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忘日

心地よいものを纏っていたいよねー 村上…

心地よいものを纏っていたいよねー 村上龍 澁澤龍彦 安部公房 村上春樹 ヘルマンヘッセ 町田康 中島らも 古川日出男 冲方丁 伊藤計劃 松岡正剛 内田樹 佐々木中 野田勉 新井英樹 山本直樹 五十嵐大介 日本橋ヨヲコ 弐瓶勉 ふみふみこ 市川春子 入江亜季 田中相 homework flying lotus four tet xxyyxx bonobo phil weeks mergrim aoki takamasa nyolfen de de mouse sakanaction

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コメントした本

蜘蛛の糸・杜子春

載ってる作品が全て良作というぶっ飛んだ代物。 蜘蛛の糸は言うに及ばず。 杜子春は特に秀逸。中国の昔話をリメイクしたものだが結末が全然違う。 そのリメイクの仕方から芥川の人間性を垣間見ることができる。 子供が出来たら是非読み聞かせたい作品がずらりと揃っている。

約3年前

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長靴をはいた猫

訳者が渋澤さんだから読んでみました。 案の定、中にはエロティシズムが溢れているわけで… 難なく楽しめましたが、意外なのはグリム童話の話と被る「赤頭巾ちゃん」「眠れる森の美女」の話がより、リアルになっているところ。 どうやらシャルルペローはこれらの話を警告として書いたようなのです。 なるほど赤頭巾ちゃんが全裸でベッドに入ったり、食われて話しが御終い、なんていった所には思春期の軽はずみな性行為への警鐘が鳴らされているわけですねー。

約3年前

シッダールタ

「ゴータマシッダールタ」こと「仏陀」の話…かと思いきや。 これはヘッセが自らが仏教から得た体験をシッダールタを通して小説という形で書き綴ったもの。 ちなみにこの中ではシッダールタと仏陀は別人物として描かれます。 シッダールタはバラモンの息子。 ですが父親や教えの師の存在に疑問を抱きます。 それは決して、父や師が間違っていたり、おかしいわけではなく。 シッダールタが「ある事」に気付いたからなんですね。 この父の元を離れた時はシッダールタ自身も「ある事」が何なのかははっきりとはわからないのでした。 しかし感覚的に、バラモンの、父の、師の元では自分が追い求めるものは得る事ができない。 そう考えます。 後にこの「ある事」が何なのかがはっきりしてくるのですが。 それに気付くのはもうだいぶ年老いてから。 しかし彼は悟りを開きます。 その時彼は… 車輪の下で有名なヘッセのこの作品は… 仏教大国、インドでも様々に翻訳され、高い評価を今尚受け続けるヘッセの代表作。 そこらにある自己啓発本より、よほどあなたを変えるでしょう。 心を打つでしょう。 その心を強くするでしょう。 そして特に。 仏教の概念が涅槃に達する事を目的として「仏陀に師事」する事だと考えるのであれば、それは間違いです。 ※※※以下、抜粋※※※ これ以上それについて言葉を費やすのはやめよう。 言葉は内に潜んでいる意味を損なうものだ。 ひとたび口に出すと、全ては常に、すぐいくらか違ってくる。 いくらかすりかえられ、いくらか愚かしくなる。

約3年前

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ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン

先生みたいです。 こんな人がいたらぜひとも授業を受けてみたい。。。 哲学から万物の真理を見抜く孤高の存在・ソークラテース。 弁明の内容たるや如何に? 友人に語ったソークラテースの本意とは? 国家の在り方とは? 自己とは何か? 生はどうあるべきか? 魂の行く先は? 死を心待ちにさえするその哲学とは… 「徳」を身に付ける方法を学ぶならこの本。 「実」を身に付けるのはそのあとからでも遅くはない。 言わずもがな、哲学・論理的思考が嫌いな人にはお薦めしません。 考えを書き込みながら読んでいくと一層面白いかも。 最後の場面では少し目が潤みました。。。

