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Shun

普段は帰宅後に、休みの日は散歩しながら、…

普段は帰宅後に、休みの日は散歩しながら、のんびり読んでます。

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コメントした本

おかあさんのばか―細江英公人間写真集

1960年代、脳出血は今よりもはるかに死に近かった。母親が去った後の家庭で、小学生の娘はかつて母親がしていた家事を担おうとするが、「気がむしゃむしゃしてくる」。中学生の兄は夜中まで勉強に集中しようとするが、大きな空洞が彼の背中から透ける。横で見つめる妹。父親は、日に日に痩せていくのを娘に見抜かれてしまう。「私どもにとって、今年の『母の日』くらいざんこくな日はなかった」。世を騒がせる様々な死。「おなじ死ぬんでもおかあさんがいちばんいいみたい」。海辺でくつろぐ笑顔の父と兄と妹。死から始まる家族の哀しみと再生。

8日前

ミカドと世紀末―王権の論理

トリックスターを自認していた故山口と、後に無残な道化芝居を演じることになった猪瀬の対談。大帝であった明治天皇を補完する道化・影として大正天皇がいた。昭和天皇はどちらの役割も演じたヌエ的な存在であり、次の天皇は必然的に大正天皇の役割を担うだろうと予言されてます。確かに今上天皇は昭和を補完する役割を担ってきましたが、自ら引き受けたところが違うのではないか。そして生前退位は完全にこの二人の予想外であり、「恩赦というのは、天皇が死んだことによる」祝祭空間だという主張も根底から崩れてしまうのでした。さて平成の次は。

約1か月前

迷信博覧会

迷信は、虚実皮膜のあわいに如何わしく生ずる。動物・運・物・暦・食・呪の各章に分かれ陳列されたこの博覧会。西独の〈悪魔の糞〉、日本の絵馬と東欧のエクスヴォト、媚薬の正しい使用法、敷居またぎ、13日の金曜日といった展示物が並びます。私のお気に入りは、わずか6ページの『霊柩車の運転法』。種村先生宅の近所で伊丹十三が『お葬式』を撮影していた話から始め、ついでスクリーンのなかの霊柩車について語る口調は、若き日の種村先生の映画評論を思い起こさせます。信じようと信じまいと迷信はそこにある。楽しまなくては損ではないか。

約2か月前

立東舎文庫 エッセイ集 微熱少年

松本隆の、触れれば血の出る割れた窓硝子のような詞。まだ二十代前半だったはずの故大滝詠一の、アパートに吹き込む隙間風のように冷えびえとした歌唱。それがはっぴいえんどだった。解散後、売れっ子作詞家となるまでの過渡期に編まれたこのエッセイ集兼詩集には、当然松本の言葉しか収録されてないのだが、大滝の歌唱の代わりに、これまた文明に対する静かな怒りと暴走する蒼い性を秘めた若き日のますむらひろしのイラストが随所で炸裂している。一番好きな詞は、この中ならやはり『微熱少年』かな。同内容の鈴木翁ニの漫画も、いずれ再読したい。

2か月前

いつか王子駅で

再読。落ち着きたい時に折に触れて読み返す小説。王子駅と品川駅、大森駅周辺を舞台とする京浜東北線小説です。駄洒落のタイトルは、あの曲と王子駅だけでなく、かなり多くのものにかけられているのだと今回気がつきました。主人公の周囲の人物が皆魅力的。その人々と時を過ごしつつ悩む主人公ですが、結末にはとても納得がいきます。作中で触れられる昭和の小説群も読みたくなってきます。

2か月前

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宮本常一と写真

昔の日本人の瞳は貧しくても輝いていた、というような言説には疑いをもって接するようにしていますが、この本に収められた写真の中の人々の表情は確かに輝いています。撮影時期はほぼ1960年代。ほとんどの写真は明らかに同意を得た上で撮影されており、宮本常一と、被写体となった人々との関係性が人々の表情に反映されているのかなと感じました。山口県浮島や佐賀県呼子での、船上で過ごす子ども達の写真が特によいです。風土記と万葉集を鞄に入れて旅をするというスタイル、いつか出張の時に真似してみたいな。

2か月前

ル・クレジオ、映画を語る

映画論であり、自伝にもなってます。現在70代以降の方々って、映画を浴びるように観てる方が多いですね。若くてお金無かったろうにどうしてそんな生活出来たの?と思うのは私だけじゃないようで、今と違って安い料金で一日に何本も観れたのだと一章を割いて語られています。コミュニティにおける、映画館のメディアとしての役割が今と違ったんでしょうね。小津や溝口のような日本映画も取り上げられますが、インド・イラン・韓国の映画も同じぐらい、もしくはそれ以上の熱さで語られています。映画と本の違いについては、本は自由だ!と。まさに!

