佐々木敦の本

未知との遭遇

未知との遭遇 佐々木敦

歌野晶午『世界の終わり、あるいは始まり』を読了したので、同書を読むきっかけとなった本書の該当箇所(マルチエンディングのところ)を拾い読み再読。面白かったけどちょっと本書での紹介に期待したものとは違った。

ニッポンの文学

ニッポンの文学 佐々木敦

「文学」と「文学以外」を考える 作者の意図する事とはちがうかもですが あの頃の村上春樹、村上龍、山田詠美などお世話になった作家さん達を思い出し、つかの間のタイムスリップを楽しめました

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ニッポンの思想

ニッポンの思想 佐々木敦

プロローグの6ページ目に突如登場する「東浩紀もの」(厳密に言えば5ページ目のゼロアカが東浩紀を暗示しているが)から、 ニューアカ、蓮實と柄谷、福田/大塚/宮台、途中に村上隆や大塚英志を挟みながらその全てがゼロ年代一人勝ちの東浩紀に繋がるという佐々木敦の東浩紀好き好き本。「東浩紀もの」の言説を追うにはよいし、視点設定はとても面白いけど、日本の思想史なら仲正昌樹の方が良い。 終章、「東浩紀はメタのふりをしたネタのふりをしたベタ」という指摘、いい歳したオタクを拗らせたオッさんがマジになって社会を語るナイーヴな振る舞いは、『存在論的、郵便的』で指摘したパフォーマンスに自然と接続される。

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