Picture

渡辺洋介

神田村経由専門書版元

神田村経由専門書版元

234

コメントした本 ページ 2

草薙の剣

3世代にわたる日本人の営みを描く。繋がってはいるけど世代が変われば全く別の国か?と思わせる社会状況の違いの中でもしぶとく生き延び繋がっていくたくましさというかいい加減さ。夢生の父及び祖父の行き当たりばったりも「生きる」てことだ。只今登場人物年表作成中。

6か月前

00a6cf1a c5e2 4331 ad04 f26bd088f9208f363b4b ed46 40b5 abf7 b1c3dfa85573B07d5f9b 9d10 4fca 86b0 7d27ef416947
ののはな通信

物語は山手の女子高に通う二人による昭和59年より平成23年までの手紙のやり取りのみにて進行する。10代の過剰なまでの情熱と40代に入ってからの諦念というべき静かな感情の穏やかさに過ぎた歳月を思う。 「高校生のころ、あなたが学校を休んで連絡がとれなかったとき、私は半狂乱で手紙を送りまくり、家へ電話をかけまくったでしょ?あのときは夢のなかでもあなたの姿を探して涙を流していた。  けれど、いまとなってはもう、風のように吹く時の速さに押し流されるまま、淡々と日常を営み、ある種の諦観とともに、あなたからの連絡をひたすら待っているだけ、私の精神は鈍磨したのだ。中途半端に」P.386 「どこかで自分に愛想を尽かし諦めて折り合っていかなければ中年になるまで生きのびることなんてできないわよね」P.414 日劇もとっくに無くなってしまった。

6か月前

88d17d70 a258 40e6 997d 1b31306c254f22461bf2 dedd 4a1a a3b7 eab34b1bc5f1Dcd670a3 93e1 433c b80e 2fa0748fe7283c7075ea f09f 43de 9f5d 2e48b1586e1eD4bb1581 f01e 4ffa 95db 9391baba9653Icon user placeholderF4226424 2a79 49de abf1 5eb72cdc3213 66
暁のひかり

短編「穴熊」の終盤、報恩寺での御命講ですれ違う浅次郎とお弓、祭りの喧騒の中一瞬の静寂が訪れその瞬間だけ時間が止まったような静と動のコントラストが名画(アメリカンニューシネマ?燻る系統)の1シーンを彷彿とさせる。 「報恩寺の境内は万燈を懸けつらね、その真昼のように明るい光の中を、ぎっしりと混んだ人が動いていた。門の前には屋台が並び、喰い物、水飴、手拭いなどを超え張り上げて売っていたが、その声も寺の本堂を中心に、巻き起こる題目の声に消されがちだった。  門に入ってすぐ右にある石燈籠の下で、浅次郎は往き来する人の群れをぼんやり眺めていたが、その眼がふと一点に吸いついた。  男の腕に縋って、一人の女が門を入ってきたところだった。女は前からきた人波に押し返され、顔をしかめて男の腕に取り縋ったが、人波が過ぎると男の顔を見上げて、何か言い笑いかけた。頬から顎にかけて、形よく引き緊まった細面。細い目。背丈けから浅黒い丈夫そうな肌の色まで、それはお弓に違いないと思われた。 連れの男は長身で、骨格のしっかりした若者だった。 印半纏を着ていて、職人のように見える。男は耳に片手をあて、身をかがめてお弓の声を聞き取ろうとしている。やさしげなしぐさに見えた。  人波に揉まれて、男とお弓は浅次郎のほうに寄ってきた。手を差し出せば触れる距離を、いまは確かにお弓に違いないと思われる、女の横顔がゆっくり通り過ぎた。  浅次郎は動かなかった。浅次郎はその女の横顔に、一瞬塚本の妻女佐江の面影を重ねてみただけだった。  耳に轟いて、題目の声が続いていた。」P.188~189

7か月前

藤沢周平 遺された手帳

藤沢作品の根底に流れるやるせなさというか鬱屈の一端を垣間見た。しかしそれは子どもが生まれてすぐに妻を亡くしたつらい経験からくるやさしさを含んだ諦念ともいえる。切なさに胸が締め付けられる。 「10月28日 遠く離れた二階家で、雨戸を閉めるのが見える。 明るい光が外の雨の夜にこぼれるのを惜しむように。 その閉められた雨戸の中には、そこに家庭というものがあり、家庭のだんらんというものがあるのだろう。 それはむかし僕のところにもあって、いまはないのだ。 しばらく立ちつくし、戸がしめられた二階家が雨の音のする夜の中に黒い箱のように静まりかえったのを見て、僕も雨戸をしめる。 孤独な心を閉じ込めるために。」P.35

