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マシロ

積ん読が其処彼処に小山を築いている。

積ん読が其処彼処に小山を築いている。

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コメントした本

蜜蜂と遠雷

競技が好きだ。勝つことが好きだからだし、そもそも競うこと自体が好きなのだと思う。ただそれは、他人を負かすことが好きだということと等値ではないと自分では思っているのだけれど、これは勝負事自体が好きでない人にはうまく伝わらないのかもしれない。 ピアノコンクールという一種の競技の場でこの物語は展開される。それぞれピアノに向かうスタンスも環境も違う、それでいてそれぞれに「音楽に向き合っている」人間が同じ場所に集まることがコンクールの面白さなのかもしれない。 コンクールには順位がつく。それはある意味優劣をつけられるということなのだが、「芸術に優劣はつけられるものなのか?」という話題は必ず出てくると思う。楽器のように技術を要するものは上手い下手が必ず問われるが、ある一定のラインを超えているなら、そこに優劣をつける是非があるのだろうか、と。 しかし、競技にあるのは優劣だけではないのだ。順位として呈示されるのは謂わば「その日の」優劣だ。その日、その場所で、その審査員の中で下された判断なのだ。ある程度の「上手さ」を持っていれば、上手さだけではない要素が大きい割合を占めることも分かってくる。 では「何故競うのか」といえば、やはり「誰かと競うことでしか得られないものがあるから」だと思う。当たり前のことだが、順位のつくことは烙印を押されることではないし、それを一生引き摺る必要はないのだ。それでも多くの人間が「競って、負ける」ことに大いに傷つき、悔しさを捨てきれないのは、それだけその「競技」や「競技の対象」に真摯に向き合っているからではないのか。そして、それだけ真摯で純粋な想いが一堂に会し、磨かれた技を披露してくれるとは、「競うこと」はなんて贅沢なのだろう。 ピアノに触れたことのある人間がどれだけいて、その中のどれだけがこうしたコンクールの本戦どころか予選に残る腕前になれるのか、と思うと気の遠くなる思いがするが、それだけ打ち込めば打ち込むほど孤独になっていく世界で、同じような人間が集まる場所があるというのはやはりいいな、とも思う。 英伝亜夜と高島明石は、ピアノの前だけにいることに迷い、別の道を探りながら、それでいて「これは逃げじゃないのか」と悩み、それでもステージの上のピアノに戻ってきた人間だ。そういうふたりだからこそ、「帰ってきてくれてありがとう」と「あなたのピアノ、好きです」のやりとりは、お互いへの音楽からの祝福のように感じられて良かった。

約1か月前

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ロゴスの市

端整な文章で綴られる、言語の中に生きる男と女の三十年。通訳と翻訳、せっかちとのんびり。想い合っていても、足並みは揃わない。まだ初読を終えたばかりで見落としているものもあるのだろうけど、初読の感想は初読時にしか出ないので書いておきます。 まずひたすらに文章が美しい。精緻に整えられた言葉たちを追える幸福は小説でしか味わえない。そして美しいだけでなく、中身の詰まった文章であることが充足感を与えてくれる。これを読めた時間自体が幸せなものだった。 主人公・弘之が想い人・悠子に見るのはままならない人生を送るひとりの女の強さ、直向きさ、そしてそれを持たなければ生きていけなかった哀しさであり、また彼女がひたぶるに向き合った「言語」でもある。タイトルである「ロゴスの市」はドイツでのブックフェアを称する言葉として登場する。多くの言語・書物が集まる場を表した言葉は、悠子を想いながら翻訳家として言葉に浸り続けた弘之の中で、「言葉」そのものという理性の糸への想いと絡み合って、海を臨むラストシーンで美しく結晶する。 サリナス、イライザ、「海と空のようなもの」、そして「空の生まれるあたり」。物語中の三十年の歳月を経て、瞬間に美しい一文が祝福と共に生まれ出る。 水平線に辿り着くことはできないが此岸より海と空を臨めば確かにある。ロゴスに付き従って生きる弘之はこの先もロゴスの市にて暮らし、そして彼の生み出す言葉には彼の過ごした歳月、そこをどうしようもなく惹かれながら離れて過ごした悠子が生きている。彼はもう、同じくロゴスの許に性急に生きた彼女を喪うことはないのだ。水平線を見つめる彼がロゴスの一片を掴み取るラストがそう思わせる。

