円城塔の本

後藤さんのこと

後藤さんのこと 円城塔

後藤さんが後藤さんで後藤さんである…みたいな支離滅裂な後藤さんのオンパレード。 「もう、後藤さんはいいよ!」と何度も思った表題作の『後藤さんのこと』。 <わけのわからなさがやがて圧倒的な読書の快楽を導く> とありますがね、円城節のまどろっこしい文体でわたしは快楽どころかストレス以外の何でも無かった。 解説で「思弁小説」と書かれていたが、わたしの知識と読書量では到底理解不能な代物だった。 二度と円城塔は読むもんか…と読んでいて何度も思ったが、『バナナ剥きには最適の日々』が気になって気になって仕方がない。 わたしは円城塔の沼に落ちたくさい。

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リスを実装する

リスを実装する 円城塔

文系の人間からすると、新しいおとぎ話かなって思う。胡蝶の夢っぽい。

オブ・ザ・ベースボール

オブ・ザ・ベースボール 円城塔

物事には理由があるというのはぼくの上司の口癖で、事あるごとにほら見たことかという調子でペン回ししながらしたり顔になるわけだけど(したり顔というのはほんとうに、したり、という音がする)、理由というか、物理的な説明に支えられた必然性なんてないんじゃないか、と未だにオフィス机の引き出しに潜んだビスコの少年の顔を思い出しながら考えている。 ユニフォームを着てバットを持っているから白球を打つ必然性は、物理的には説明できず、それはどこともしれない宇宙から落ちてくる人間を打ち返すことだって構わないじゃないか。そうであるからそうなんです、としか言えない自己循環論法。それで人間は人間らしくやっと振る舞える。 円城塔『オブ・ザ・ベースボール』は、意味がないのに、いや、意味がないからいっしょうけんめいに生きるひとが描かれている作品で、彼が物理的な素養を駆使すれば駆使するほど、その差異ははっきりしてくる。 読みながら、彼は、言葉に操られた経験を持っていて、それを自覚している作家なのかなと思った。それはきっと『文字渦』にもつながっているみたい。まだ読んでないけれど。

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小説の家

小説の家 柴崎友香

白地に白インクで印刷されたページ、読むのを邪魔しているかのように模様が踊りまくるページ、手書きが混じるページ、サイズの違うページ。読ませる気はあるのか?と問いたくなる。目次はそれぞれの作者による手書き。装幀は名久井直子さん、さすがである。持っているだけでも楽しい。まだ眺めているだけだが、読めるかどうかは不明。紙にもとことんこだわりありの逸品である。

文学ムック たべるのがおそい vol.1

文学ムック たべるのがおそい vol.1 穂村弘

短編は苦手だが、テレビで紹介されていたので完全にミーハー気分で購入。もちろん今村夏子著の『あひる』を読んだ。読み進めるうちに何かとんでもない展開になるのかと思いきや、そこまでのことはなく物語は終わる。これが純文学というものでしょうか? なかなか慣れないなあ。とは言え、わりと面白く読めました。たまにはこういう小説を読むのもいいかも知れない。

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これはペンです

これはペンです 円城塔

内容は、わかったようでわからなかった。 「わかったようでわからなかった」というのは、読めばわかるかもしれないし、わからないかもしれない。 個人的に自分がずっと考えていたことに近くて驚いた。 月並みな感想だが、面白い。

道化師の蝶 (講談社文庫)

道化師の蝶 (講談社文庫) 円城塔

わたしというよりも、「口」にお喋りの主導権を渡してしまい、なんだか御されておるぞ、考えてないことがぽかぽかでてきおる、というような状況はだれしも経験したことがあるのではないか。このとき初めて、自分の中に他者を認識するような、へんな心地がするのかと思う。 書くも話すという行為の親戚みたいなもので、文字によって、ひらがな、カタカタ、漢字、アルファベットを、どう開くかが想起するイメージを変えていく。「手が書いておる」という感覚そのものが、実は人間がことばであふれている証だと思う。 円城塔『道化師の蝶』は、物語というか、文字に操られてたどり着いた種々の痕跡をみせられているかのような小説だ。『オブ・ザ・ベースボール』においても言葉に操られている雰囲気があったが、まだまだわたしごころというか、私性や物語性もあった。今回の『道化師の蝶』はそのことばたちが蠢きあい、なにか新種の生き物のように、そこにいる。 物語が全くといっていいほど残らないのは物語性が乏しいからというよりむしろ、この小説そのものが物語そのものではなく、物語の書き方にまつわる、ひいては書くことにまつわる小説だからだと、確信している。 「架空の蝶」をめぐる想起、「友幸友幸」という名付けるという行為を無に帰すような主人公の名前、「無活用ラテン語」が示す言葉の偶然性ーー。言葉への興味が円城塔という作家の根源的なモチベーションなのだと、確信に至らせた小説だった。

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