下重暁子の本

家族という病

家族という病 下重暁子

一人暮らしから実家暮らしへと戻ったときから感じている違和感は何なのかを知りたいと思い読み始めた。著書では、家族だからこそ発生してしまう気持ちに対して、これといった解決策が提示されているわけではない。しかし、読み進めると自分と似たような著者のエピソードがあり、家族に対してこう感じてしまうのは自分だけではないという一つの安心を得られた。また、著書に書かれていた ・家族に期待をせず、自分にだけ期待する。 ・家族も一個人として相対していく。 これらを自分の生活で実践していく中で、家族との良い付き合い方を模索したいと思った。

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わたしが子どもをもたない理由

わたしが子どもをもたない理由 下重暁子

この本の著者インタビューが面白く、 インタビューきっかけで読んだ。 下重さんは 自分の思いをつれづれに綴るところについては すらすら読める。 でも「だから……●●なのだ」と、 いわゆるロジックできちんと論じるところ、 もっというと、 子どもをあまり考えずに作った他所のご夫婦に対しての論じ方が 結構乱暴なのだ。 歴史やさまざまな要素をネタに きちんと論じているように一見見えるが、 論の進め方が極めて感情的で納得のいかないところが多い。 (論じることが苦手なのかもしれないと思った) こういうタイトルなので、 極論めいたことを書かないといけないのかもしれないし、 みんなが言えなかったことを言い切ることを目的にしているのだろうが、 読んでいて心がざわざわしたのは、 「あまり気が進まなかったが、子どもを作ってしまった人」に対する眼差しの冷たさだ。 人に対する眼差しの温かさが感じられないところに モヤモヤしてしまった。 これは本書のハイライトなので、あまり書きたくはないが、 著者最大の告白として、 実は結婚して夫との間に子どもができたが、 私は堕ろしているという告白がある。 その箇所を見たときに、 それまで「子どもを考えなしに作るとは何事!」 というように書かれているのに、 下重さんだって、(考えなしに)子ども作ってるじゃん!! と、読んでいる本をハリセンで10回ぐらい叩いて ツッコミを入れたくなった……。 まあ、「それでも私は堕ろました」というのが、 著者の言いたいところなのだが。 同じ境遇でよくよく考えて産むことに踏み切った人への思いやりにも ちょっとは目を向けてもらいたかったなと 子なし独身の女が思うのでした。