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fuku

設計事務所勤務ゴミリーマン/元クズ編集者

設計事務所勤務ゴミリーマン/元クズ編集者

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コメントした本 ページ 2

世界地図が語る12の歴史物語

「世界地図を参照するとき、遠方の地はいつでも紛れもなく手の届くところに位置しているのである。」プトレマイオスの地理誌やTO図からグーグルマップに至る12の地図をもとに、世界地図と人間の世界認識との関係を丹念に辿り直す。本書にも引かれている、国の範囲を示すために作られた等縮尺の地図というボルヘスの寓話にもあるように、地図とは権力の範囲を示すものであった。また信仰のよすがとなるものでもあった。 そうした関係性がどのようなものであれ、ある時代の世界地図は、その時代の人々の世界観が反映されるという視点はとても興味深い。古代の地図だけでなく、科学技術により正確な地図が作成できるようになった現代の地図においても、ある意味で偏った世界観が地図に反映されていることは知っておいても良さそうだ。

8か月前

テルリア

頭に打ち込めば新たな世界認識が生まれるという金属テルル。要は麻薬みたいなものってことだが、ロシアを含むヨーロッパは崩壊して小国が乱立、イスラム教は世界を席巻、資源問題も深刻化しておりジャガイモを燃料にするバイオ燃料車が走る21世紀後半の世界。ほとんどの国ではテルルが非合法化されているなかで、テルルを打ってラリったりたまに打ち損じて死んだりしているどうしようもない人類が生きている、そんな世界を50の断片で切り取っている。著者曰く、断片化した世界を描くにはテキストも断片化するほかないということだが…。すでに発表されている『氷』三部作となんとなく世界観が似ていてセルフパロディのようだ。とはいえ原著はこちらのが先のようなのであっちが発展形なのかも。 断片化している分、舞台背景にある世界像がとても見えづらいが、近未来に関する想像力は相変わらずすごい。悪い方向にだけれども。

9か月前

最後のソ連世代――ブレジネフからペレストロイカまで

非常にあっけなかったソ連の崩壊。国民は、祖国が確固たる基盤に立ち不変の存在だと信じていたのにもかかわらず、崩壊の過程においてはそれをあまりにもあり得ることだと感じていたのだという。本書はこうしたソ連崩壊がなぜこうまでなし崩しに起きたのかを自らの実体験とさまざまな聞き取りで明らかにしていく。ソ連の日常、特に本書で分析の対象となっているブレジネフ時代以降は党の指導に愚直に従う体制派と、そうした体制をかいくぐりながら自由を希求した反体制派(ここでは異論派)というような、二項対立があったとされるが、実はそうではなく、共産主義に対する真摯な信頼と信念を持ちつつも、それに反することもするといういわばねじれた関係が市民にとって普通の状態でありえたという。そうした言説の意味の捉え方の方法論の違い(ここではオースティンの概念を援用してコンスタティブ・事実確認的な発話/パフォーマティブ・行為遂行的な発話に分けられる)により、党のガチガチの権威的な言説がいわば形式的なものとなって脱構築されていき、誰もがイデオロギーに従っていながら、それを気に留めなくなったという不可思議な状態(本書ではヴニェと呼ばれる)となったことが、ソ連の崩壊を準備していったとする。オーラル・ヒストリーとしても抜群に面白い数多くの聞き取りをはじめ、読み出したら止まらない。

9か月前

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時間のないホテル

世界中に広がるネットワークを持つホテル、ウェイ・イン。忙しい顧客に成り代わり、コンベンションへの参加を代行する主人公はこのウェイ・インをはじめとするホテルを転々とする身。今回、新たに建設された巨大コンベンションセンターで開催される催しに代行で参加するものの、主催者のちょっとした罠にかけられて参加が危うくなり…。 自分の仕事的にもコンベンションは関わりが深い分、前半部を読んでると身につまされるとこもありながら、あーあるあると頷きつつ読んでると展開がどこからかずれてくる。 とはいえ、コンベンションにまつわるゴシップや小ネタを集めただけでもなく、どうにもたどり着けない(ことはないのだが)コンベンション会場とか、初めからカフカ的な不条理感は漂っていて、いわば現世的というか世俗的というか、そうした不条理と、幾何学的、あるいはオカルティックな不条理が混じりあうところがこの小説の特徴なのかも。 ネオンサインが質問に点灯する文字で質問にイエスノーで答えるなんてコミカルな小ネタも楽しい。

