65c12427 15d9 42bf 971b 1c9691ef9fa3

はやおき

くそねみ

くそねみ

18

コメントした本

ドグラ・マグラ (下)

うろうろと結末の周辺を彷徨うように核心を避ける下巻。ある意味広げた風呂敷をたたむのを拒んでいるみたいだけど、たたんでしまえば、それは「なぁんだ、夢か」で終わってしまうことを作家は知っていて、だから読者に夢を強いているんだと思った。それは脳で見る夢ではない。作中では細胞が記憶している、という言い回しだったけれど、それは科学では捉えられない幻視であり、やはり「魂」というものを考えなければ理解できない「夢」であろう。読者の魂が夢を孕むまで物語を駆動し続けた作家の筆のすさまじさよ。

7か月前

05ff5c65 e855 43fc a7d7 101e939e59e1A20082ed d295 42eb 90be 13906f650b322240a631 4be3 495d 919e d197f4bc26b5186c90dd 02cb 4c88 abcd b6e457422b2481b325a4 3128 49d4 b65f 14c97e51ba5777f51409 4b4d 4122 9a71 3913d352d3f4E6ef29a5 955b 4561 9358 7d33581502bc 24
改訂版 雨月物語―現代語訳付き

数多の和漢の書物に通じ、教養深い知識人でもあった上田秋成ならではの、一流の伝奇小説。

7か月前

とりかえばや物語

田辺聖子は春風に進歩的な女性像を見ているようでそれらしい表現が見られたけど、当然平安時代にフェミニズムという言葉はない。作中では春風姫、秋月、この兄妹の振る舞いは「魔性のしわざ」とされている。魔性に囚われながら、春風は夏雲の情熱(悪い気はしない)や、彼との間の子供への愛着といった自分の中にある「本性」を捨てきれず、世を儚む。「本性」とは現代で言う性自認のような言葉ではなく、もっと深いところに根差した何かだ。魔性と本性の間で苦しむ悲劇だが、それを留まらない美と、物語としての魅力を、作者は確かに捉えている。

7か月前

道化師の蝶 (講談社文庫)

物語の中で捕まった架空の蝶を、別の物語を通して解放し、また別の物語の中で産卵し繁殖させる物語になっている。奇妙な登場人物たちの、不思議な巡り合わせが、一匹の蝶=「着想」=想像の萌芽に至る筋道は、複雑ながら驚きと感動があったし、自分の中でも、そのような蝶が生まれ飛び立っているのだという想像をしてみるのも楽しかった。ただ「多言語で書かれた無数の小説」や「虫取り網」が何を象徴しているのか、「作者のいいたいこと」を掴もうとすると、途端に入り組んだ、難解な作品になる。3回通読したがよく分からなくて諦めてしまった。

7か月前

F31dc9b8 954e 4d4f 8612 66fea9482b2b87327942 8e51 4a3a 924b 22ccc2399af2Dbb8f88f 405c 45e1 babd a664f14a104f38e6da79 d16f 446c 84d6 13b9464b1823Ce6676dd 05fe 4fe1 bd60 44f7b05f9af39a5ec021 5ffd 46ff 8967 4ef7527b1566516532af 12e8 45f2 9f3d 0daae676f528 8
オブ・ザ・ベースボール

ライ麦畑から落ちかける子供たちではなく、ライ麦畑に落ちてくる老若男女。ホールデンは落ちる子供を捕まえるのではなく、落ちてきたものを打ち返す。キャッチャー・イン・ザ・ライならぬバッター・イン・ザ・ライ。いやバッター・オブ・ザ・ベースボール。野球ではないと散々本文で言ってはいるが。

7か月前

ドグラ・マグラ (上)

あまり言ってる人見かけないけど、夢野久作の文章ってすごい魅力的だと思うんですよね。語彙も選び抜いたという感じのフレーズが、時に生真面目すぎるほど、端正に並んでいる。とおもいきや、異質な、というかいっそ土臭い、そしてドキッとするほど妖しいカタカナが文体をかき乱す。それでいて、擬古文、新聞記事風、チャカポコ何でもあり。何度も読みたくなる文章というか。もちろん、内容もすさまじいですよ。

7か月前

05ff5c65 e855 43fc a7d7 101e939e59e12c144179 394e 42df a05f 5d380807297cIcon user placeholder2240a631 4be3 495d 919e d197f4bc26b5A20082ed d295 42eb 90be 13906f650b32186c90dd 02cb 4c88 abcd b6e457422b24Icon user placeholder 51
聖アントニウスの殺人

革命前夜のフランスのスラム(フランスで何て呼ぶかは知らん)が舞台のサイコ・ミステリ。退廃的な街の描写が良かった。サイコ・ミステリらしく、犯人像に迫るところや、犯行の動機などは、微細な心理の動きをとらえている。 調べたらフランス革命が起きたのは1789年で、フロイトが生まれたのは1856年だそうだ。中世末期のフランスに、トラウマやコンプレックスのような精神分析の概念を持ち込んだら…という仕立ては面白い。作者も分かってやってるんだろう。確か「心理」という言葉は作中では出てこなかった。

7か月前

Self-Reference ENGINE

時空が崩壊した世界では未来からの銃弾が過去の少女のこめかみを狙う。無茶苦茶だけど筆者は世界観を筋道立てて作っていて、だから読者も理解できるようになっているはずなんだけど、なんでしょう、こう、「ピンとこない」って感じだった。理解に実感が伴わないというか。 作中に空を四次元空間として認識できる少女が出てくるけど、そういう「目」、実際に見えるにしろ、想像の目で捉えるにしろ、そういう感覚があってはじめて、実感を持ってこの本を読めるのかな、と思った。

7か月前

7170d921 f67d 4cde a69e a1139f55f9fe53faee56 087c 4df2 bf35 2817db8d08e2Icon user placeholderIcon user placeholderF31dc9b8 954e 4d4f 8612 66fea9482b2bIcon user placeholderIcon user placeholder 21
人間の建設

岡潔がピカソは無明の達人であると言っていたのが印象に残った。本当に肝心なことが見えていない、分かっていない小さな人(つまりそれは私のことであるが)、その有様をピカソは忠実に写し描く、その絵の様子を、岡潔は「醜い」もの、小我に固執する迷妄だと厭った。小林秀雄にとってのドストエフスキーも、同じく無明の達人であったが「無明に迷わされないと無明をあれだけ書けない」という視線がある。『考えるヒント』ではロシア宗教史からドストエフスキーを読んでいたけど、対談ではそこまで触れていなかった。

7か月前

88630391 ba3e 445e 9161 af839158ef3cIcon user placeholder9c36bd77 15ae 409c 93a2 4911bbaf1f725cd558ef 0244 4de3 a51a 6bca5de4fd16C612fc9b fc15 4cb0 809e a499a1573309Mjepkgo3 normalBbdebe8c d07c 4d28 abdd e826dff3047e 24