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Shun

普段は帰宅後に、休日は散歩しながら、のん…

普段は帰宅後に、休日は散歩しながら、のんびり読んでます。

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コメントした本

雑学者の夢

1928年生まれの書き手による読書履歴。敗戦後にフランス語で読んだ『方法序説』。ロラン・バルトからソシュールに遡り、その後ヴァルター・ベンヤミンの言語論に接したときの戸惑い。ベンヤミンの『パサージュ論』における「静止状態の弁証法」と、オーギュスト・ブランキ『天体による永遠』で述べられている永劫回帰としての地獄。フーコーから受けた挑発と、著者自身の問題意識。「一人の個人の内的な読書経験をだれが知りたがるだろうか」と謙遜されてますが、思考の積み重ねの中で方法論が形作られてくる一例として興味深く読めました。

約1か月前

俳句世がたり

月刊みすずの連載をまとめたもの。2ページほどのエッセイの最初と最後に俳句を並べてあります。取り上げられるのは芭蕉などの有名人からマイナー・ポエットまで幅広いです。でも選者の好みは一貫してますね。東日本大震災に多く触れられていますが、東京大空襲などの記述も多いです。神田駅ホームから見た焼け野原の描写が印象的です。一番気になったのは富田木歩の句。関東大震災の日の橋の上、炎に三方を塞がれた時に友人の背中を押し別れを告げた若者は、何を感じながら火に包まれていったのでしょう。この人の句集は読まないといけないな。

2か月前

楽しき没落―種村季弘の綺想の映画館

お亡くなりになる三ヶ月前にアテネフランセで行われた『種村季弘 綺想の映画館』をきっかけに編まれた自選映画エッセイ集。館内に便所の匂いが漂ったり、椅子に潜んでる虫にお尻を刺されて痛くなったりしながら観るのが映画だ、というように、身体的な感覚を味わうことが強調されています。ベルイマン、鈴木清順などを論じた文章もいいですが、ブニュエルを取り上げた語り口の滑らかなこと。巻末のロングインタビューは映画にとどまらず、当時注目を集めていた「引きこもりのあんちゃんたち」に語りかけているような生き方論にもなっています。

2か月前

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魔都

昭和九年大晦日から翌年二日午前四時までの間に東京で起きた事件を巡る、新聞記者・警視ほかその筋の方々やら銀座の蝶やらが交錯しまくる推理小説。口述筆記で書かれたそうで、作者の語り口に誘われ、日比谷公園の鶴の噴水ほか東京各所で繰り広げられる登場人物達のドタバタに聴き入らざるをえないような感じの文体です。オーディオブック向けかもしれないなあ。情景描写のどぎつい美しさと、人々の狡猾さ・逞しさが印象的です。42ー3歳の仕事に打ち込む初老の陰気な警視。年齢が重なるので非常に感情移入して読んでしまいました。ああ・・・。

2か月前

真赤な子犬: <新装版>

日影の著作の復刊は、忘れた頃にポツポツと行われる。今度は徳間文庫から、長編推理小説が蘇った。軽く読めるさらさらとした文体で書かれていてユーモアも散りばめられているけれど、海外推理小説がたっぷり引用されたり、西洋料理の薀蓄が披露されたりの日影要素はいつも通り。品川区・目黒区・大田区あたりの街並みが頭に入っていると、ますます楽しく読めると思います。

3か月前

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なずな

世の人は気軽に「あなたも子供を持てば判るわよ」ということを口走るが、子を持たず歳を重ねた者はそのたびに世間に対しての諦念といくばくかの心の痛みを感ずる。独身四十代半ばの男性がとある理由によって自らの子ではない赤ん坊を育てるこの小説は、身の丈にあった生活を慈しむといういつもの堀江敏幸の世界ではあるのだが、彼の作品の中では際立って生活感のあるかなり異質な作品だとも思う。

4か月前

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立東舎文庫 風のくわるてつと

この季節になると、ふとした瞬間にこの本に収録されている短編『砂絵の日々』を思い出す。初読は十代終わりから二十代初めにかけてどこかの図書館の蔵書で。立東舎文庫から復刊されたおかげで、今年は自分の家の書棚から引っ張りだして再読出来た。60年代のフランス映画のような絶望感と寂寥感。でもとても好きです。