10か月前

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起きようとしない男:その他の短篇

布団にもぐったまま、ぬくぬくごろごろすることがどれほど幸せか。特にこれからはお布団を離れることの名残惜しさが強くなってく季節だけれども、それはイギリスでも同じらしい。ベッドから出ることを拒否した男がやがて聖者のように扱われ…という表題作を含めたデイビッド・ロッジの短編集。古いものから新しいものまで並んでいるが、原語ではなかなか読めないものだったらしい。仏語版だか独語版だかの翻訳で出すということでまとめたものが、本国ではプライベート・プレスから出されることになったために稀覯本になっていたのだそうだ。 そして、かつて子どものときにその仏語版を読んだフランス人アーティストが表題作「起きようとしない男」をモチーフにつくった家具から再版の話が持ち上がり…本人の筆で語られるこの本の経緯もまたよくできた短編小説を読んでるみたいで少しお得な一冊。

10か月前

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モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る

チンギス・ハンに始まるモンゴル帝国を発掘にやって読み解く。考古学者のものすごさが存分に発揮された本。騎馬民族として縦横に劫掠に明け暮れたというモンゴル帝国像が鮮やかに覆される。果てることなく広い室内に無造作に置かれた珍かな宝物、そして珍味佳肴がならぶ晩餐の席というようなチンギス・ハンの宮殿のイメージも、実際の発掘では拍子抜けするほどに質素なものだったりする。 また遊牧民は一箇所には定住しないために技術的には遅れをとっていたようにも思いがちだけども、そんなことはなく、鉄を利用する方法については極めて長けていたことなどもわかってきた。鉱石から鉄を鋳るのは非効率だから、あらかじめ精錬してある小さいインゴットをたくさん携行して、必要に応じて矢じりに加工するとか、チンギス・ハンの馬にまたがった征服者というよりも、実際的な経営者像が見えてくる。

11か月前

2084 世界の終わり

明らかに実在するとある宗教を思わせる一神教が全てを支配する国。年号も定かでなく、過去はすぐに書き換えられ、歴史らしい歴史などは存在しない。すぐに思い起こすのはオーウェルの『1984』のようなディストピアだ。実際、タイトルもオーウェルの小説から一世紀後でもあるし、関連性は明らかではある。その上で、本作はとある宗教、有り体に言えばイスラム教の、特にその中でも原理主義のふりかけがまぶされていることが大きな特徴だろう。 とはいえ、異様なまでの密告社会、隅々にまで宗教的な戒律が染み込んだ窮屈な世界という設定でありながら、ところどころあれっと思うような破れが見えてしまうのは少し残念。そうした監視社会の破れを描こうとして、物語自体に破れが見えたようなそんな感じ。 ディストピア大好きなウェルベックが推薦してるそうだけど、ちょっとそこが…。 著者はアルジェリアの元エリートで、政策に楯突いたために公務員の職を追われたが、そんな迫害の中でも同地に住み執筆しているという。しかし、執筆したものはほとんど国内では発禁になるそうだ。 そうした背景を考えれば、この小説に切迫したアクチュアリティを認めることは可能だろうけど、そんなものは物語にとって夾雑物でしかないとも言えるわけで…。

