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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

神田村経由専門書版元

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コメントした本 ページ 2

ルポ 不法移民――アメリカ国境を越えた男たち

著者はエスノグラフィーの手法で不法移民の日雇い労働者と共に働く。不法移民労働者の人間臭さと温かさそして生きる現実の厳しさと切なさを地べたからの視点で綴っている。 「条件のいい仕事は、一緒にいる仲間に譲ることもする。俺たちは一人一人で仕事を待っているけど、 仲間で仕事をしている。バルバスが仕事に行ってハッピーになれば、俺はそれが嬉しい。」 自分だけを優先して目の前のことに飛びつかない。フェルナンドは仲間へのおもいやりがある。フェルナンドと一緒にいると、大きくゆったりとした時間の流れを感じることがある。自分が仕事をとりたいという焦りを抱くことが、その時点ですでに今の社会を構成している資本主義のメカニズムに従属する行為であり、自らの中にそのような生き方を再生産をしていくことになる。P46

5か月前

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ひさしぶりの海苔弁

「氷水できいんと冷やしてからおもむろに齧る」氷水漬け胡瓜と添えられた貝殻の静物画のような美しさ「きゅうりをがぶり」、「雪降る夜中ひとりブランコに揺られている志村僑を蹴飛ばすような狼藉である」なぜかブランコに揺られる油揚げのシュールさ、映画「生きる」からだとおもうけど、ゲゲゲの鬼太郎に登場する「ぬりかべ」のようなちっちゃい手足のついた油揚げがブランコに揺られている図に微笑む「油揚げ産江」など安西水丸さんのイラストが素晴らしい。 ところでなぜ油揚げと志村僑が結びつくかというと 「焙って生姜醤油を添えれば、日本酒ぐいぐい。はんぶんに切って袋にし、ブルーチーズを詰めて焼けば、白ワインがぶがぶ。なのに脇役の顔を崩さず、あくまでも寡黙。志村僑の顔など浮かんでくる(アブラっ気の抜けかげんが極限の近似値)。」だそう。面白い。

6か月前

NYの「食べる」を支える人々

生き馬の目を抜くNYでは並外れたタフさとバイタリティが必要。そんなNYの食の世界を支える人々に焦点を当てたオーラルヒストリー。ホントいろんな人生がある。 空腹時注意。 そして皆さんこちらの調子が悪くなるぐらいの働きっぷりなので疲れているときの読むのも注意。

6か月前

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全員死刑: 大牟田4人殺害事件「死刑囚」獄中手記

2004年福岡県大牟田市で実際に起きた4人連続殺人事件の実行犯手記、この事件は暴力団を家業とする一家が知り合いの貸金業者及びその知人(巻き込まれ)から金を奪うために強盗殺人を行い、その後逮捕された家族全員が死刑となった事件。地方都市特有の車社会の荒涼とした風景よりも更に荒れた犯人の心象風景いや荒れたというか「人生土左衛門」根本敬ばりの計画性もあったものではない行き当たりばったり犯行と物騒な台詞のあとに付く妙にやさしい感じの語尾の「ネ」に恐怖を感じるネ。 「母ちゃん、俺がコレで絞めて殺ってやるけ。安心せんネ」

8か月前

降伏の記録

日記形式でない独白ともいうべき最終章の「降伏の記録」に圧倒された。つまるところ人と人とは最終的には分かり合えないという諦念を持ちつつもコミニュケーションを取り続け今までの生活を肯定していく姿勢はきっと「幸福の記録」となるであろう。 また「降伏の記録」は本文中に登場する 阿佐ヶ谷の古書店コンコ堂やfuzkueなど同時代を生きる東京西部在住者の2016~2017年の生活を記録した日記文学としても後世に残るような気がする。「クーリンチェ」はBD化されたけどあの時間は映画館でないと味わえないことや2016年後半は「狂う人」だったことなど。

8か月前

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倍賞千恵子の現場

渥美清、高倉健、笠智衆、山田洋次、名優、名監督とのエピソードそして勝手に「北海道三部作」と呼んでいる「幸せの黄色いハンカチ」「遥かなる山の呼び声」「駅STATION」の舞台裏が興味深い、あの居酒屋は実際にあると思っていたけど美術さんの作り込みが凄かった。 砧スタジオだったとは。

