中沢新一の本

浄のセクソロジー

浄のセクソロジー 南方熊楠

南方コレクション全5巻のうち、一番最後に残しておいた巻。読むの勇気がいりました。セクソロジー研究とありますが、実質古今東西の猥談を縦横無尽に引用し「飯も雪隠行きも忘れるほど面白くなる」文を書いてやるぞワハハハハというノリノリの南方先生、の巻です。後半の岩田準一宛て書簡集では、男色研究の後輩である岩田を叱咤激励する熊楠の姿勢に胸を打たれます。書簡中で柳田國男は激烈に批判され「気骨の乏しき人で、深く博く事物を研究せず」と容赦無くコテンパン。「この人のが暁斎の次」と太鼓判を押す川島草堂の狂画、観てみたいなあ。

日本人は思想したか

日本人は思想したか 吉本隆明

P100 われわれは大体だめな人間だから、本を書いて自己弁明してるようなもんで、ほんとに偉いキリストやソクラテスのような人は自己弁明する必要ないんでね。本を書かないんじゃないかと思うんだけど。

Icon user placeholder22cafbde 8974 496b be14 2da6568f41d43fffa52e 7fbd 4a53 b0f5 f61afeaf798b1ad2eff2 e094 424d a3a2 0c1ee0fa4fc1
イカの哲学

イカの哲学 中沢新一

生命の実存にふれることが平和への第一歩。特攻での死を目前に、彼は本能と理性の間を思考してゆく。机上ではなく、戦時中の極限状態で生まれた平和学。

Ef4056d8 4c77 4727 8c8a 4ec70402cae31112b92e e593 4fc6 859d 07a46e3da2d5
俳句の海に潜る

俳句の海に潜る 中沢新一

P39 五七五七七が基本リズムになっているが、あれは何から来たのか。古代舞踏だという説もあるんですが、僕の感じではあれは舟を漕ぐこと、舟と関係しているだろうなと思います。(略) 日本列島に来た人たちのことを考えてみると、船で渡って来てますでしょう。古代の舞踏を見てみても海に関係しているものが多いし、海民の身体感覚に関係しているんじゃないかな。

雪片曲線論

雪片曲線論 中沢新一

P39 太極拳がシミュレートしようとするタオの動きにも、メヴラーナ・ルーミーの霊感を受けて旋回しつづけるスーフィたちの舞いの動きにも、私たちは生成にせまろうとする流体的思考の現われを見つけることができる。

愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュ(3)

愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュ(3) 中沢新一

宮沢賢治 「農業芸術概論綱要」 曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた そこには芸術も宗教もあった いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである 宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷たく暗い 芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した いま宗教家芸術家とは真善若くは美を独占し販るものである われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ いまやわれらは新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ 芸術をもてあの灰色の労働を燃せ ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある 都人よ 来ってわれらに交われ 世界よ 他意なきわれらを容れよ