7か月前

戦艦武蔵ノート

大衆のすさまじいエネルギーとそれによってもたらされる戦争の虚しさひいては人間の虚しさを描いた傑作「戦艦武蔵」その愚直なまでの制作過程と調査の日々、著者の脳内皮質奥深くまで覗いたような気になる。 「いろいろ調べてみたんだが、この日本で実際に和平運動を行っていたのは、わずかな人数だったらしい。むろんそれだけではなかっただろうけど。俺が運動に加わっていたとき、憲兵や警官と同じくらい恐れていたのは、実は隣近所にいる平凡な市民だった。それなのに戦争が終わったとたん、数十万人もの人間が出てきて今さらのように戦争反対永久平和をとなえて気勢をあげるなんて、そんな馬鹿げたことがあるか。人間なんて信用できないものだと、おれはつくづく思ったのさ」P.9~10

7か月前

書店に恋して: リブロ池袋本店とわたし

リブロ池袋店閉店時の店長によるリブロ史、リブロ本は数多く出ているのだが、著者は元々書店畑ではなく百貨店からの入社なので経営に対しての冷静な視線が面白い。 東京時代の20年間は池袋店の新刊台?入口壁面のあの場所が大変参考になり、今の出版状況を一目で把握できるありがたい場所だった。

8か月前

15fea761 1ecc 4f2c 9bad 17edd272b21cAa6ee617 096b 475d 9630 7cd5abb3890cCee21314 e726 4b3e 85c4 736c9e1531294c39dd78 33f5 447d b8f1 7031c02b83b59b7b10e5 4fb3 4a41 a86b 9a79d145935d000f7f04 309c 4d70 b17e a6dba3d145d88b936247 b317 46e5 8d43 0342a53ac96e 8
台湾生まれ 日本語育ち

「母語」と「国語」の複雑な関係性、著者は始めは嫌悪していた台湾語、中国語、日本語が混ざり合う母親の「ママ語」からそのすべての言語が「母語」であると「発見」する、為政者の都合により変化する言語、その中で生きるとはそういう事なのだろう。 「そもそも中国語と台湾語と日本語とひとつづつ数える必要はないのかもしれない。三つの母語がある、というよりもひとつの母語の中に三つの言語が響きあっている、としたほうが自分の言語的現実をぴたりと言い表せるのではないか。考えてみればわたしは、中国語や台湾語を外国語として、というよりは、自分のニホンゴの一部のように感じている。わたしはもう、母たちの声を「和訳」しない。むしろ、記憶に向かって耳を凝らし、日本語として発せられたのではない音をたぐりよせる。」P.244 白水社Uブックスによる増補版。

8か月前

硝子の葦

霧に包まれた北の大地の湿った質感と夏の朝の冷たさ、男女の織り成すまぐわいの匂い。「どこまでも逃げてくれ」そう願わずにはいられない。

9か月前

0458305c 50e0 4c9f bb10 e9acea3f3ad9E8b2865c 78e4 492b 9967 712bb4cb6e1b052a661e 4f81 47ce b2ab 6c7ccb990fda
工場

阿部公房、カフカ的な不条理世界にシムシティの書き割り感、平行世界に存在しそうな不気味?な生物はスティーブンキングのホラーだろうか?何より怖いのは語り手である牛山佳子の自意識と他者の認識との乖離。ミザリーの看護師アニーを思い出す。 単行本刊行時から気にはなっていたのだが、なぜか読まずじまいのまま文庫化を機にようやく。これは読んでおくべきだった。

10か月前

5cc4c863 6d4a 4e8c 8fd1 236841283cd687d4ebfc 67c9 4829 8877 939d2fda796d
公園へ行かないか? 火曜日に

「そして日本語が話せない毎日の中で自分が話したいと思うのは、話したいと体の奥から湧き出てくるのも、いつも大阪の言葉だった。」P.268、この自分のアイデンティティを認識する、視界がスッと晴れたような腑に落ちる感覚の心地よさ。 アーミッシュの村を訪れた後遠く離れたロンドンで回想する『とうもろこし畑の七面鳥』散文詩的な「どこまでも続くとうもろこし畑、緑色と枯草色。地平線。密度の薄い空間。途方もない空気の量。人間の気配のない、広大な土地。」P.85、アメリカンの質感にグッとくる