9か月前

イギリス現代史

1940年代より現在まで国家としてのイギリスの歩みをたどる。 イギリスで起きたことは日本でも起こるなんてことを何かで聞いた読んだ?ことがあったけど「1987年総選挙は保守党が勝利して、サッチャーは三期目の政権を担うことになった。しかし、この選挙までに保守党の支持は、南東部などの田園都市のなかでも、最も豊かなイングランドの地域に限定されるようになっていった。総選挙のあと、サッチャーは「社会などというものは存在しない」という有名な台詞を『女性自身』誌で述べ、自助を解く個人主義的原理を鮮明にして、教育、医療、行政に関する改革を進めていった。 教育における改革では、1988年の教育改革法は、イギリス帝国の植民地政策を批判するような「自虐史観の偏向教育」を「是正」するために、ナショナル・カリキュラムで全国の授業内容を画一化、全国共通学力テストを実施して学校別の評価を公表し序列化するという新保守主義と新自由主義の色彩を色濃くあわせもっていた。」P141 3 サッチャーの退場 既視感・・・・

9か月前

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吉田豪の"最狂"全女伝説 女子プロレスラー・インタビュー集

80年代に一世を風靡した(フジテレビゴールデンで放映)女子プロレス団体「全日本女子プロレス(通称全女)」は平成も30年に近づく現代では考えられないほど出鱈目な団体だった。そんな全女のリングに関わっていた関係者のインタビュー集。 各選手の人権も何もない確実に裁判沙汰であろう状態も飲み込んで笑い話に変えてしまうプロ意識の高さに感心する。おそらくまだ恨んでることはあると思うけど。 多数の関係者に聞いているので同じ事柄でも各々食い違いが出てきて真相はまさに「藪の中」なのも面白い。 白眉はナンシー久美のインタビュー、伝説の不穏試合ジャッキー佐藤VS神取忍(Youtubeで見られる)の舞台裏。あの舞台に何も知らずにおでんを持って行った話は最高に笑った。 プロレスなのに抑え込みで決着がつくルールもすごいとしか言いようがなく(ふつうは筋書きを決めてある) 中井先生が唱えているピンフォール有のサブミッションレスリングの30年先を行っているまさに最狂の団体であった。

10か月前

1984年のUWF

かつて社会現象にまでなったプロレス団体「UWF」前田日明や高田延彦などのスターを生み出し、ロープに振らず、場外乱闘、凶器攻撃もないそのスタイルにようやく真剣勝負の格闘技が始まったかと思われたのだが、実際は旧来のプロレスと変わらない結末の決まった格闘技風のショーであった。本書はそのUWFの数奇な成り立ちから真剣勝負とショーの合間で悩む選手たちを一人の天才プロレスラー「タイガーマスク」こと佐山サトルを軸に描いている。そしてもう一人の主人公として「UWF」を真剣勝負と信じ、いつしかそれがショーである事に傷つき、真剣勝負を偽ることを深く憎みいまではすべてを受け入れた格闘家中井祐樹の物語ともなっているのも奥深い。 中井祐樹は佐山サトルが創設した本当の真剣勝負の競技「修斗」のウエルター級王者として「バーリトゥードジャパンオープン95」(真剣勝負の大会名、この大会は体重無差別1ラウンド8分無制限ラウンドで行われた)に参加し100キロを近い出場選手が大勢を占める中最軽量の70キロながら準優勝を果たしたがその代償として右目を失明してしまう。 『「怒ってました。無茶苦茶起こっていたんです。真剣勝負で戦っている自分たちが‘弱えよ、ちっちゃいじゃん‘で片づけられて、今だからはっきり言えますけど、真剣勝負じゃない‘格闘技系プロレス‘がマスコミに取り上げられることに凄く憤っていました。だったらそいつらとやって、皆に自分の強さを見せて引っ繰り返そうって。子供っぽい感覚だし、僕の若気の至りとしか言いようがないんですけど、あの時はああいう場で証明する事しかなかった。でも・・・・」 「怒りは物凄いパワーを生みますよねだけどある種むなしいですよね」ゴング格闘技2006年7月号』P374 「もしヒクソンに勝って優勝したら『次の相手は前田、高田、お前たちだ!』とリング上で言うつもりでした。100%真剣勝負の世界を世に知らしめるためには何でもしようと思っていました。でも負けた以上は、何も言うことができなかった」P378 「以前は修斗を創始した佐山先生が正しくて、プロレスの枠から出ない前田さんは間違っていると思っていました。でもPRIDEやHERO,Sに僕が育てた選手を出場させてもらった時に気付きました。日本の格闘技はプロレスから生まれた。1984年に生まれたUWFはひとつの分岐点だったけれど、佐山先生も前田さんも高田さんも結局は同じ。過去を否定するべきではないと思います。」P397~8 上記すべて中井祐樹談 これは皮肉でもなんでもなくで「UWF」という疑似格闘技の存在は物事を進めるに当たりAからBにすぐ行くのではなくAでもなくBでもない中間的な領域を置いてからBに向かうという良くも悪くも非常に日本社会的な存在であったと言える。 ちなみに私は中井祐樹の弟子であるが佐山サトルの孫弟子にもあたる(面識は無い)。そんなルーツを辿る旅でもあった。

