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Shun

普段は帰宅後に、休日は散歩しながら、のん…

普段は帰宅後に、休日は散歩しながら、のんびり読んでます。

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コメントした本 ページ 2

日本橋檜物町

昭和10年代、著者晩年の頃(享年54歳)書かれた画文集。「個性を描出することには興味が持てないのです」という著者が人物を描く時に何を目指していたのか、はっきりと宣言されます。東京美術学校の学生だった頃を中心に上野・浅草・木場などでの思い出が書かれた前半、泉鏡花などとの思い出が書かれた後半に分かれていますが、前半がいい感じです。最初と最後に収められた文章中のそれぞれに鮮烈な情景が、あるものによって見事に響きあっていて、ぞくっとさせられました。

4か月前

見世物小屋の文化誌

1998年に早大文学部主催で行われたシンポジウムをもとに構成された本。『見世物大博覧会』の会場で平積みになってましたが、あの博覧会とは異なり、この本は近現代の見世物小屋に焦点を絞っています。福祉が発達して子どもや障害者が出演出来なくなったから見世物が衰退したと荷主さんが繰り返し発言されていて、読んでて非常にひっかかりを感じます。これは廃れていくのが当然だろうなと福祉的な観点からは思います。ただ一方で、非常に生き生きとした生活史でもあり、現代の価値観を相対化してくれる記録でもあると思います。

4か月前

思考と論理

思考とは大げさなものではなく日常で我々が思うことが全て思考である。論理的であるとは言語規則に従っているということ。そう述べられた後中盤まではコツコツと証明が行われます。残りのページでは、論理的という言葉には論理学的な意味と審美的な意味の二種類あること、「脳が計算する」という言い方がナンセンスなこと(養老孟司との全く噛み合ってない対談を思い出しました)、宇宙の始まり以降に人間が生まれ、言語により行ってきたこととは、というところまで話が広がります。計200ページに満たない分量ながら、かなり歯ごたえあります。

4か月前

詩人たち―ユリイカ抄

雑誌『ユリイカ』を立ち上げた伊達得夫の遺稿集。神保町ならぬ神田ビンボー町で、那珂太郎、島尾敏雄、谷底落太郎こと谷川俊太郎、安部公房、草野心平らと喫茶店や居酒屋で繰り広げていた、ろくでもない日々。ダメな人揃い踏みですが、際立ってるのはやはり稲垣足穂。居酒屋で取り巻きにたかられている姿の描写、ため息が出ます。この世を去る前に書かれた『りんごのお話』は、大学卒業と同時に迫る出征を控え、この世の見納めにと木曽路を辿る一人旅の話。青森駅前の旅館に入ったところでブツ切れに終わり、未完のまま我々の前に投げ出されます。

4か月前

「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝

昭和四十年代に絶大な人気を得、その後「あの人は、わたしたちを騙していたんです」と当時少女だった人達から言われてしまうようになった作家の評伝。ジュニア小説から官能小説に転向したと思われがちだが、実際は発表舞台を選ばず常に自分の書きたいものを書き続けた作家だった。朝鮮で生まれ引き揚げ船で福岡に渡った少年時代。苦学生だった早稲田時代。大江健三郎や小田実などの観念的で群れる作家らを軽蔑し文壇から距離を置いた生き方。富島の作品にはストイックに生きる少年少女の生と性が凛々しく描かれます。その源泉がわかる一冊。

4か月前

神なき時代の民俗学

民俗学は、柳田國男と彼の志に賛同する地方の民俗採集者によって成立していた。さながら柳田ファンクラブのようなその体制は教祖の死によって崩壊した。それでも柳田が打ち立てたテーゼを守り抜き最早誰も読まない調査報告をし続ける者。柳田から逃れようとしつつ、〈民俗〉とはなにか自分なりの再定義をしないままコンビニやアニメを論じる者。柳田・折口のような偉い誰かが再び現れテーマを決めてくれるのを待つのではなく、各々が〈民俗〉とはなにかを規定するべきだ。柳田は『神』を目的とした。ではあなたは?と問われる本でした。

4か月前

藤原道長「御堂関白記」を読む

平安時代の日記は、後世の人々が政務や儀式を法令や先例どおりに行うことが出来るよう、情報蓄積の手段として書くものであった。しかし道長の場合は自分自身のための備忘録として書いている。その意識が文字の乱雑さ・文体の破格さなどに現れている。いわば業務日誌として書くのが当然の時代に個人的メモとして書いていたわけで、雑なのですね。この本には道長自筆本や古写本の写真版が豊富に掲載されていて、筆跡や、一旦書いた文を抹消した跡、古写本と原本の比較からわかることなどが解説されています。日本文化や政治の本質が見えてきます。