11か月前

147b636e f7bc 4dcd b95b 758ad1e4092eE96be402 f5d2 4380 85c1 ffca9f55aaed0e16af16 568a 437b 9407 33b7a386f39c1ac099b6 c7ba 48ad 80ad bd934bb185f370823200 e58a 4519 9542 9ee10d79f58fIcon user placeholderD487fe1c d403 4567 8828 809aeb6f9869 12
ある男

亡くなった夫は全くの別人であった。夫はどこの誰なのか。物語はその謎に迫るべく進んでいく それがあくまでも軸となっているが夫婦とは何か?一緒に暮らしていても実は解らないことだらけであり、そもそもわかり合うことは不可能であるということを突き付けてくる。 また中年男性の都合の良い願望(あくまでプラトニックなのが肝)を通してエンターテイメントの枠内で反差別を唱えている。ストレートに語っても通じにくいこともあるが物語というフィルターを通すことで伝わりやすくする手腕にうまさが光る。 「そう、そういうのが強調されると、その人の持っている他の色んな面が無視されちゃうでしょう?人間は、本来多面的なのに、在日って出自がスティグマ化されると、もう何でもかんでもそれですよ。悪い意味だけじゃなくて、正直僕は、在日の同胞に、俺たち在日だしなって肩を組まれるのも好きじゃないんです。それは、俺たち石川県人だもんな、でも同じですよ。”加賀乞食”なんて自虐ネタをフラれても、そういうところがある気がしないでもないけど、何かにつけて言われるとね。 ………弁護士だろう、とか、日本人だろう、とか、何でもそうですよ。アイデンティティを一つの何かに括りつけられて、そこを他人に握りしめられるってのは、堪らないですよ。」P.146

6か月前

7f719b47 b7be 4d2d aac2 b8a8ed90a83bDdb6ad40 1769 42f6 aa5e dec617cd3d95Cf2696c2 2b3a 4fd6 9146 4fa873b1752794914b67 7a67 47c2 a342 8f4efab80ded08e28c20 6b2b 418b be61 cedca12c5622Icon user placeholder80d5593d 19b1 49a9 8089 776340a0d15a 86
愛と人生

渥美清、車寅次郎、さくら、満男、ホエールズ帽のテキ屋の息子、美保純と物語の視点は目まぐるしく変化する。虚の 中で虚を語る物語の中で美保純は常に見られている。そして美保純の存在とその尻だけがこの世の確固たる現実としてゆるぎなく存在する。 「私が二十七年前に見た美保純の尻のことを今でも忘れずに、むしろ積極的に思い出して思い出して、それがなにかであると思おうとしている。何か、というか、正直に言えば私はそれを愛情だと思いたがっている。でもそうして思い出すことが愛だとしても、はたしてそれが美保純に何をもたらすのか。そもそもその対象は、美保純なのか、美保純のお尻なのか。思い出すことと伝えること。愛の理論と実践。 だーかーらー、と言って美保純は、私にビールの缶を投げつけてきた。理論でも実践でもないの。空き缶は私の顔の横をすりぬけて背後の柱にぶつかって畳の上を転がった。話をすり替えない。ただもうお尻でいいのよ。理論も実践も捨てちゃって、お尻お尻。お尻だけ。」 p.87 「スクリーンで観たことが本当に見たことになるのなら、日本中が美保純の尻を見ていた。尻など、直接見なければ何も見たことにならない。複雑な機能を有せぬ無為の厚みと量感、そこに働く重力と張力、尻の絶えざる静かな運動と、尻を目の前にした自分の絶えざる動揺と冷静の満ち引き。」P.88~89

6か月前

Icon user placeholderF37a7b3a 68ca 4679 820d be410780daf9
江戸切絵図にひろがる藤沢周平の世界

索引から作品名を検索 尾張屋版江戸切絵図に該当する個所と余白に現在の住所と作品の抜粋、現在の地図も小さいが併記されているので定点観測が可能、これが楽しい。作品ジャンルは市井、武士、歴史と分類されているが、市井は当たり前だが圧倒的に下町が多い。小説世界と現在を結びつける好企画。 もっとも藤沢作品は現代を舞台としては書きづらい事を江戸というフィルターを通すことで表現しているのだが。 版元は残念ながら消滅。