10か月前

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ブラジリアン バーリトゥード

「バーリトゥード」井賀孝著竹書房の元となった本。2002年発行。デザインもフォントも写真も全て好きだった。当時は現役だったので道場での練習風景に憧れた。今でも試合も好きだけどスパーリングを見るのも好き。このAbemaの番組「大沢ケンジのニッポンMMA探訪」は最高。https://www.youtube.com/watch?v=mXo4aY92N3c地方の道場風景とか好きなんだよね。 グラップリングやりたくなる。

11か月前

プロパガンダ―PROPAGANDA

60年代から70年代にかけての職人たちと風景を捉えた未発表作品を主とした自選写真集。 最初期20歳の時の300ミリ望遠レンズでのヨーロッパ的なシュッとしたスタイルは「300ミリはずいぶん使ったな。それとやっぱり人に近づけなかった」「そう、怖いんだよね。人に近づいてシャッターを切るっていうのは、すごい怖いことなんだよ。300ミリだと遠くからでも側にいるように撮れちゃうからねついつい飛びついちゃうんだね。」P46神戸沖中仕、そこから「だけどこれを撮り終ったあとはこういうのもうやめようと思ったね。これじゃあ、ロクな写真家にはなれない。これを続けたら行き止まりになるだけとね。」P47、と対象に寄るようになった変遷がうかがえる。どちらも良いけど人の生きるが写る泥臭さがグッとくる。

6か月前

焼き餃子と名画座 わたしの東京 味歩き

東京の町の隅から隅まで日常的だけどそこでしか味わえない食を丁寧かつ軽妙に掬い取った珠玉のエッセイ。 「堂々の厚さ、美しい短冊に切り揃えられた一片を、箸でつまみ上げる。すると、どうだ。きつね色に染まった衣の下からのぞくピンク色のつや。肉がむちっとふくらんで、あたしだけのもの。がしとつまむと、しっとりつややかな肌からほのかに滲み出る肉汁。はじにはきらきらと真珠色に輝くロースの脂。長い一切れを口の中へ運ぶ。嚙む。じゅわあ。嚙む。とろーっ。閉じこめられていたうまみが一気に炸裂して、舌から順番に溶けてしまいそうだ。」 P061 「とんかつの聖地へ新橋」 オノマトペを使って今にも空腹時注意もしくはお腹を鳴らす描写でありながらどこか上品さを残しているのも良いところ。 ちょっとした現実逃避をしたいとき息抜きをしたいときパラっとめくる。現実世界につながっているので逃げていることを感じさせない首の皮一枚つながっている感とでもいうべきか。日記「春隣の日々」の素敵な虚構世界に浸る。 単行本版は表紙のデパート屋上が郷愁を誘うが 本文中にデパート屋上の話は出てきません。

6か月前

スリップの技法

POSデータ全盛の時代にあえてスリップを活用するとはアナログなと思いきや実はシステマチックな仕事ぶり。実際のスリップを使って解説しているのでわかりやすい。どうしても受身になりがちな仕事の中でいかに能動的に働くか。著者がたどり着いたスリップ活用術はあゆみブックスの流れからとはいえ試行錯誤の上に生み出した独自性と妄想ぶりが面白い。本文中にも触れられているが読書量というよりも書誌データの膨大な読書量と経験から来る結び付きをいかに展開するか。「スリップはアクセルでPOSデータはブレーキ」とバランスを取る仕事ぶり。「愛国本の売れ筋を積む事も書店の重要な仕事だと考える」とは全く思わないけど。

8か月前

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千の扉

新宿区にある三千戸の都営団地を舞台に、戦後70年の間に様々な人の生活が重なったりすれ違ったりする。その人々の織り成す生活がどれもが愛おしくなる。もちろんそれだけでなくちょっとした時空の歪みが物語に奥行を与えている。 印象的なベランダ越しの新宿副都心の超高層ビル群P139は「ビリジアン」の通天閣越しの生駒山と風景の捉え方が通じるものがある。この場面は70年代中期と思われるがまだまばらなビル群に子供のころ中野の家の窓から見た風景を思い出した。 ウルトラセブンの話P60はフック星人登場の「あなたはだあれ」86年か87年の深夜?に放送されていた泉麻人の番組を録画して死ぬほど見た。交番の辺りに野次馬が写っているのが印象的。と思ったら柴崎さんと泉さんのトークショーがTitleであったらしい!この話でたかな。 「千の扉」では戦争の記憶もそこかしこに色濃く残っているのだけど場所柄ということもあるけど遠い記憶もしくはなかったことにしている被害も加害もそんなに昔の事ではなく今の私たちの生活に繋がっているのだよね。目を背けたくなるけどしっかり記憶せねば。