11か月前

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写本の文化誌:ヨーロッパ中世の文学とメディア

印刷術が発明される以前のヨーロッパ中世では本といえば当たり前だが写本のことであった。原本(もちろんこれも手書き)を一文字一文字書写するという手間からして、中世の本はきわめて貴重なものであったが、本書はこうした写本が社会に与えた影響を、その作り方や注文のあり方から、中世文学研究の最前線に至るまで丁寧にたどる。 書写という行為は原本に忠実であることを旨とはしながらも、原本をよりよくしよう、語り直そう、という精神が根底にあった。詩人たちもそうした伝統の上に立って古いテキストに新たな魅力を付け加えようと努力して、様々なバリエーションを生んできた。 現代のように原テクストを神聖化して勝手な異同を認めないとする著作権的発想とは根本的に違っていたわけだけど、作者なる概念は死んだとするポストモダン文学にも通ずる現代性も感じられたりするあたり、人間のやることは繰り返すのかも。 邦訳タイトルと帯の惹句からは写本づくりをめぐるあれこれのトリビア本というイメージだが、読み進めるうちにそれを大きく超えて、文学をめぐるヨーロッパ文化史の中に踏み込んでいるのを発見する。良い意味で裏切られる本。

11か月前

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量子力学で生命の謎を解く 量子生物学への招待

光子の二重スリット実験や量子もつれなど、量子力学は我々の目に見える古典物理学の世界とは違う奇妙な量子の振る舞いを解き明かすものだが、どうも生命も量子力学の視点から見ることが必要らしい。それを明らかにするのが量子生物学で、この本はそれを平易にまとめたもの。たしかに極微小な分子原子の世界ともなれば、そこで働くのは古典物理学ではなくて量子力学の法則ということはその通りなように思われる。というより、量子の不思議な振る舞いのように、普通に見れば突拍子もないことでもなけりゃ説明できないのが生命という変な現象ではないかという気になる。 生命の起源が量子生物学で解き明かされるかどうか、そしてその知識を活用して生命を人工的に作り出すことができるのかどうかはまだまだ未知数ではあろうし、生命がいかにして量子のコヒーレント状態(量子の状態が重ね合わせにある状態のこと、ってよく分かりませんが)を長時間保てるのかなどハードルの高い謎は数多く残されているが、生命の謎に最も近いている研究分野なのではないだろうか。 身近な例を引きながら核心に迫る語り口も、科学読み物としてとてもよくできていてよい本だった。

11か月前

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現代地政学: グローバル時代の新しいアプローチ

マッキンダーやマハンなどの伝統的地政学は、主に大陸の国家間の関係、つまり各国が主体者として繰り広げるダイナミズムを取り扱うもので、論者はイギリスなりドイツなりアメリカなり、自分の与する国家の都合に良い方向を向いて議論をする傾向があるという。たしかにどの国がヘゲモニーを握るのか、ハートランドにシーパワーなどさまざまに論じられていた。けれどもそれゆえに国家間の権謀術数の道具のように誤解され、さらにはハウスホーファーの理論がナチスに悪用されたこともあって地政学は随分衰退した。 それに対し、現代の地政学は、著者の方法としては世界システム論なども踏まえながら、地政学的アクターとして国家以外のさまざまな主体の行為も包含しながら場所と行動の関係を探求するもの。入門編ながら大学レベルの教科書だけに古典から現代までの動きやフェミニズム的地政学などのあらたな潮流までちゃんと紹介されている。

12か月前

生まれながらのサイボーグ: 心・テクノロジー・知能の未来

人間は生まれながらのサイボーグであり、道具は私たちである、というのが著者の主張。過激な表現であるが、人間は身体という道具に加え、身体外部の存在をも取り込みながら「拡張した心」に従って人間存在を拡張していくという意味でのことであり、一般に想像されるそれとは違う。 とはいえ人間の脳は、他の動物と異なり、極めて可塑性に富んでおり、身体にとどまらず非生物的機器や環境を自らの一部として取り込んでいくことで進化してきたとして、例えば外部記憶装置としてのメモやノートに始まる多数の証拠をあげながら、人間が生得的に「サイボーグ」であり、今後はテクノロジーの進化でさらにそれが進んでいくことを示唆する。 人間とは身体にとどまらず、自らが直接的にコントロールできる諸部分の総和であるというデネットによる人間の定義を数多くの議論から説得的に論じている。 原著は2003年の発行なので、ネット社会の発展やスマホなどの普及については述べられていないが、かえって著者の描くかなり楽天的な未来像と現状のギャップが見えて来るという意味では有用であるかもしれない。