7か月前

白い孤影 ヨコハマメリー

著者は直接メリーさんには会ったことがないからこその視点で、かつてあった港町ヨコハマのアイコンとしてメリーさんの物語が上書きされていると感じる。 「横浜の人びとにとってメリーさんを語ることは人生を振り返ることでもあった。横浜でメリーさんと無関係な取材をしているときに、なにかの拍子でメリーさん話になったことが何度かある。そんな時語り手はメリーさんのことに留まらず、横浜という都市の記憶や自分のこれまでの来し方をも芋づる式に思い出すのが常だ」P.10 これはまさにその通りで町でばったり遭遇した時の記憶とか風景が焼き付いてそこに自分の過去までいっしょに持ってくるからバイアスがかかるのも仕方ない。 近過ぎると見えないこともあるということを気づかせてくれる。文庫書下ろし

7か月前

670c22a2 0a21 4db2 b4b8 d73c34ddb858Icon user placeholderFd66c2b1 2c02 46f2 acf5 d96effd4729eB81813b6 473e 46cd 90d2 a98ad0bc98f4Icon user placeholderE9361799 b3b2 4bf9 95c7 f9940384a994F888b04b d074 442c a9ef d49c5a8788b9 9
日本昭和トンデモ児童書大全

40代以上の大人ならかつて子供の時に読んだことがあるであろう現在のコンプライアンスであれば確実に引っかかる胡散臭い児童書の数々を1冊で読めるのはありがたい。確かに興味はあるけど古書市場でプレミア価格がついたこれら児童書を手に入れるのはチョットと二の足を踏んでしまうので良い企画!P.34とP.35で書誌画像がかぶっているけど、これ編集大変そうですね。 悪夢のようなダイレクトな未来像にはならなかったけど ソフトなディストピアと化した2018年ニッポンでこれを読むと味わい深い。

8か月前

D7c23089 7448 45fa a433 483c46fbe5c9Icon user placeholder04ddc4a9 a261 4b42 9b0e 5f0ebbad88ca
自転車泥棒

自転車を巡る台湾近代史とも言うべきかそこに家族の物語、戦争の記憶、動物たちそしてマレー半島と話は広がっていくが全てが複雑に絡み合っている著者の手腕にうならされる。ゾウが奏でる音階とこの世ではないどこかが印象深い。 「次の日、太陽が出ると、億万の微塵と花粉一ミリに満たぬ小さな昆虫が四方へ八方へと飛散し、世界は混濁した。兵士は大きな穴を掘り、長老ゾウを埋めた。このとき、いちばん前に並んでいたメスの象が低く、でも透き通った音階を奏で、リフレインした。音は階段をひとつひとつ上っていくように高まり、ピークに達して、しばし休止すると、今度は下へとひとフレーズひとフレーズ下りていき沈黙へ返った。それを三度繰り返したところで、二度目のゾウが加わった。ふたつの音像は、互いにエコーしあい、さらに三頭目、四頭目の唱和を誘った…ユニゾンでもなくハーモニーでもなく、ただそれぞれの悲しみが即興的にあふれるままの鳴き声だった。そして、同時に、お互いを慰め合うスキンシップのようだった。ゾウたちがそろって、額にある鼻道と頭骨のあいだをかすかに脈動させ、空気へ発した音は、それ自身に意思があるように兵士の体のなかへ潜り込んで膨張していき、彼らに苦しさと恐れと虚しさを伝えた。十数分後、音は停まっていた。リード役だったゾウは足を前へ踏み出し、兵士たちはその時初めて、自分たちが泣いていることに気づいた。その涙にはなんの意図もなく、だから涙を流したあと彼らはかつて経験したことのない、静けさと清らかさを感じた。」P.344~345, 訳者の天野健太郎さんのご冥福をお祈りいたします。

8か月前

9f5cabd3 f0af 4981 9e20 33c3ce4b90db590fa097 671e 4e31 a14c 406731ceda4979887820 f565 4157 afbd 20a48b6202a7F4089288 4d4f 4f51 9b08 f6fd2d35966c
秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本

昭和30年代から日本の鉄道風景をカラー写真で記録している著者は国鉄顧問から90歳を過ぎた今もJR東日本国際事業本部顧問を務めるという鉄道が本業で写真は趣味というから驚く。以前JTBパブリッシングから出版された素晴らしい写真集は予算上泣く泣く見送ったが新書でこの値段でまた出会えるとは!ノスタルジーというより過去を踏まえたうえで「いま、ここ」を知る為に。