8か月前

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13・67

香港警察きっての敏腕刑事クワンの刑事人生を追った華文ミステリ。タイトルの「13・67」とあるように2013年から1967年までの6つ事件を年代をさかのぼって書いている、つまり話が進むごとにイギリス統治下のグラデーションが色濃くなっているのが興味深い。 手に汗握る突入劇と驚くべき真相の「テミスの天秤」1989年、風景や派遣されたイギリス人家族が居住するマンションにYoutubeで見る色あせた過去の香港CMと重ね合わせてみる「借りた場所に」1977年、が印象に残る。 翻訳は「歩道橋の魔術師」「台湾海峡1949」の天野健太郎。 ウォン・カーウァイが映画権取得。 冒頭「警察の威信が損なわれた最大の原因は、警察の事件対応に「ダブルスタンダード」があったからにほかならない。警察には当然「政治的に中立」という原則があり、どんな場合においても公正な対応をしなければならないのだが、実際には政府に近い組織にはまるで目に見えぬ抑圧があるように、かつてのような効果的な捜査ができなくなっていた。市民の間からはこんな批判の声が挙がった-香港にのしかかる巨大権力はとっくに香港のフェアネスをむしり取ってしまった。警察はもはや政府の犬と堕ち、偏った法の執行者として官衙の悪事を見逃す、政治のためのサービス業に成り果てた・・・」2013年 P9 東アジア的権威主義は共通。

8か月前

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高架線

西武池袋線東長崎駅にある築50年家賃三万円のアパート「かたばみ荘」では住人は引っ越しの際に、自分の住んでいた部屋の次の住人を探してきて大家に斡旋する変わった習わしがある。この物語はそんなアパートでの終末期の16年を過ごした住人達によって紡がれていく。 「上り線で所沢を出て、まだところどころ畑や雑木林のある東京の市部から、列車はやがて住宅の立て込んだ練馬区に入る。窓外の景色が家々の高さを超え、線路が高架となるのは練馬駅の手前あたりで、やがて戸建の家と、低層のマンションがほとんど隙間なく並ぶ景色が遠くまで抜けて、その奥というか途中に、としまえんのバイキングやタワー状の乗り物が小さく見えた。」P3 いや、高架になっているのはもっと手前からなのでは?と思いきや物語は16年前の2001年から始まる。(西武池袋線高架複々線化は2015年に完了これにより桜台から大泉学園までが高架となった。) 冒頭「線路が高架となるのは練馬駅の手前あたり」だが16年を過ぎた物語後半では練馬駅から一駅前の中村橋を過ぎても「また電車が駅を出て、高い眺めが窓の外に見えた」となっている。しかし視点は変われど「敷き詰めたみたいに戸建の屋根が奥まで続いていた。あの全部の屋根の下に人が住んでいると思うと、気が遠くなるほどたくさんの生活だ。遠くに、遊園地が見えた。あれはとしまえんです、と歩さんが教えてくれた。」P230と車窓から眺める風景は変わらない。 繰り返しになるが西武池袋線上りの練馬付近の車窓風景は北西から秩父連山、谷原付近のガスタンク、光が丘の団地群と清掃工場の煙突、としまえん、遠くにさいたま新都心、更に遠くに日光連山、そして北東に筑波山を望むあきれるほど広大な関東平野に連なる家々とその生活は「かたばみ荘」の住人の様に続いたり途切れたりまた繋がっていくのと重なっていく。 補足 「高架線」では中村橋に住居を構える場面も出てくるのだけど、「プレーンソング」保坂和志著も中村橋が舞台だった。中村橋書店、練馬美術館、貫井図書館、やきとり川名、パン工房YOU、プロスペール、センプリチェ、西友(線路横からガード下)までとても暮らしやすい。各駅停車ならではの長閑さも。 2017年に現れた西武池袋線沿線小説。