4か月前

妙高の秋

海産塩物を扱う家に産まれた島村さんは長男であり、家を継ぐことは必然でした。しかし小学校教師の影響で文学少年になり、父親はそれに対し警戒心をつのらせます。15歳。問屋に見習い奉公に出したい父親に殴られ、それでも思い切って家出しようとしたけれど、姉に気づかれてしまい、深夜、泣いている母や姉弟達と身震いしながらの話し合い。島村さんは自分の意思を通しますが、それは弟に家業を押し付けるようなものでした。好きに生きることが家族全員の運命を翻弄してしまう時代の、家族の混迷と微かな再生。そんな私小説の表題作を含む短編集。

4か月前

土の絵師 伊豆長八の世界

蔵や寺院の壁面にコテで龍や天女を描いた左官・伊豆長八について書かれた文章をまとめた本。その作品の多くは幕末の火災や関東大震災で既に失われているようなので、編者の村山道宣さんによる〈品川に残る長八の建築装飾〉は、わずか3ページほどながら有り難い品川散歩ガイド。建築家の石山修武さんが設計した長八美術館は、「左官のことは左官に任せるのが条件だ」と引き受けた左官達と石山さんとの激しい合戦の果てに出来たそうです。建築家の膝を恐怖に震わせる左官らの怒りや気概。左官側の生前の談話も載っていて、公平な編集がされています。

4か月前

人生居候日記

数年に一度読み返すエッセイ集。読み返すたびに印象に残る文章が変わる。初読時に強烈だったのは、タライを酒で満たした中に男性が2人あぐらをかき、互いのタライの酒をひたすら柄杓ですくい飲み比べという『酒の上で死ぬ』。おしゃれなエッセイと程遠い、尿臭と便臭漂う文章にたじろぎページを閉じたが、この方の発する猥雑さには惹きつけられた。それから二十数年。団体旅行の群れに脅かされながら一人裏町を歩く『あまのじゃく旅行術』、居酒屋で飯食うなという『酒場ぎらい』に今回は惹きつけられました。人生居候っていう佇まいがいいですね。

4か月前

ル・クレジオ、映画を語る

映画論であり、自伝にもなってます。現在70代以降の方々って、映画を浴びるように観てる方が多いですね。若くてお金無かったろうにどうしてそんな生活出来たの?と思うのは私だけじゃないようで、今と違って安い料金で一日に何本も観れたのだと一章を割いて語られています。コミュニティにおける、映画館のメディアとしての役割が今と違ったんでしょうね。小津や溝口のような日本映画も取り上げられますが、インド・イラン・韓国の映画も同じぐらい、もしくはそれ以上の熱さで語られています。映画と本の違いについては、本は自由だ!と。まさに!

4か月前

魔術的リアリズム―メランコリーの芸術

1920年代、ヴァイマール共和国にて表現主義への反対命題として登場し、ナチス成立によりあっけなく終わった美術界の現象について書かれています。8名の画家については代表的作品の解題が行われます。静かで美しい作品群です。特に表紙を飾るエレボー『隠者』、草創期の飛行機へのこだわりが足穂を思わせるラジヴィルの『ストライキ』、シュリンプフ『窓辺の少女』が印象的です。後半ではオランダやアメリカへの影響にも触れられます。2004年にキールで回顧展が行われたと解説にあり、地図検索しました。遠いな・・。

4か月前

縄文とケルト: 辺境の比較考古学

日本列島とブリテン島は、共にユーラシア大陸の端にある島々である。大陸中央部で産まれた文明はそれぞれの島にどう影響したか。ケルトと呼ばれる人々が大陸からブリテン島に渡ってきたとこれまで言われてきた。実際は、技術や思想の伝播を、後世の人々が〈ケルト〉という観念でドラマチックに叙述したのである。一方日本列島は海により漢の支配下から逃れ、民族アイデンティティを古墳時代には明確化させた、という内容。遺跡巡りに使えそうな旅行記にもなってます。英国は遠いので、まず加曽利貝塚に行きたいな。

4か月前

富士講の歴史―江戸庶民の山岳信仰

戦災で家を失い勤め人となった著者は、それまでの山歩きの趣味を断念する代わりに富士塚巡礼をするようになり、各地の富士塚を守っている富士講の方々と話すうち研究にのめり込んでいったそうです。富士講史を辿り、角行・身禄といった行者達の生涯を描いています。図版が多く挿入されていて、マネキ(講の印入りの小旗)の写真には、あれこういうの子供の頃どっかでみたぞと。どこでだったかなあ。著者の文献探しのエピソード、大胆な反則技も使ってらっしゃるのですが、よほど読みたかったんだろうなあという思いが伝わってきて、にくめません。