約1か月前

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ランナー

物語というよりは登場人物それぞれの内面を追っている感じだったのですが、皆それぞれ悩んで行き詰まって、読んでいると苦しいんですけど、最後主人公が走り出そうとするシーンで引きになるのが、皆どうにか前向きになれそうなシーンでよかったな。そこでの久遠くんと杏樹ちゃんのやりとりがかわいい。

3か月前

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愚者のエンドロール

省エネ主義者・奉太郎が女帝に乗せられ、乗せられたことに気付き、やり場のない想いを持つ描写がとても読んでいて心が痛い。しかし、しっかり女帝の方の事情も読者の心に刺さってくる。若者の思い上がり、自己欺瞞、善意の皮を被った自意識の暴走、それを暴かれたときの苦さが残る。 副題?もですけど、毒入りチョコレートだったり過去の名作のオマージュがあるのも楽しい。

3か月前

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RUN!RUN!RUN!

長距離走者としてとんでもない資質を持ち、それ故に傲慢な主人公。話は走ることというより、才能と資質とは何たるかへ進んでいく。 最初は主人公の傲慢さにハラハラさせられて、これからどうなっていくのかと思ったが、彼が自分自身の存在に疑問を持ち、馬鹿にして見下していたチームメイトの反応に対して戸惑いが読み取れるようになってからは早く先が読みたかった。 人付き合いをしない主人公を見放さない岩本くんと、彼の走る姿に走ることへの自分の気持ちに気付いた主人公、そしてその気持ちに気付いたからこその決断は切ないけれど、ストイックな主人公の選択として納得できた。 ただお兄さんについては本当に辛い……。

4か月前

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えーえんとくちから

歌集、あまり手に取らないのですが、ツイッターでbotに引用されているものの中で木になる歌の多くがこの人の歌で、気になって買いました。瑞々しいなぁ。

4か月前

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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君

久しぶりに、本当に久しぶりに少女小説というものを読んだ。主人公の世間知らずとも言える純粋さと、その主人公が初めて知る人々の様々な心情、その複雑さ。それを真っ直ぐに受け止めて涙したり喜んだりする主人公は、やはり世間知らずというだけでなく、ただただ純粋なのだ。転がるような展開で手が止まらない中で、登場人物の性格がプリズムのように色んな切り口で描かれる。おそらく、それぞれの人間が持ついくつもの側面を映し出すには、この主人公の純粋さが必要だった。キャラクターの癖の強さは少女小説だからなのかもしれないけれど、ただの横暴な青年ではない義満、芸に直向きだからこそ強かな鬼夜叉、単なる優男ではない観阿弥、そしてもしかしたら、主人公と同じくらい純粋で不器用かもしれない楠木正儀。室町時代についてあまり知識がないのですが、この作者は他にも同時代を舞台にお話を書いているそうなので読んでみようかな。

4か月前

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チームII

『チーム』『ヒート』で登場した人物たちがかつてとは違う道を歩んでいる。それは日本長距離界を牽引してきた天才ランナー・山城悟も同じ。故障、実業団チームの解散危機、そして引退。引退するにしても、最後にもう一度マラソンを走って競技人生を終えたい。そう考える山城の前に、かつて一緒に走った面々が集まる。 これまでの二冊で積み重なってきた人間関係がこの一冊で収束するような物語の運び。その中心には掛け値無しの天才・山城悟。その傲慢さに反発する者、その傲慢さを剥き出しの人間らしさと受け止めてフォローに回る者、山城に関わった誰もが彼に無関心でいられない。走りやめた者も、山城の走りに自分の夢を託すように彼を見ている。その彼も走りやめる時が近付いているのを感じながら、走りたい、走って勝ちたいと思うことをやめない。 『チーム』で箱根駅伝を走りながら、山城が浦の抱えてきたものに思い至るシーンが大好きなのですが、あそこで彼が浦のような強さもあることを知ったことがこの『チームII』で彼自身の変化として描かれている気がします。大手町で浦が遠目に見た山城の反応や、最後のレースに臨む山城に浦がかける言葉が、『チーム』から七年を経た彼らが走ることを通してまだずっと繋がっているようで、ものすごく良かったなぁ。山城悟はゴールラインを割った後、顔を上げたまま静かに去るんだろうな。