9か月前

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ヨコハマメリー:かつて白化粧の老娼婦がいた

30代以上の横浜市民であればおそらく記憶に残っているであろう白塗りの老娼婦メリーさん。彼女を題材とした傑作ドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」から10年を経て監督である中村高寛が書籍化。映画からは窺い知ることのできなかった製作中の自問自答悪戦苦闘の日々、公開当時はいまいちその必然性が解らなかったかったもう一人の主役というべきゲイのシャンソン歌手「元次郎」の存在など書籍化によって腑に落ちることも多かった。 メリーさんが姿を消した1995年前後は横浜の町が大きく変容していく時期でもあった。 1989年横浜ベイブリッジ開通 1993年横浜ランドマークタワー開業 1996年クイーンズスクエア開業 2002年赤レンガ倉庫再整備 一連の流れによって良くも悪くもどこか薄暗い横浜から イメージとして明るく洒落た横浜へ移り変わっていった。 最近TVKで再放送が始まった「あぶない刑事」1986年放映 の荒れた港湾部や小汚い町並みが漂泊される前の最後の横浜の姿を映している。

10か月前

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漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え

元凄腕の岡っ引きで現在は暗い影を背負った版木彫師の伊之助大江戸ハードボイルド第2弾は前作を動とすれば今作は静の印象が強い、裏店から裏店へ江戸の町を歩き回り、すかしたりなだめたり数々のテクニックを使った粘り強い聞き込みから事件の全容を明らかにしていく。 『「しかし、ああいうときの男ってのは、みじめなんだよね」 言いさして、おつねは自分も笑いの発作に襲われたらしく、 肉の厚い頬をぴくぴくさせた。 「ほんとに、みじめ。あたしも気になるからさ。ウチのを誘ってあとで様子を見に行ったわけ。そしたら家ん中ほんとに何もないじゃない。そりゃそうだよ、引越しちゃったんだから。その何も ない家の中に、あぐらをかいたご亭主だけがいるわけ」 女たちは、またけたたましく笑った。おつねも腰を二つに折って 笑っている。女たちは、内心そのみじめな男に、七之助ではなく自分の亭主でもあてはめておかしがっているのかも知れなかった。』P129 裏店のおかみたちの生の躍動感が目に浮かぶこの場面いいなあ

10か月前

中野本町の家

東京国立近代美術館にて開催中の「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」を見て改めて「中野本町の家」に惹かれることを再認識。 帰宅して本棚から掘り出しここ1週間通勤時に読んだ。 新宿にほど近い中野本町に70年代日本の住宅建築を代表する馬蹄形のチューブ状空間が生まれた。設計は伊東豊雄、施主は実の姉である後藤暢子。この住宅は1997年にわずか20年の歳月で姿を消すこととなった。本書はこの住宅を作り上げた母とその娘、そして設計者がそれぞれの視点から「中野本町の家」を語っている。 「中野本町の家」に惹かれる理由はチューブ状空間の無機的な質感や差し込む光の具合、中庭の外部と内部のねじれなど数多くあるのだが再読して、静かな力強さというか建築の持つ暴力性もしくは業のようなものあるのかなと気付く。この住宅は後藤暢子が30代後半の時、まだ40歳である夫を失ってから直後に建てられている。 「先程、建築が住み手に働きかけてくる力がとても強くて、と申しましたけれど、実際、建物が絶えず私を、それを建てた時の状態に引き戻すのです。けれども、今も言ったように、わたくし自身は新築当時の闇をくぐり抜けて、生活も仕事も少しづつ明るい方向へと展開していく・・・そうすると毎日そこで暮らしている建物だけが、わたくしの過去であって、わたくし自身は20年前とはちがった積極性をもって、今現在を生きている。それはやはり住宅建築がクライアントの心理的、精神的な面を強く、また繊細に、表現できるものだなという驚きを生むと同時に、自分はもうこの家は住み終えた、ここから出て行きたい、という切実な思いともなって、ついにひとつの決断をくだすに至った、というのが今の状態です。」P40

11か月前

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バーリトゥード 格闘大国ブラジル写真紀行

名著「ブラジリアンバーリトゥード」情報センター出版局から15年 新規取材をもとに大幅な加筆修正、多数の未公開写真を収録。 まったく新しい本として生まれ変わった。「バーリトゥード」とはポルトガル語で「何でもアリ」を意味しルールによる制限を極力なくした打投極の格闘技現在の「MMA」の源流ともいえる。地球の裏側では何もかもが規格外。ブラジルの熱さが伝わる写真多数。 首を絞めている写真が強烈な表紙のモデルは、アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラ。修斗第4代世界ライト級チャピオン。通称「ペケーニョ」ポルトガル語で小さいの意。伝家の宝刀「ギロチンチョーク」で数々の日本人格闘家を葬ってきた。最近消息を聞かなかったけど世界各地でセミナーを開いていて多忙らしいとの事、そんなペケーニョとの交流も本書の見所。どんな格闘家はこちらを。YouTubeより https://www.youtube.com/watch?v=aZwQduxeftU

11か月前

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