山口昌男の本

ミカドと世紀末―王権の論理

ミカドと世紀末―王権の論理 猪瀬直樹

トリックスターを自認していた故山口と、後に無残な道化芝居を演じることになった猪瀬の対談。大帝であった明治天皇を補完する道化・影として大正天皇がいた。昭和天皇はどちらの役割も演じたヌエ的な存在であり、次の天皇は必然的に大正天皇の役割を担うだろうと予言されてます。確かに今上天皇は昭和を補完する役割を担ってきましたが、自ら引き受けたところが違うのではないか。そして生前退位は完全にこの二人の予想外であり、「恩赦というのは、天皇が死んだことによる」祝祭空間だという主張も根底から崩れてしまうのでした。さて平成の次は。

文化人類学への招待

文化人類学への招待 山口昌男

p28 交換とは、本来コミュニケーションから出発している。モノをやりとりする。コトバをやりとりする。人間と人間のつながり、つまり紐帯というものはすべてこの交換に発している。 p43 どんどん気前よく分け与えるということご主張の義務にもなっている。 p92 集団間の女性の移動がコミュニケーションの基本形態であるということです。だから物が移動するということは、それによって欠乏状態が満たされていくような形でコミュニケーションが成立するのだというふうに、とにかく二つの方向性がはっきり目に見えるようになっているわけです。 p146 女性が男がコントロールできない力をもっているという恐怖心を抱いている。だから根源的な力に対する恐怖をコントロールするために、その力に近い存在を排除するための機構をつくろうとする。このようなことこそが権力の起源であるということがだんだんとわかってきた。 p203 知とか学問は、基本的には、自らの体系を否定する要素を、潜在的に取り込んでいけるかどうかということによって、永続性を保証されるかどうかがきまるのではないかと思われます。