4か月前

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チーム

大学陸上の華・箱根駅伝の予選を突破できなかった学校から集められた選手で構成される学連選抜。自身の失速で前大会にシード権を失った者、場を乱すほどの傲慢さを持ちながら皆に掛け値なしの天才と認められる者、大学生活で走ることへの情熱を以前ほど保てなくなっていた者ーー自分の所属するチームのためではなく、言わば寄せ集めの、一大会限りのチームで箱根路を走ることになった選手たち。彼らは何のために走るのか。 協調性のない唯我独尊の天才ランナー山城に、学連チームのキャプテンに任命された浦が差し出す言葉があまりにも強烈な殺し文句。そして当日、自分の区を走る中で山城が初めて思い至っただろう浦の心境に対して持つ実感は鮮烈。面白かった。

5か月前

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まほろ駅前多田便利軒

初めて三浦しをんを読んだ。町田に住んでいたことがあるので、合間に挟まれる自虐じみた町田ネタには笑ってしまった。するすると読めて面白かった。

7か月前

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むらさきのスカートの女

「むらさきのスカートの女」を観察する「黄色いカーディガンの女」こと「わたし」。執拗に「むらさきのスカートの女」を追いかけていく中で人間のずるさ、汚さが見えてくるのと同時に、そういう後ろ暗さが見えていなかったことで、あるように見えていたミステリアスさや触れ難い雰囲気が剥がれ落ち、黄色いカーディガンの女の前にいるのはどこにでもいる矮小で行き詰まったひとりの女になっている。「むらさきのスカートの女」はいなくなり、そして、彼女にいた場所には今ーー。 仕事仲間と仲良くなるきっかけも不和のきっかけもほんの些細なことで、そこのリアルさと、主人公の行動の理解し難さが絶妙。作中ではっきりとは語られない「バザーに備品を出していたのは誰か」やこの主人公が周りからどのような人物として扱われているのかがさりげない描写から伺えるのも面白い。

約1か月前

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おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密

中学生のサッチョウさん、ビャッコさんに向けてカイシュウさんが講義するという形をとった経済の基礎のキソを学べる小説。その年頃ならでは潔癖さで家族について思い悩むビャッコさんの様子は苦しくも愛しいし、その想いを聞き打ち解けていくサッチョウさんとビャッコさんふたりの様子は甘酸っぱくかわいらしい。そして、講師役であるカイシュウさんが語るリーマン・ショックと自らの過去が何より印象深い。 私はカイシュウさんが物理学での挫折や大伯父に掛けられた言葉を交えて自らを振り返る件が一番好きなのだけれど、ここやビャッコさんの家族に対して出した答えを思うと、時には誰かの人生を滅茶苦茶にする「おカネ」は人の生活から切り離せず、「おカネ」とどう接していくかはその人次第なのだと思い知る。だからこそ、こういう本が必要なのだと思う。

約1か月前

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クドリャフカの順番

持つ者と持たざる者というテーマは昔から大好きなのですが、日常生活の中でそれを思い知る高校生たちを目の当たりにするのも、自分がかつて高校生だったからこそ沁み入る。文化祭でこういう騒ぎを起こした怪盗十文字の気持ちを、誰が馬鹿にできるだろう。「期待」というのは切ない感情ですね。

3か月前

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氷菓<「古典部」シリーズ>

アニメを初めて見たのが何年か前、学校や街、そして田んぼに囲まれた田舎道といった作り込まれた情景に自分の高校時代を重ねて釘付けになった。もちろん自分の学生生活には、作中で描かれるような日常の謎も大して起きなかったが、それでも楽しい時間だった。 今振り返ると自分もエネルギー消費の大きい生き方をしていたと思うが、奉太郎が省エネ的な生き方を望むのも分かる気がする。何かしら、やりたくないことが多すぎた。しかし奉太郎の前には好奇心の猛獣もとい亡者こと千反田えるが現れ、奉太郎はエネルギー消費を余儀なくされる。その様は大人になった今見ると、微笑ましい。 もともと「日常の謎」物は好きだ。小学生のときに読書を習慣付けるきっかけになったのが青い鳥文庫の夢水教授シリーズとパスワードシリーズだったかもしれない。そして「氷菓」に込められた真実も、寂しく遣る瀬無いもので、好みだった。 思うところあってまたアニメを見返していて、今回ようやく原作を手にしました。自分では気付けない作品に出会わせてくれるので、アニメもいいなぁと思います。またこれから先もアニメを見返すでしょうし、原作も読み返すでしょう。