2か月前

魔術的リアリズム―メランコリーの芸術

1920年代、ヴァイマール共和国にて表現主義への反対命題として登場し、ナチス成立によりあっけなく終わった美術界の現象について書かれています。8名の画家については代表的作品の解題が行われます。静かで美しい作品群です。特に表紙を飾るエレボー『隠者』、草創期の飛行機へのこだわりが足穂を思わせるラジヴィルの『ストライキ』、シュリンプフ『窓辺の少女』が印象的です。後半ではオランダやアメリカへの影響にも触れられます。2004年にキールで回顧展が行われたと解説にあり、地図検索しました。遠いな・・。

2か月前

縄文とケルト: 辺境の比較考古学

日本列島とブリテン島は、共にユーラシア大陸の端にある島々である。大陸中央部で産まれた文明はそれぞれの島にどう影響したか。ケルトと呼ばれる人々が大陸からブリテン島に渡ってきたとこれまで言われてきた。実際は、技術や思想の伝播を、後世の人々が〈ケルト〉という観念でドラマチックに叙述したのである。一方日本列島は海により漢の支配下から逃れ、民族アイデンティティを古墳時代には明確化させた、という内容。遺跡巡りに使えそうな旅行記にもなってます。英国は遠いので、まず加曽利貝塚に行きたいな。

2か月前

富士講の歴史―江戸庶民の山岳信仰

戦災で家を失い勤め人となった著者は、それまでの山歩きの趣味を断念する代わりに富士塚巡礼をするようになり、各地の富士塚を守っている富士講の方々と話すうち研究にのめり込んでいったそうです。富士講史を辿り、角行・身禄といった行者達の生涯を描いています。図版が多く挿入されていて、マネキ(講の印入りの小旗)の写真には、あれこういうの子供の頃どっかでみたぞと。どこでだったかなあ。著者の文献探しのエピソード、大胆な反則技も使ってらっしゃるのですが、よほど読みたかったんだろうなあという思いが伝わってきて、にくめません。

2か月前

なずな

世の人は気軽に「あなたも子供を持てば判るわよ」ということを口走るが、子を持たず歳を重ねた者はそのたびに世間に対しての諦念といくばくかの心の痛みを感ずる。独身四十代半ばの男性がとある理由によって自らの子ではない赤ん坊を育てるこの小説は、身の丈にあった生活を慈しむといういつもの堀江敏幸の世界ではあるのだが、彼の作品の中では際立って生活感のあるかなり異質な作品だとも思う。

約1か月前

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立東舎文庫 風のくわるてつと

この季節になると、ふとした瞬間にこの本に収録されている短編『砂絵の日々』を思い出す。初読は十代終わりから二十代初めにかけてどこかの図書館の蔵書で。立東舎文庫から復刊されたおかげで、今年は自分の家の書棚から引っ張りだして再読出来た。60年代のフランス映画のような絶望感と寂寥感。でもとても好きです。

約1か月前

行商列車:を追いかけて

冒頭の、カメラを構えようとした著者に間髪入れず飛ぶ「写真なんか、撮るな!」の言葉。部外者に対するこのような苛立ちの理由は読んでいるうち分かってきます。そして、部外者に対する苛立ちは別に行商人に限らず、この社会の限りなく細分化された各業界がそれぞれ抱えているだろうとも思います。最後の方、食卓が団欒の場なのはさほど古いことではなく、昭和30年代まではしつけの時間であった、というのは深くうなづける指摘でした。子どもの頃、祖父母との食事はとても緊張する沈黙の時間だったことを思い出しました。