8か月前

女がいる

女がいる。から始まる97の断章が並ぶ。時に女は男になったりもするが、「僕」を愛していたり「僕」が愛していたり、また憎んでいたり。男性らしき主人公の独白が延々と続く。独白の中身はお互いの関係に対するときおり妙に具体的なエロティックな描写と、女の突飛な行動に見られる乾いたユーモア、ハンガリーの歴史や地理など様々だ。ときおり、共通点が見えたりもするが、それをもって女を同一人物だといえるほどの共通点でもない。それほど女は変幻自在なのかもしれない。それとも男が女の姿を勝手に見誤っているのか。 ストーリーらしいストーリーはないけれども、どこから読んでもシュールでやや下品なショートショートが見つかるという意味では、一つのテーマを巡って書かれたカフカの短編集のような趣がある。

9か月前

林檎の木から、遠くはなれて

19世紀、アメリカ。コネチカットからオハイオのブラックスワンプなる沼沢地で新生活を始めた家族、グッディナフ一家。毎年マラリアで苦しめられ、10人生まれた子ども達も次々に死んでいくほどに環境はとても過酷で容赦がない。語られる時点で生きているのは、優しいが林檎のことになると譲らぬ父ジェームズ、強い林檎酒であるアップルジャックに溺れる母サディに3人の息子、2人の娘。 その中で家族のきずなをつなぐのはコネチカットから持ってきた林檎である。他の作物も育ててはいるが、林檎こそがグッディナフ一家をつなぐものであった。その関わりは家族によって異なるとしても。やがて末っ子のロバートは家族から離れて放浪へと向かう。 グッディナフ一家のドラマに、プラントハンターのウィリアム・ロブや林檎をアメリカに広めたジョニー・アップルシードことジョン・チャップマンなど実在の人物を絡めながら、ゴールドラッシュのアメリカの風景がまざまざと見えてくるような物語。 流されまくりのロバートに、弱々しい姉マーサ(彼女は最後まで不幸なんだよなあ)、そして明るく必死なのにいつしか大きなモリー、謎の存在感をしめすビーネンストック夫人。とにかく人物がいい。ストーリーもいいんだけど、この小説は人と木だ全てだ。

10か月前

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スペース・オペラ

スペースオペラといえば、昼下がりの安っぽいメロドラマ、ソープオペラと同じく、ヒーローが大活躍する、粗悪というかあまり出来のよろしくないSF宇宙活劇をさすちょっと意地の悪い言葉だが、それをストレートにひねらずーーいや、逆にひねったのかなーー宇宙を旅する歌劇団の物語にまんまと仕立てあげてしまったブラックユーモア炸裂の表題作を含むアンソロジー。もちろんユーモアだけではなくて全くの異世界文明との相互理解の可能性について、レムなどにも見られるような鮮やかや思考実験がとても心地よい。表題作もギャグ満載で楽しかったが、異性の海の鈍重そうな生物とのコミュニケーションを描いた「海への贈り物」が出色。著者は元船員だったそうで、その経歴も迫真の描写に役立ってるのだろう。最後のシーンは予想されることだとしても胸が熱くなる。 このアンソロジーはシリーズだそうでこれが3巻目の完結編だそうだが残りも読んで見なくては。