4か月前

行商列車:を追いかけて

冒頭の、カメラを構えようとした著者に間髪入れず飛ぶ「写真なんか、撮るな!」の言葉。部外者に対するこのような苛立ちの理由は読んでいるうち分かってきます。そして、部外者に対する苛立ちは別に行商人に限らず、この社会の限りなく細分化された各業界がそれぞれ抱えているだろうとも思います。最後の方、食卓が団欒の場なのはさほど古いことではなく、昭和30年代まではしつけの時間であった、というのは深くうなづける指摘でした。子どもの頃、祖父母との食事はとても緊張する沈黙の時間だったことを思い出しました。

5か月前

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エデンの海

図書館のリサイクルコーナーで拾った本。1946年に書かれた、瀬戸内が舞台の青春小説。女学生と青年教師の恋愛を描いています。口さがない連中も出てきますが、二人の絆の強さを象徴するような終盤のシーンまで、お邪魔虫は殆ど付け込む隙ないという感じ。読後なんとも爽やかな印象を残します。合わせて収録されている『禁断』は設定は殆ど表題作と同じものの、一転ドロドロとしたお話で、登場人物の誰も爽やかな人物がいないという救いのない中編でした。私は陰惨な話が苦手なので、表題作の方が圧倒的に好きです。

5か月前

ヰタ・マキニカリス: 21世紀タルホスコープ

再読。今回の文庫化では、上下巻ではなく全一巻にまとまりました。やっぱりタルホには、豪華本より文庫の軽さの方が合っていると手に取ってみて思います。読み返してみて、会話場面の描き方がとても美しいなと改めて感じました。疾走感のある『電気の敵』がいつ読んでも一番好きですが、『或る小路の話』『煌ける城』に描かれるタルホとその友人達の青春群像にも色褪せぬ眩しさを感じます。

5か月前

武蔵野をよむ

渋谷のNHK放送センターが建っているあたりはかつて監獄であった。その裏に住んでいた国木田独歩は散策を愛し、『武蔵野』というテキストを遺した。水車がまわり大根畑の広がる120年前の渋谷村。テキストの裏に周到に隠蔽されている、悲恋の相手に対する愛憎。独歩は自宅での独座とともに、渋谷村の雑木林や小道を歩きながらの思索を愛した。赤坂憲雄の筆は彼方此方へのび、小道の様に錯綜する。まとまった解はないが、断りがあるようにこれは試論であり武蔵野学の始まりの書である。読む者も独歩や赤坂と共に迷い道を楽しむのがよさそうだ。

約1か月前

雑談衣食住

本当に文字通りの雑文集。六つの章に分けられ、〈四季雑記〉〈世間雑記〉〈応答一束〉は鎌倉での日々の暮らしを綴った文章が並びます。かなり気難しいなあという印象。〈東京の昔〉は関東大震災や東京オリンピックの開会式についての文章のほか、大正時代の神保町の様子が細かく描かれています。毎晩、万年筆屋や記憶術などのあやしい夜店が通りに軒を連ね、街角で演奏する演歌師に看護婦が群がっていたという神保町の様子はなかなか魅力的。〈文学雑記〉〈人と作品〉は当時の文壇楽屋話。

2か月前

菊池伶司 版と言葉

わずか一年数ヶ月の活動期間で約60点の作品を遺し、1968年に22歳で早逝した銅版画家の作品集。堀江敏幸らの解説のほか、生々しい日記が併録されています。大学の仲間や日展の出品者らへの激烈な批判。手紙文の形式での思索。詩集や哲学書からの抜き書き。解説文にも触れられている通りいかにも青年の日記。正直読んでて気恥ずかしさを伴います。でも、我々は過去を振り返って身悶えできるけれど、この銅版画家にはそんな時間は与えられなかった。若い頃の行動や思索を直視せよ、今あなたはどう生きている?と問われているように感じました。

2か月前

性食考

岩波書店のホームページで連載された文章を元に編まれたこの本。「食べちゃいたいほど、可愛い」恋人や子供や孫にささやく言葉。人は動物を殺し、食べ、生きる。人は異性と交わる。そして子供が生まれる。食や性を嫌悪すれば、行き着くのは死だ。生きるために殺し交わる我々。『ぐりとぐら』に『あんぱんまん』、イザナキ・イザナミ神話や九相図を辿りつつ、生きることとは、野生とは、文明とはと問いかけてくる328ページ。「あゝ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで飢えて死なう」。