約3年前

戦争の罪を問う

ナチスドイツの犯した罪を読み解き、大別し、その歴史の踏まえ方から教訓の活かし方までを考える。 過去を振り返り、罪を省みる事からのアイデンティティの確立、前進。

約3年前

つぶやきの政治思想―求められるまなざし・かなしみへの、そして秘められたものへの

記憶と忘却をメインテーマにセクシュアリティ、ポストコロニアリズムなどに焦点を当てつつ。その中でも、主として散在する暴力の、その最たる被害者に該当する慰安婦(=ハルモニ)について語る。語る、というより言葉による模索。 数ある言葉の中からかろうじて拾いあげる事のできた言葉を以下に列挙する。 >私のお腹を経ていった男たちは、100人であれ1000人であれ、想うひとりになりうるということ。逆に自分の想うそのひとりの身体を通じて、その後ろに見えてくるさまざまな人々へとまなざしがつながっていく。<ひとつがすべて、すべてがひとつ>。このとき、男である女であるということを越えて、ひとつの抽象化の次元みたいなものが、空間があらわれる。 >私はこうやって生きてきたのよ、私はこういうふうに生きているのよという自分のからだのなかでの正統性の根拠を失う可能性のある部分は話せない……… >もちろんすべてを語ることができる社会になれば、それは一番解放された空間になるはずだけれども――いまのところ、とくに女にとっては、非常に抑圧されている状況が実際に構造としてある以上は、それは秘密でしかありえない… >政治は人間の夢を忘却に押し込む暴力を発する。

約3年前

金閣寺

主人公・溝口は幼い頃に父親から、見たこともない金閣寺の美しさを、世界一のそれだと教えられてきた。 それ以来、彼の心は金閣寺一色に染まる。 そして、金閣寺のそれが彼の全ての美意識の基準となる。 溝口の想像力を余すところなく吸い続け、豚のように肥大した想像の中の金閣寺は、悉く溝口の日常を前に燦然と立ちはだかってビクともしない。 特に、童貞をコンプレックスとする作者同様の悩みを持つ溝口。 彼の中の金閣は、それでも女性美をすらただの肉塊と化させ、路傍の石ほどの価値にしてしまう。 金閣寺は彼を縛って離しはしない。 世界は認識ではなく行為によって変化すると説く溝口。 次第に彼にとって美そのものが怨敵と成り果てた時、彼は決意する。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 日本人には特有の【破滅への美徳】があるという。 この金閣寺に、それが良く表れている。

約3年前

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白夜行

善と悪は1つだ。 その基準は不定で、誰が決められるものでもないから。 これが明解されたら。 中絶の問題も、民族の問題も、国家の問題も。 全てが説明できる。 でもそれは不可能に近い。 それは人がそういうふうに、不完全にできているからだと思う。 だから自分が正しいと思い、信じ、決めた事を徹して生きて行くことができる。 例えそれが絶対的悪と見做されるような行為でも。 誰もがわかっているようなことなのに、なかなか気付けないのは何なのだろう。 ただそれは、その理由が明らかになった時。 間違いなく即座に、善と悪の立場は転換する。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「俺の人生は、白夜の中を歩いているようなものやからな」 そう呟く桐原亮司の後ろにはいつも影があった。

約3年前

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海の向こうで戦争が始まる

1つ1つ、積み重なる争いへの渇望。 それらは重なり合って1つの、大きな潮流を成す。 そうしてできた4つの流れは1つの、もはや誰も抑え難いほどの巨大な津波へと姿を変えた。 これは恍惚のそれ、そのものだ。 人々は望んで戦争を起こす。 より高級な快楽を求めて。 そう村上龍は言う。 ―以下抜粋― 象よ、何という寂しい人生だ、いろんな事が色褪せわかりにくく醜悪に曖昧になった。 何もはっきりした事はない、俺は一体誰を愛しているのかさっぱりわからん、誰から愛されてるのかも分からん、この寂しさを埋めてくれるものは何もない、巨大な象よ、俺の回りはお前そっくりだ、やたらに大きくどこに何があるのか全くわからん、死にかけている、はっきりと病んでいる、昔はそうではなかった。 何もかもがはっきりしていた、自分が何を必要とするか、はっきりしていたものだ、今は、お前の腐れている皮膚のように柔らかく手応えがない、昔は違ったぞ、鉄の時代だった、病んだ象よ、今はお前の時代なのだ。

約3年前

サドゥ―小さなシヴァたち

この中の或る一枚の写真が、身を震わせた。 「ああ、あの人はサドゥだったのか。」 その人はインドのガンガー沿いをゆっくりと歩く。 右手には金色のシヴァの槍。 槍についたその鐘の音は、疲れた僕を不思議と和ませた。 槍が奏でる金の音は、今でも耳から拭い去る事ができない。 白装束を身に纏って悠々と歩きつつ。 限りなく遠くを見るような目でまっすぐ前を睨みつける。 その目を、今でも忘れられない。 とてつもなく力強い眼をしていたのだ。 彼の眼が見る世界の中に、僕は一っ欠片も存在しない。 神々しくも異様な出で立ちで浮世を生きる彼らこそ。 近寄れもしなかったあの人こそ。 現世の神・サドゥその人だった。 二年間インドを旅した著者の、サドゥだけを追いかける旅から生まれた本書。 誰もがインドの、不思議な力に惹かれるに違いない。 いつかまたインドへ。