10か月前

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踊る裸体生活: ドイツ健康身体論とナチスの文化史

20世紀前半、ドイツでは裸体文化が隆盛を誇ったという。20世紀前半のドイツと言えばワイマール体制とそれに続くナチ政権だが、そうした政治的、社会的な激動の中で裸体により健康を保とうとする文化が咲き誇ったというのはなかなかに興味深い。裸であることは衣服からの解放というだけでなく、古い社会規範からの解放も含意しているだけにその方向性は開けっぴろげでポジティブなものであるが、それが一つのイデオロギーとして消費されてしまえば容易にナショナリズムに結びつく。本書のテーマであるドイツ人はアーリア人、いわゆるゲルマン民族の優越性を主張した。そうしたことはドイツに限ったことではあるまいが、ドイツで特異だったのは裸体文化であったようだ。 しかし、清潔や健康とナチスは公衆衛生の分野や食生活の分野でもしっかりとつながっていくので、裸体文化もその路線にあったということか。

10か月前

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夢の日本史

夢とは日本人にとってなんなのかを説話から歴史的にたどる。大昔は夢見ること自体が権力や能力の証であったりした。夢はどこか遠い神仏の世界から届けられる奇瑞であり、他人が見た夢を寸分違わず語り直すことでその功徳を横取りすることさえ可能な世界があった。また、従者が見た夢が主人の栄達につながったり、一族で夢を共有することで子女の出世が叶ったりするという、夢が媒介する共同体があった。そうした夢はいつしか個人の所有物となり、やがては単なる気の迷いのような扱いへと変化していくことが様々な説話からこれでもかというくらいに語られる。 で、このエピソードがどれもこれもなかなか秀逸なのがこの筆者のすごいところ。特に、狩りの途中で怪我した腕を治しに湯治に来ただけの武士が、赤の他人が見た夢のお告げのおかげで観音様と崇め奉られつきまとわれた挙句、とうとう観念して刀を捨て、化身した観音にならんとして出家しちまうという宇治拾遺物語の話は傑作。知らん間に祭り上げられて逃げ場がなくなるってのはよくある話なんですな。 かなり前の著書『中世のうわさ』(調べたらもう20年も前の著作なのか…)でもこの面白さは発揮されてたけども、説話集のゴシップ力を引き出しながら単なる面白エピソード集にとどまらない知的満足を与えてくれる本。

11か月前

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木に登る王:三つの中篇小説

名手ミルハウザーの中編小説3編。訳者柴田元幸の解説にもある通り長いの短いの、なんでもござれのミルハウザーだけれども、まるっと一つの世界観を描き切ることができる中編小説はふとしたエピソードを通じて世界のありようを切り取って見せる短編とはまた違った面白みがある。 亡夫との思い出がつまった家を売りに出している未亡人の客相手の独り語りがやがて夫婦の秘密を明かしながら二人をがんじがらめにする最初の一編、伝説の放蕩者ドン・フアンが巧みな機械仕掛けの発明家の地所で過ごしながら、これまでに尽くしてきた放蕩とはたと無縁になり、自己存在を疑いだす二編目、トリスタンとイゾルデの伝説を下敷きに、二人の道ならぬ恋に気づきつつも自らへの忠誠を盲目的に信じようと虚しく足掻く王の姿を側近の目から描く三編目、どれも不倫というか道ならぬ恋、三角関係をテーマにしているが、怪奇的で少し重くるしい夜の世界のような小説世界は作者ならではだろう。でも、廃墟のような庭園のベンチに地下世界が隠されていたり、庭園そのものもギミックだらけだったりするミルハウザー好みのもろもろが一番楽しめるのはドン・フアンだろうな。 にしてもげに恐ろしきは人間である。 柴田元幸の訳もほんとうに染み通る。

11か月前

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精神の革命――ラディカルな啓蒙主義者と現代民主主義の知的起源

