Btn appstore Btn googleplay
31o3qg638pl

日本"固有"の民族宗教といわれる神道はどのように生まれ、その思想はいかに形成されたのか-。明治維新による神仏分離・廃仏毀釈以前、日本は一〇〇〇年以上にわた... 続き

コメント

生まれ育った町に日本でも有数の規模の神社があったり、ちょっと足を伸ばせば有名な神社にいけたりしたこともあってなんの疑問もなく初詣などのお参りをしてきたが、ふとそもそも神社とはなんであって神道とはどういう宗教なのか、という疑問が湧いたためちょうど相応しいタイトルの作品があったので手にとってみた。わかったことがいくつかあった、まずは神、という言葉が問題ではないかと。つまり一神教の絶対的な存在である「神」と日本の神道における「神」はかなり異なっている、ということ。また基本的には江戸の後期に至るまで仏教のおかげで存在し得たものである、ということがよくわかった。遠藤周作がその作品において日本人はなんでも自分たちに都合よく作り変えてしまう、というようなことを言っていて自分も賛同していたのだが神道が仏教の要素をうまく取り入れて生き延びてきた経緯をこうしてみてみると日本人の作り変える力というよりは仏教の融通無碍さが際立っているように思う。面白いのは神道に於いても釈迦が最上位にいて日本のいろいろな神は日本人に仏教を教えるために仏が姿を変えているのだ、としているところであっさり自分たちの神々を外来の宗教の下位に入れて取り込んでしまっている。廃仏毀釈はいわばその反動ということらしい。日本は神国であるというのも辺境国家であるので仏がそのままでは教えが伝わらないので様々な神に姿を変えて人々を導いているのだ、といういわば劣った国、のようなニュアンスがあったらしい、というところも興味深い。現在の仏教的な要素を排した神道は太古からあったものではなく中世から近世つまり室町時代から江戸時代にかけて様々な言説が出た結果、なんとなく成立したようなものらしい。だからといってくだらないとか意味がないという気は毛頭ないが成り立ちや背景事情を抑えておくことは無駄ではないという気がした。非常に面白かった。

その他のコメント

クリスマスケーキを食べながらお寿司を食べながらケンタッキーを食べながらサンタさんを待った後除夜の鐘を聞いて神社にお詣りに行く、日本のルーツを見に行けます

読者

Icon user placeholder08634c99 3a43 40c1 9ad5 6ba772150f2cB5965c1b a1bf 4e40 81bc 4c39adefb194Icon user placeholderF47e3519 23ce 4d6d a6b6 a1e9a823025fFe789b40 eba6 44e1 a6b8 90882761e35e 6人

新書

聖地巡礼 - 世界遺産からアニメの舞台まで

聖地巡礼 - 世界遺産からアニメの舞台まで

60729d69 c811 4eed a64c f6dc1a34a835

ぬぬに

非ワカモノです

かつて宗教的な信仰心と共にあった「聖地」。 しかし「聖地」はいまやどこにでも存在し、増え続けている。現代の「聖地」に宗教的な情熱はなく、私的な個々人の繋がりが、それを支えている。 ゴールすることよりも、プロセス、体験が重視されるサンティアゴ巡礼や、四国遍路。 歴史的な真正性は皆無ながらも、「聖地」として現地では扱われる青森県にある「キリストの墓」。 宗教性を極力排除して、パワースポットという名で、新たに「聖地」となっていく神社仏閣。 そして、全くのフィクションから立ち上がる、アニメ作品の「聖地」まで。 聖地巡礼と観光が融合し、従来の宗教が世俗と混ざり合い、新たな展開を始めている。21世紀ならではの「聖地」論が面白かった。

3日前

生きのびるための流域思考

生きのびるための流域思考

Picture

渡辺洋介

神田村経由専門書版元

「流域」とは「雨の降る大地における固有の凹凸」である。 雨の水を川に変える「流域」という地形は、水循環の基本単位であり、その空間に展開する生物世界を含めて考えれば流域生態系であり、人の暮らしまで含めて考えれば、流域生活圏でもある」p.21~24 「流域思考とは、流域という地形、生態系、流域地図に基づいて工夫すれば、豪雨に対応する治水がわかりやすくなる。さらには、生物多様性保全(自然保護)の見通し、防災・自然保護を超えた暮らしや産業と自然の調整の見通しも良くなる」p.15 著者は「豪雨の時代への適応を進めていくには暮らしの地図の領域に流域という地形、生態系、を単位する「流域地形」を導入していくのがいい。そんな地図を、大小の規模にかかわらず活用し、防災、環境保全の工夫を進めてゆく、流域思考が、生命研再適応のカギになる」として「流域地図」の必要性を唱えるp.190 何故「流域地図」が必要であるかは次の理由による 現在も自治体による「ハザードマップ」が発行され活用されているが、「ハザードマップ」は行政区分の単位によって分かれている。 「豪雨に対応して発生する氾濫は、行政区で起こるのではなく豪雨を洪水に変換するという流域という大地の構造、生態系が引き起こす現象だからです。行政地図をいくら詳細に見つめても、豪雨氾濫のメカニズムはわかりません。行政地図で区切られたハザードマップを頼りに都市の温暖化豪雨への適応策について、市民がどれだけ意見を交換し、ビジョンや計画を工夫しても、ビジョンや計画をくふうしても、わたしたちの暮らしの場、ひいては生命圏に発生する豪雨、水土砂災害の危機の理解に到達することはできないでしょう」p.200~201 つまり「ハザードマップ」はミクロな視点であり、「流域地図」は俯瞰の視点でとらえるということだ。俯瞰性こそが地図の持つ利点であり、これはweb上の地図に対する紙地図の優位性でもある。最も将来的には地形を立体化した「流域地図」が公開されることもあるだろう。 そして著者が関わる鶴見川の例に「流域地図」がどのような意味を持つか説明する。 「横浜市鶴見区、港北区、川崎市幸区、東京都町田市小山田町という町々はそれらをつなぐ水循環の大地、鶴見川流域の地図がなければ、ほとんど関連のない地域かもしれません。 しかし、鶴見川の水系、流域の配置が暮らしの地図に組み込まれている都市市民が育つなら、そんな市民にとって、東京都町田市小山田町に降った豪雨が鶴見川の大増水を促し、横浜市青葉区、緑区を流下し、港北区綱島、川崎市幸区、鶴見区潮田街で大氾濫するかもしれないという危機は、大地の地図の必然と理解されてゆくことでしょう。」p.201 この具体的な地域名を入れた説明が非常に判りやすい。 地図会社が行政へ売り込むビジネスチャンスだとも思う。

約1か月前