約3年前

ヴィヨンの妻

末期の太宰らしい、負の匂いが漂う作品が多く載せられた作品。 そこかしこに死のイメージを内包した文が出てくる。 それがまた読んでる人をアンニュイであったり、変に怠惰な気分に共感させるものがあって心地よい。 そして出てくる作品の中に必ずと言っていい程、太宰本人に似通った人物が出てくる。 そこもまたおもしろく、往年の太宰がどんな人物だったのか、何を考えていたのかを想像するのはこの上なく面白い。 それも太宰自身の立場から描かれているものと、逆にそんな太宰に引っ張りまわされる周囲の人々の目線で描かれた客観的文体の二通りあって、太宰がどんな考えだったのか、様々な角度から推測できる。

約3年前

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壁

この人の想像力と論理展開の凄い事といったら。 並大抵の論理思考じゃその発想にはついていけない。 次から次へと展開される常識的にはおかしいけれども論理的には正しい物語の数々。 そしてそこに共通するのは主人公が何かを失うということ。 名前、影、体、家、心。 どれも孤独が付き纏うその物語は私を惹き付けて止みませんでした。 今と、これからの人間社会へのアイロニーをメタファーで表現した作品のような気もします。 受け取り方は様々かもしれませんが。

約3年前

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第四間氷期

「時代が作品に追いついた。現代人必読!」 というコピーの通り、と言える歴史的名著。 -------考察-------- 生物は生き残る為に進化を遂げる。 ヒトは、理性を手にして生まれた時から、自然の理に適わない存在であったのかもしれない。 殺人がいけない理由とは? 自然を変異させてはいけない理由とは? 全ては人間という種から見た、主観的な価値判断の一つに過ぎない。 ヒトとしての価値判断を客観視した時、そこに「美醜」「善悪」「優劣」はない。 自然界において人が動物を殺すことや動物が人を殺すことは、何もおかしいことじゃない。 それらを犯罪たらしめているのは、あくまで人間”社会”である。 そこにおける判断は人間の独善的なものである。 ヒトにしか分かり得ないのだから当然だ。 人間という「種」以外には理解できない。 ヒトの主観だからだ。 そうは思わない、という方。 では、地球を破壊する行為(Ex:環境破壊)の際に、その地球や宇宙が「やめてくれ」というだろうか?それらは意志を持つだろうか? 破壊される様が、苦しんでいるように見えるのは私達が”人間”だから、だ。 つまり、惑星や宇宙に意志は当然、ない。 (この際、宇宙に意志があるかもしれない。それは知り得ない、という不可知論はどこかに置いておく事にする) ならば我々の「美しい・醜い」という概念自体、相対的にどういうものなのか。 その判断ができない。 (繰り返すけれど)一匹のアリに自然の美しさが分かろうか。 所詮は人間の物差し1つで作り上げた判断基準なのだ。 同様に『ヒトがヒトを殺してはいけない』、という倫理もそうだ。 尚更、ヒトが「生きる」という本能に基づいて「理性」を働かせた結果「殺人」に至ったのなら。 (正当防衛の話ではなく。) ヒトが 「生きる」という本能に基づいて 「理性」を働かせた結果(→人間社会の発展)「地球が滅亡」し(→Ex:環境破壊) 現実世界で「神の領域を犯す事」(Ex:クローン技術)に至るのなら。 それは善でも悪でもなく、ただの事実ということになる。 我々には、いいことなのか悪い事なのかは、判断し得ない。 (宗教、良心…etc.がそうはさせないけれども) 未来、現在、過去がどのようなものであろうとも、そこに善悪は存在しない。 ただ、なるべくして、結果としてそのようになってきた、なっている、なっていくだけということ。 知恵なき恐竜は絶対的な自然の前に滅びた。 では我々の未来は? ------以下抜粋------ 「いや、殺人を一般論でかたづけるのはいけないよ。人を殺したら悪いのはそれが相手の肉体を奪うからではなく、未来を奪うからなんだ。我々が良く命が惜しいと言う…考えてみれば、その命とは、要するに未来の事なんだな。」 ~或る科学者の言葉より~ ---------------- 我々は生きたいという「本能の欲求によってただもがくだけ」である。

約3年前

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アイデンティティと共生の哲学

現存の民主主義は敵の法。 押し付け奪い去る勝利者の為の法。 偏在するその普遍を超越する概念の実現。 その方法論を説く。 秀逸。

約3年前

ドグラ・マグラ (上)