2か月前

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エデンの海

図書館のリサイクルコーナーで拾った本。1946年に書かれた、瀬戸内が舞台の青春小説。女学生と青年教師の恋愛を描いています。口さがない連中も出てきますが、二人の絆の強さを象徴するような終盤のシーンまで、お邪魔虫は殆ど付け込む隙ないという感じ。読後なんとも爽やかな印象を残します。合わせて収録されている『禁断』は設定は殆ど表題作と同じものの、一転ドロドロとしたお話で、登場人物の誰も爽やかな人物がいないという救いのない中編でした。私は陰惨な話が苦手なので、表題作の方が圧倒的に好きです。

2か月前

ヰタ・マキニカリス: 21世紀タルホスコープ

再読。今回の文庫化では、上下巻ではなく全一巻にまとまりました。やっぱりタルホには、豪華本より文庫の軽さの方が合っていると手に取ってみて思います。読み返してみて、会話場面の描き方がとても美しいなと改めて感じました。疾走感のある『電気の敵』がいつ読んでも一番好きですが、『或る小路の話』『煌ける城』に描かれるタルホとその友人達の青春群像にも色褪せぬ眩しさを感じます。

2か月前

日本橋檜物町

昭和10年代、著者晩年の頃(享年54歳)書かれた画文集。「個性を描出することには興味が持てないのです」という著者が人物を描く時に何を目指していたのか、はっきりと宣言されます。東京美術学校の学生だった頃を中心に上野・浅草・木場などでの思い出が書かれた前半、泉鏡花などとの思い出が書かれた後半に分かれていますが、前半がいい感じです。最初と最後に収められた文章中のそれぞれに鮮烈な情景が、あるものによって見事に響きあっていて、ぞくっとさせられました。

2か月前

見世物小屋の文化誌

1998年に早大文学部主催で行われたシンポジウムをもとに構成された本。『見世物大博覧会』の会場で平積みになってましたが、あの博覧会とは異なり、この本は近現代の見世物小屋に焦点を絞っています。福祉が発達して子どもや障害者が出演出来なくなったから見世物が衰退したと荷主さんが繰り返し発言されていて、読んでて非常にひっかかりを感じます。これは廃れていくのが当然だろうなと福祉的な観点からは思います。ただ一方で、非常に生き生きとした生活史でもあり、現代の価値観を相対化してくれる記録でもあると思います。

2か月前

思考と論理

思考とは大げさなものではなく日常で我々が思うことが全て思考である。論理的であるとは言語規則に従っているということ。そう述べられた後中盤まではコツコツと証明が行われます。残りのページでは、論理的という言葉には論理学的な意味と審美的な意味の二種類あること、「脳が計算する」という言い方がナンセンスなこと(養老孟司との全く噛み合ってない対談を思い出しました)、宇宙の始まり以降に人間が生まれ、言語により行ってきたこととは、というところまで話が広がります。計200ページに満たない分量ながら、かなり歯ごたえあります。

2か月前

詩人たち―ユリイカ抄

雑誌『ユリイカ』を立ち上げた伊達得夫の遺稿集。神保町ならぬ神田ビンボー町で、那珂太郎、島尾敏雄、谷底落太郎こと谷川俊太郎、安部公房、草野心平らと喫茶店や居酒屋で繰り広げていた、ろくでもない日々。ダメな人揃い踏みですが、際立ってるのはやはり稲垣足穂。居酒屋で取り巻きにたかられている姿の描写、ため息が出ます。この世を去る前に書かれた『りんごのお話』は、大学卒業と同時に迫る出征を控え、この世の見納めにと木曽路を辿る一人旅の話。青森駅前の旅館に入ったところでブツ切れに終わり、未完のまま我々の前に投げ出されます。

2か月前

「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝

昭和四十年代に絶大な人気を得、その後「あの人は、わたしたちを騙していたんです」と当時少女だった人達から言われてしまうようになった作家の評伝。ジュニア小説から官能小説に転向したと思われがちだが、実際は発表舞台を選ばず常に自分の書きたいものを書き続けた作家だった。朝鮮で生まれ引き揚げ船で福岡に渡った少年時代。苦学生だった早稲田時代。大江健三郎や小田実などの観念的で群れる作家らを軽蔑し文壇から距離を置いた生き方。富島の作品にはストイックに生きる少年少女の生と性が凛々しく描かれます。その源泉がわかる一冊。

2か月前