなければ意味は薄れますし、ツッコミ所もたくさんありますが、論理、としてとても面白く感じました。 また最後に鼎談の形になり、参加する小林よしのりさんとの議論も楽しめます。普段は小林さんを全くひどく切って捨てていても、議論に参加するとなれば、キチンと紳士的に対応して、なおかつ話しを膨らませる宮崎さんと宮台さんはとても普通だと思います。唐沢俊一さんじゃありませんが、「書いた事や、した事を否定したとしても、それが本人の人格を含めた全否定では無い」のは当たり前ですが、なかなか出来ない事ですからね。 考える事、に興味のある方にオススメ致します。 2008年 1月

8か月前