4か月前

カラー版 書物史への扉

『図書』2008〜2014年の表紙とその解説がまとめられた本。歴史的な出版物がずらっと展示された美術展の図録のような内容。お気に入りは作者不明『第五の書』の「酒びん詩篇」。線画の酒びんの中に詩が書き込まれていて可愛いです。15Cにパリで出版された『羊飼いの暦』は、彗星が竜のように描かれていたりして、当時の羊飼いの生活が垣間見えます。19Cのエピナール版画「赤ずきんちゃん」組み立てキットは、小学館の雑誌付録みたいに紙でできたお家が作れるようです。もし手に入れることが出来ても、勿体無くて切り抜けなそう。

4か月前

21世紀の民俗学

民俗学が今後取るべき姿勢やテーマについての論考。ドギツい表紙と帯に一瞬ひるみましたが、中身はしっかりしてます。自撮り棒・アニメやゲームの聖地巡礼・無音盆踊り・震災などについて書かれた16章の各論。そして最後に置かれた『ありえなかったはずの未来』は民俗学史総論及び先達の業績の批判的検討、これから民俗学がすすんでいくべき方向が示されたずっしりした内容。震災後の社会学者らによるデータ中心の分析に違和感を覚えたという著者は、対象への距離を近く取り、人々の感情を捉える学問として、民俗学の未来を見出しています。賛成。

4か月前

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文豪妖怪名作選

全部で19篇。冒頭の尾崎紅葉『鬼桃太郎』は、桃太郎に浴びせられた屈辱を晴らそうと桃太郎退治に出かけた鬼の珍道中。挿絵付きでいきなりかっ飛ばしてくれます。泉鏡花『天守物語』は怪しくも美しい青獅子の戯曲。日影丈吉『山姫』は、一読妖怪探索の旅行記かと思わせといて、気がつくとあちら側へ。椋鳩十『一反木綿』、ほおこんなの書いてたんですか。内田百閒『件』は、なにを今更ですが、こういう並びで改めて読むとやっぱり流石ですね。巻末には東雅夫の懇切丁寧な編者解説付き。怖くはないですが、クスッと笑える妖怪達のあれやこれや。

4か月前

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おにいちゃん―回想の澁澤龍彦

澁澤龍彦の最初の妻だった矢川さんによる回顧録。澁澤の死後に書かれています。書くことを躊躇したというフレーズが何回も出てきます。しかし矢川さんは書いてしまった。しかも澁澤の仕事に自分が関与していたこと、澁澤との性交渉などについて克明に書き綴ってしまった。相手は故人で最早なにも弁明出来ないのに。そのくせ延々おにいちゃんと呼び続ける。これは個人的なノートかなにかに書いて秘しておくべきだった文章だと感じました。そんな矢川さんも自ら命を絶ち、みんな《彼(THEY)等》となった。もう、それでいいのではないでしょうか。

4か月前

アメリカン・グラフィティから始まった

『アメリカン・グラフィティ』の劇中に流れる曲を、サウンドトラック盤未収録の曲含め解説した254ページにわたるライナーノーツ。十代の若者らが大人になる過程を描いた映画なのか。アメリカという国が混乱を経て成熟へと向かう過程を描いた映画なのか。酒とタバコとロックンロール。明け方のドラッグレース。ドーナツ盤の英雄達の多くは早死にした。登場人物達もまた。成熟する前に訪れる唐突な死。ドナルド・トランプを産んだアメリカは「もう大人になろうなどとはしてないのだろうか」。夏は必ず終わる。エンドレスじゃない。次へ行こうぜ。

4か月前

初恋宣言―自選青春小説〈2〉

かつての集英社コバルトの星、富島健夫。のちに執筆の路線を官能小説に変え、元少女等から裏切り者だのなんだの非難されたようだが、さて。表題作の『初恋宣言』。併録の『星への歩み』。どちらも物語のテーマは共通しています。いつの世も人々は徒党を組む。男子は暴力で、女子はうわさ話で。烏合の衆。その群れから外れようとする者は男子はリンチにあい、女子は仲間外れにされる。そんなことがなんだ。誇りを持って我が道を行け。そう富島健夫は思っていたのではないか。媒体が少女小説だろうが官能小説だろうが、富島健夫はぶれてなかったのだ。

4か月前