9か月前

E96df845 4aae 406c 8875 f1d29fbeed0857849d9b 9468 4734 b783 bf52b89f8f84Fd0c506d 35fa 4b56 adb7 32f32460212660729d69 c811 4eed a64c f6dc1a34a835709fa78e a334 464f a9e5 c62e86c948a108634c99 3a43 40c1 9ad5 6ba772150f2c
鎌倉&三浦半島 山から海へ30コース

最近ここら辺にハマっているのでしっかりした情報を手に入れねばと類書3点を比較検討した結果こちらを選択。それ以外だと山渓分県登山もいいけど神奈川西部は使わないから不要(いい本ですが)。現在はこの本と2.5万分の1地形図を活用。綴じ込みで大縮尺の地図があると尚よい。というのも 1万分の1地形図「鎌倉」と「逗子」はもう絶版になっているので 現存する詳細な地図は存在しないのである。GoogleMapsをマックスで拡大するぐらいか(画面の大きさには限界あり)もしくはメッシュ系の大縮尺地図帳といっても、物体としての大きさと重さを考えると持っていくわけにもいかないし。なので俯瞰でみられる1枚物の地図はこういう時便利なのだ。 ガイドブック綴じ込みでこれぐらいの縮尺があると需要はあると思うけど。

9か月前

きみの鳥はうたえる

佐藤泰志作品は一見、重く暗いと捉えがちであるが(もちろんその側面もあるが)「言い終わらないうちに、左の奴に脇腹を蹴られて、思わずうめき声をあげた。体勢をたてなおそうとすると、もうひとり男の腕が斜めからでてきた。あやうく顔をそらした。こぶしが耳にあたって、切れたように痛んだ。そらした顔に別のこぶしが当たった。よろめいて地面に手をつくと背骨を思い切り蹴られた。続いて、めくらめっぽうに脇腹を蹴りあげられて、腹が熱くなり、胃液がこみあげてきた」素手喧嘩の流儀をわかっているというか実は躍動感あふれるリアルな暴力性が魅力でもあったりする。 8月に映画が公開になったが下記はその感想 「延々と流れるクラブと夜遊びのシーンのように若さと3人の関係はいつまでも続くと思われたが、突然にそして静かにその終わりを迎える。しかし終わりがあるからこそ始まることができるのだ。ハセガワストア、鈍色に光る市電のレール、佐知子の上げた髪。」 良い映画を見た。

10か月前

253143cf 34a1 4879 856d 81378d299d2dIcon user placeholderF9ed6367 e960 4960 9836 90617222a3a038aecb1e ab6d 44a9 8407 9f126a093a217759613b 4b4b 4668 9bdf 28c7ce12026bC0f655d8 2708 4387 8151 aef6b5d7e7463925dcbe bbbc 4663 a407 b1c0f7ef4113 8
暗黒日記―1942‐1945

著者の清沢洌 は外交評論家であり東洋経済新報社顧問であった。本書は言論思想の自由が獲得されたときに、戦争時期の日本政治と戦争政策、外交政策への批判的検討の材料を意識的に集積した内容となっている。ちなみに清沢洌 は敗戦を知ることなく1945年5月に肺炎がもとで急逝している。 本書が書かれた戦時下日本の状況と現在を照らし合わせると少なからず重なり合う場面があることに驚く 1943年8月17日 「各大学、専門学校生徒は、休暇奉還と称して労苦に服す。そのために犠牲者続出。左はその一例なり。科学的ならざる「錬成」を知るに足る。『病躯、炎天下の作業 一高生遂に倒る。貫く勤労即戦場の精神』 1944年7月28日「今回の戦争で生命を喪ったものの数は意外に多いらしい。まだその損害数を一回も発表しておらず、ただ米国側の発表を嘲笑しているだけだ。おそらく最後まで戦争の真実を知らせぬであろう。」 1944年11月4日 「神風特攻隊が、当局その他から大いに奨励されている。ガスリンを知るに片方しかもっていかないのらしい。つまり、人生二十何年を「体当たり」するために生きてきたわけだ。人命の粗末な使用ぶりも極まれり。しかもこうして死んでいくのは立派な青年だけなのだ。」 日本スゴイも若者の搾取も全く70年前と変わらず。こうしてオリンピックという無用な国家イベントの為にまた歴史は繰り返されるのだろうな。

11か月前