3か月前

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おかあさんのばか―細江英公人間写真集

1960年代、脳出血は今よりもはるかに死に近かった。母親が去った後の家庭で、小学生の娘はかつて母親がしていた家事を担おうとするが、「気がむしゃむしゃしてくる」。中学生の兄は夜中まで勉強に集中しようとするが、大きな空洞が彼の背中から透ける。横で見つめる妹。父親は、日に日に痩せていくのを娘に見抜かれてしまう。「私どもにとって、今年の『母の日』くらいざんこくな日はなかった」。世を騒がせる様々な死。「おなじ死ぬんでもおかあさんがいちばんいいみたい」。海辺でくつろぐ笑顔の父と兄と妹。死から始まる家族の哀しみと再生。

3か月前

ミカドと世紀末―王権の論理

トリックスターを自認していた故山口と、後に無残な道化芝居を演じることになった猪瀬の対談。大帝であった明治天皇を補完する道化・影として大正天皇がいた。昭和天皇はどちらの役割も演じたヌエ的な存在であり、次の天皇は必然的に大正天皇の役割を担うだろうと予言されてます。確かに今上天皇は昭和を補完する役割を担ってきましたが、自ら引き受けたところが違うのではないか。そして生前退位は完全にこの二人の予想外であり、「恩赦というのは、天皇が死んだことによる」祝祭空間だという主張も根底から崩れてしまうのでした。さて平成の次は。

4か月前

迷信博覧会

迷信は、虚実皮膜のあわいに如何わしく生ずる。動物・運・物・暦・食・呪の各章に分かれ陳列されたこの博覧会。西独の〈悪魔の糞〉、日本の絵馬と東欧のエクスヴォト、媚薬の正しい使用法、敷居またぎ、13日の金曜日といった展示物が並びます。私のお気に入りは、わずか6ページの『霊柩車の運転法』。種村先生宅の近所で伊丹十三が『お葬式』を撮影していた話から始め、ついでスクリーンのなかの霊柩車について語る口調は、若き日の種村先生の映画評論を思い起こさせます。信じようと信じまいと迷信はそこにある。楽しまなくては損ではないか。

4か月前

立東舎文庫 エッセイ集 微熱少年

松本隆の、触れれば血の出る割れた窓硝子のような詞。まだ二十代前半だったはずの故大滝詠一の、アパートに吹き込む隙間風のように冷えびえとした歌唱。それがはっぴいえんどだった。解散後、売れっ子作詞家となるまでの過渡期に編まれたこのエッセイ集兼詩集には、当然松本の言葉しか収録されてないのだが、大滝の歌唱の代わりに、これまた文明に対する静かな怒りと暴走する蒼い性を秘めた若き日のますむらひろしのイラストが随所で炸裂している。一番好きな詞は、この中ならやはり『微熱少年』かな。同内容の鈴木翁ニの漫画も、いずれ再読したい。

5か月前

いつか王子駅で

再読。落ち着きたい時に折に触れて読み返す小説。王子駅と品川駅、大森駅周辺を舞台とする京浜東北線小説です。駄洒落のタイトルは、あの曲と王子駅だけでなく、かなり多くのものにかけられているのだと今回気がつきました。主人公の周囲の人物が皆魅力的。その人々と時を過ごしつつ悩む主人公ですが、結末にはとても納得がいきます。作中で触れられる昭和の小説群も読みたくなってきます。

5か月前

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宮本常一と写真

昔の日本人の瞳は貧しくても輝いていた、というような言説には疑いをもって接するようにしていますが、この本に収められた写真の中の人々の表情は確かに輝いています。撮影時期はほぼ1960年代。ほとんどの写真は明らかに同意を得た上で撮影されており、宮本常一と、被写体となった人々との関係性が人々の表情に反映されているのかなと感じました。山口県浮島や佐賀県呼子での、船上で過ごす子ども達の写真が特によいです。風土記と万葉集を鞄に入れて旅をするというスタイル、いつか出張の時に真似してみたいな。

5か月前