現代に生きる我々にとってごく普通な概念である人権、思想や信教の自由、また人種間の平等など、いわゆる人類の普遍的価値と呼ばれるものが定着してきたのは、つい最近の話であって、まだまだ定着したとはいえない国や地域もある。日本だってアメリカだってそうした価値観が100パーセント浸透してるとは言い難いところがある。ではそういう普遍的価値観はどこからきたのだろうか。 本書の著者であるジョナサン・イスラエルによれば、哲学者スピノザに始まる急進的啓蒙主義がそうした価値観を見出し、広めてきたのである。急進的な啓蒙主義者が声高な主張により、思想的素地を固めてきたからこそ普遍的価値観が根付くことができたのだという。急進的? 啓蒙主義はそもそも急進的だったのでは?と思ったりしたが、そんなことはなかったようだ。穏健な啓蒙主義者はあくまでも王権やキリスト教的価値観に立脚しながら、つまりは身分制度などはそのままに限定的な改革を志向していたという。 イスラエルの論旨は明快で、普遍的価値観を広めた啓蒙主義者は急進的なそれであって、そうでない主義者は負けたのだ、というのである。 その意味ではとても論争的で結論ありきのプロパガンダみたいなものだが、あまりにも博覧強記なものだからふむふむと頷きながら読むしかなく、気づけばなるほどなあと唸らされることしばしばであった。こうした姿勢に対しては批判も多いそうだ(事実、訳者も批判的)。 それでもこれだけの説得力はすごい。ディドロと、ダランベール、ヴォルテールは百科全書派って習ったけれども、ディドロの急進性に比べて後の2人はそうでなく、どちらかと言えば対立していたなんてちょっと信じられん。

11か月前

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ホサナ

ホサナとはヘブライ語でどうか助けてくださいってことらしいが、聖書には歓喜の叫びの言葉として載ってるそうな。 やたら顔の広い女に誘われ、犬を連れてバーベキューに行った私。しかしバーベキューは散々なものだったばかりか謎の光による惨劇に見舞われ、私は後日真のバーベキューを行うことを決意するも…。 作品が多くて順序がわからないが『リフォームの爆発』や『珍妙な峠』のように理不尽な知人隣人に、現世と寸分違わぬように見えながらも わずかにズレた平行世界をめぐるはちゃめちゃぶりに加え、もしかしたらここは平行世界ではなく現世では?と思わせる陰謀というか計画とそれを打ち破ろうとする勢力などが絡み合う。 かなり分厚いけども読み出したら一気読み。 あの文体は健在だけども少し抑えた感じというか端正さが目立つというか、『ギケイキ』のような古典のパロディでこそ活きてくるあのべらぼうな筆致に比べれば随分と喉ごしに違和感があるようにも思われたが、それは一つの仕掛けのようにも思われる。例えば石川淳にさらっと触れてたりするあたり(「マルスの歌」だなんて渋すぎる!)、もっと深読みの楽しみがあるのかも知れない。そんな高等な読者でないのは残念だが。

12か月前

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愛と支配の博物誌―ペットの王宮・奇型の庭園

庭園や水、犬や猫に金魚、はては息子に女にフリークスに異人種といった同じ人間に至るまで、人間は愛を注ぎまくってきた。さてしかし、その愛とはそのまま支配への渇望であった。人の手の入らない自然は矯められて庭になり、黒い鮒は交配の結果真っ赤な出目金になる。小さな女の子は足を布で巻かれて纏足のよちよち歩きになる。そうした事柄は一見愛には見えまいが、愛とは支配を必然的に伴うものなのだ、恋人に愛されたい、愛したいという気持ちはすなわち服従したい、服従させられたいという欲望と表裏一体だ。恋人同士であれ、人間と自然の風景や動物との間であれ、力の差は常に存在する。その差に気づき、乗り越えようとするとき、人間は力を行使する。力を行使するとき、人間は喜びを感じる、それが上からのものであれ、下からのものであれ。支配と服従の間にある甘美な誘惑は人間だけが感じられるものなのだ。『トポフィリア』などで知られるイーフー・トゥアンの、ライトだけども飼ってるネコさんへの目線が確実に変わってしまうエッセイ。なんと30年近くも前の本でしたが。

約1年前

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