その常軌を逸した作風から一代奇書として高く評価されている。執筆に10年、遂行に10年の年月を捧げた夢野久作の最高傑作。日本3大奇書の一つ。 本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす、とまで言われる。 確かにその文体や、主人公が精神病で、その視点から物語を視ていくこと(語り部としての主人公自身が狂っている)、作品中の博士の奇態な論文、常軌を逸する事件の関連性、難解な説明、おどろおどろしい言葉の使い方…etc 挙げていっては切りがないほど。 物語自体は主人公が精神を回復していく過程で明かされる様々な事実が、その都度その都度ひっくり返される形で進んでいく。期待しいしい、裏切られの連続。 パラノイアか、ハタマタ夢を視ている様な、もやもやとした鬱憤が溜まりながら、池の底のヘドロみたいな気持ちを味わうことになる。 物語は下巻後半からイッキに加速していく。 一読の価値あり。

約3年前

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異邦人

誰にとっての異邦人なのだろう。 最初の異邦人としてのアラビア人か。 では御用司祭は… はたまたレエモンをまで… 視点を変えれば主人公が。 誰も彼もが、皆が皆にとっての異邦人であり、何とも言い難い、人としての苦悩を描く。 名作。

約3年前

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ノルウェイの森 上

そんなことは罪でもなんでもありません。このだだっ広い世界にはよくあることです。天気の良い日に美しい湖にボートを浮かべて、空もきれいだし湖も美しいというのと同じです。そんな風に悩むのはやめなさい。放っておいても物事は流れるべき方向に流れるし、どれだけベストを尽しても人は傷つくときは傷つくのです。人生とはそういうものです。

約3年前

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存在の耐えられない軽さ

その軽さに耐えられなかったのは、テレーザとサビーナ。 二人は、優しいトマシュにも、愛してくれたフランツにも耐えられなかった。 「人生は私にはとても重いのに、あなたには、ごく軽いのね」 陰鬱なプラハの町。 赤色に染まり、腐りきってしまった。 途中、テレーザはこの町に、溺れて沈んでいってしまうのかと思わせる。 でも、それを捨てて旅立った。 雨が降っても、笑って歌っていられれば。 タイを締めて、酒を飲む豚がいれば。 あの人が、隣にいれば。 その先に、あるものは。 人生は、限りなく貴重で、離し難い大切なものだけど。 重いものでもない。 そう思う。

約3年前

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光の雨

受験生のとある男女を相手に、一人の老人が語りだした。 それは、その時代にとうに忘れ去られた事件のことだった。 老人はその事件の中心人物であり、今ではたった一人の生き残り。 彼は今までの、その60年もの長い歳月を、その重さに潰されそうになりながらも自戒の念を持って生きてきた。 革命戦士とは、権力の権化である国家に対して、死を前にしても怯まない十全たる精神を持つ者である。 それは思想性によって獲得せられ、前進するものである。 よって革命戦士は自身の内部に居る弱者を徹底的に自己批判する必要がある。 これを【総括】と呼ぶ。 革命の名のもとに行われたこの、【総括】という絶対的暴力。 結果、至った大量殺人。 老人・玉井潔はかつて、革命パルチザンの中央委員だった。 玉井は語り伝える事で自らの犯した罪、自身に住む過去の亡霊、そして次なる世代への子供達と和解する道を選ぶ。 末期癌の為、死に背を摑まれそうになりながらも語る玉井は、何度も何度も命の灯火が吹き消されそうになる。 息も絶え絶え、そこで繰り広げられる玉井自身の精神の戦いは壮絶と言う他、ない。 最期の最期に、彼は… ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 印象的な二つの文。 「殺してから、これで組織が守れたと安心したんだ。これも権力への殲滅戦のひとつとして、革命の実践を戦いとったのだ。本当にそう信じていた。」 「恐ろしいほどの不安を感じながらも何もしないで生きている方が、よほど罪だ。生きながらも苦しみ抜き、ようやく安息を得ようとしている爺いの生き方よりも、よほど罪だ」 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 時は戦後日本。 連合赤軍(文中では革命パルチザン)の起こした、有名な山荘ベース事件とあさま山荘事件を元に書かれた小説。 幻想的な装丁にも要注目。(装丁:大貫真寿美)

約3年前

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ずぶぬれて犬ころ

「気の抜けたサイダーが僕の人生」 という一句から始まる本著。   著者は、名を住宅顕信という。 1987年。 骨髄性白血病の為、死去。 享年25歳。 創句期間は死の直前まで2年8ヶ月。 創句数は281句。 短い人生ながら数多くの詩句を残す。

約3年前