Btn appstore Btn googleplay
51h8jk1gyal

何かしゃべろうとすると最初の言葉を繰り返してしまう(=「連発」という名のバグ)。それを避けようとすると言葉自体が出なくなる(=「難発」という名のフリーズ)... 続き

コメント

0149
2019/10/09読了
少し吃音がある気がするなと思って読む。あと表紙の絵に惹かれて。
読んだ結果、私はそうでもないのかもと思ったが、世の中にはこういう人もいるという知識を持ててよかった。
吃音といえば連発と言われる症状だが、難発という喋れなくなる症状があることも知った。
会話には瞬発力やリズムも大事ということも知った。キャッチボールがどれだけうまくいくか?
リズムをつけたり言葉の言い換えでスムーズに話せるようになるけど、それは自分らしさが無い、乗っ取られたような感覚と悩む人もいる。逆にどもりを回避することが習慣化されすぎて何とも思わない人もいる。当事者が気にしすぎて周りはそんなに気にしてないこともあるとは思う。
これからは会話を大事にしたい。

その他のコメント

20181023
週刊朝日20180803
トミヤマユキコ

吃音を単なる障害としてではなく、身体論の視点からとらえなおした名著。

読者

Icon user placeholder89e302dc 61e2 4acf b97e bf2a8c22fa0e8facbf6a 2337 4c3e 96ad 323f68ae7885743b9593 b409 4abe b6c1 e420eae4686dC4f7defb e271 4b31 8d2c 99f7f1b6880d0023de40 54f1 41ba ba84 80dbfed96b7c4207709b f77a 41a8 a12b e329c0275d226ecd1630 269f 4c7e 81c4 c72b61084673 16人

伊藤亜紗の本

目の見えない人は世界をどう見ているのか

目の見えない人は世界をどう見ているのか

Picture

渡辺洋介

神田村経由専門書版元

 「空間」「感覚」「運動」「言葉」「ユーモア」のテーマから見えない人がどのように世界を「見て」いるのかを解明する。著者は「見えている状態を基準として、そこから視覚情報を引いた状態」ではなく視覚抜きで成立している体そのものに変身したいといいそれは椅子の四本脚と三本脚を例に『脚が一本ないという「欠如」でなく、三本が作る「全体を」を感じるということです』p.30 つまり、見えない人の世界を「見る」ための方法として、脚の数という「情報」ではなく、 脚が少ないなかでつくる「意味」に注目することが大事だという。 限られた情報のなかでどう世界を把握するか体を使っていくかということだ。 全盲の人が対談の途中で叫んだ言葉 「なるほど、そっちの見える世界の話も面白いねぇ」 「見える人」の世界の中に「見えない人」の世界があるのではなく 平行に存在しているということこの視点は気が付かなかった。 第二章「感覚」器官と能力の結びつきをほぐし「触る」感覚が次第に「見る」に近づいて言った経験、それは「進化」にも似た体の根本的な作り直し適応できるようにする過程は 体の持つ能力に驚かされた。 本書では、目の見えない人のがどう見ているかを通して、健常者が生きている世界とは別の世界も存在するということ、そしてそれを捉え想像することの大切さ、それが互いの世界を豊かにするということを伝えている。

2か月前

90
目の見えない人は世界をどう見ているのか

目の見えない人は世界をどう見ているのか

D70bfac7 b50f 4a31 902b bf858029009c

aker_log

書店員+みつばち古書部//SF/…

P69 見えない人は、厳密な意味で、見える人が見ているような「二次元的なイメージ」を持っていない。でもだからこそ、空間を空間として理解することができるのではないか。

約6年前