3か月前

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シティ・マラソンズ

電子書籍で購入したので一篇ずつの分冊版。東京マラソン、ニューヨークマラソン、パリマラソンにて、競技からは離れた、あるいは競技としては走ることに触れてこなかった人たちが走る。彼らが走る中でそれぞれ見るものとは。 市民に開かれたマラソン大会に向き合う三篇は三篇とも自己に向き合う人たちの話でもある。しかし、自分に、そうでなくとも誰かに向き合わない物語が存在するだろうか?走るという単純でいて奥深い行為が、それぞれの物語を進めていく。 近藤史恵「金色の風」の、バレエから離れた主人公にもたらされる「だから、あなたもバレエという芸術の一部なのよ」という言葉が眩しい。

4か月前

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走ることについて語るときに僕の語ること

実際日常的に走っている人の走ることについての文章が読みたくて読んだんですけど、読んでよかった。村上春樹の文章についてはつらつらと読めてしまい、気が向いたときに手に取るという感じでこれまで読んできたので、エッセイ的なもの(本作では「メモワールのようなもの」としていますが)は初めて手にしたのですが、元々いろんなことに興味のある人の文章という感じで、読んでいて面白いなぁ。しかし毎年フルマラソンを走り、また毎月走る距離を管理しているというのはすごい。あと小説を書くことについても書かれていたのが個人的に興味深かった。

4か月前

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まほろ駅前狂騒曲

前二作からの勢いのまま、これも読み終えた。このシリーズの「それでも生活は続く」という感じ、とてもいいなぁ。一旦終わりなのかもしれないけど、このお話の中の人々は大騒ぎでこれからも過ごすんだろうな。

4か月前

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ヒート

「チーム」を読んでから少し間を空けて、ゆっくり読もうと思っていたのにレースが始まってからは一気に読んでしまった。周りの思惑に振り回される選手たちの心境は読んでいて苦しい、その中で選手だからこそ持っている強い欲求は、誰にも汚せないほど眩しい。マラソンもロードを走る上に距離があるから、トラック競技と違っていろんな方面との兼ね合いがあるんでしょうけど、どこまで手を入れて作り込んでいいものなのでしょうね。しかし新しいマラソン大会を作るという、大会の裏側というか前日譚を追えたのは面白かった。そして天才・山城は唯我独尊のまま、しかし「チーム」での走りで知ったことは確かに彼を変えたんですね。それが山城の人間臭さを強くしたように思えてちょっと笑ってしまった。

5か月前

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まほろ駅前番外地

「多田便利軒」を読んだ勢いでその次も。元々短編が好きなので、多田便利軒もだがこっちも読みやすくてストレスなく読み切れた。由良公は、家族を大事に思っていてそこが良いところだけど、彼については家族だけが世界のすべてにならなくて良かったなぁと思う。

7か月前

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しまなみ誰そ彼 4 (4)

自分自身がセクシャリティーとは違うところでどうしても周囲に対する疎外感を拭えない人間で、鎌谷先生の漫画はそうした疎外感をそのまま、そっとしておいてくれるような感じがあって「隠の王」「少年ノート」と読んできたのだけど、「しまなみ誰そ彼」はいつも最初に本を開く瞬間が怖かった。3巻が特に読み始めるのが怖かったのだけど、読み終えたとき「本当に読んで良かった」と思って嬉しかった。そしてこの4巻で最終巻となって、一体誰かさんとは何者だったのか?と考えて、しかしすぐ「登場人物誰もが作中で描かれた部分でも変わっていったし、揺らぐ人間であり、それでも在りようだとか生き方を求めずにいられない、ただの人間である」という結論にとりあえず行き着いてしまった。誰かさんが何者かはおそらくまだ考えることはできるし、そうすることも赦されているとは思うけど、読み終わったばかりの今はこの結論を噛み締めていようと思った。性別だったり外見だったり、社会的所属だとか色々と人を分類したりラベリングしたりはできるのだけど、それはひとつの見方でしかないこと、まずは誰しも人間でしかないことをしっかり覚えておきたい。最後まで読めて良かった。

約1年前

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