養老孟司の本

遺言。

遺言。 養老孟司

珍しく一晩で一気読み。意識に科学的定義はない。意識はそれを構成する要素が多いため、きちんと整理されないのが理由だと言う。でも、みんな起きてるうちは意識が一番偉くて、意識が自分自身であると感じているのに、だ。まだまだ人間の身体はわからないことだらけですね。

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運のつき

運のつき 養老孟司

養老孟司がどんな人かも知らずに読んだ。独特な視点で説いていく。”死”に関する考え方や向き合い方が変わる。生=死 をわかりやすく。

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編 養老孟司

更年期と呼ばれる年頃になってから、いろんなことに不寛容になってきた自分がいて、ちょっと嫌だなと思ってました。でも養老先生の本を読んで、腑に落ちてかなりすっきりしたので、感想を書いておきます。 本の終盤で養老先生は「歳をとるにつれて自他の関係が変わる。若いときは自分が大きく他人が小さいが、自分がだんだん小さくなって最後に無くなる。つまり歳をとると、世界を個人から見るのではなく、社会から見るようになる。 社会的な視点を優先すると、世の中は難しいなあ、としみじみ感じる。あちらを立てれば、こちらが立たない。ぼちぼちで釣り合いをとるしかない」と語る。 ああ、だからだ。いつまでも「自分」にとらわれていると、精神的に疲れるのだ。自分の芯がないと不安、という面もあるかもしれないが、結局、社会生活をしていると割り切れないことばかりに直面して、その都度 折り合いをつけようとすればするほど疲れるのだ。 だとすれば、「私はこうでなければ」と頑固に決めてしまうより、その川の流れや海の波にあわせて自由に泳げるような自分でありたいと思う。ただ翻弄されて漂うのではなく。自力で泳ぐ、のだ。そのためのコンパスや体力を備えるようにしよう。 先生曰く 「人生は自分のためじゃない」 だんだんそう思うほうが楽になるに違いない。自分が小さくなり、大きな社会に懐かれるように世界はできているのだろうから。

昆虫はもっとすごい

昆虫はもっとすごい 丸山宗利

人間がやってること、もしくはそれ以上のことを昆虫はとっくにやっているという虫屋の先生方の話はおもしろいのだが、やはりこういうのは素人にとっては、アニマルプラネットやナショジオのような映像に比べると感動が浅くなってしまう。致し方ない。。。

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笑いの力

笑いの力 河合隼雄

期待していた内容とはちがった。 でも「笑い」について、もっと知りたい学びたいと思わせてくれる内容だった。 ユーモア、大事。

まともな人

まともな人 養老孟司

「バカの壁」の養老先生の2001年1月から2003年9月までの(だからあの9.11を含む)時事評論です。ですから、様々な時事ネタに(歴史教科書問題から、靖国参拝問題、田中外相と外務省問題、9.11同時多発テロ、脱ダム宣言、一神教原理主義者、などなど)考え方の、普通とされている、ニュース的割り切りと理解の死角を浮き彫りにしてくれます。 根底にあるのは「バカの壁」とほぼ同じ話しなのですが、その考え方を時事問題に絡めて理解出来るので、なかなか面白いです。歴史教科書問題についてはまさに、検定そのものを失くしてそれぞれが好きな教科書を使う事に何の問題があるのかと私も思いました。「人間の限界は脳の限界」とか「原理主義に反対する原理主義の恐れ」とか「すべての脳は完全では無い事を考慮に入れろ」とか「唯一神を信じる人たちの問題にはほとほと愛想が尽きた」とか、とにかくキメのセリフがいちいち切れ味が良いので、またその事をさらりと交えてきますので、刺激的な本です。 ただ、ちょっと極端かな?と思う切り方も(私が気になったのは江戸時代が平和であったという養老先生の認識にはちょっと抵抗ありましたし、子供の犯罪の話しもちょっと極端ですし、カースト制度を肯定するのも、ちょっと行き過ぎな感じがあります、もう少し妥協点が極端じゃない所があったのではないか?と。しかし、その考え方そのものは有りだとも思うのですが。)ありますし、全てに同意できるわけでもありませんが、私の狭い脳の中の非常に大きな死角に光を当ててくれる文章で、面白かったです。 自分の知らない視点に立たせてくれる大きな転機(やはり私が今まで生きていて感じた1番大きな出来事はやはり9.11です、今のところ)を含めた時事評論です、自分の死角に興味のある方に、養老先生が好きな方にもオススメ致します。 2008年 8月

バカなおとなにならない脳

バカなおとなにならない脳 養老孟司

お勉強だけが全てじゃない。 知識を詰め込むだけでなく、自分の思ったように体を動かすことができること、アウトプットできること、も、頭の良さの1つなんだなぁ。と読んでて、色々と動きたくなった。 まぁ、答えの半分ぐらいは、「農業しなさい」に終わっていたように思う(笑)

日本人はどう死ぬべきか?

日本人はどう死ぬべきか? 養老孟司

古来、地震や洪水など、災害の多い日本では、仮の住まいを旨とし、四季の変化のある豊かな自然と共に生きてきた。戦後、そんな過去から断ち切られ、経済政策とあいまってマイホーム主義が蔓延した後、今やどうだろう。。 日本中空き家だらけとなった現実。。 個人としての人が死んでも、その人が生きてきた文化や共同体が、また、別の人により継承される安心感があれば、人が死を恐れることはなくなるのではないか。 真に生き生きと、生きていく為に必要なことなのかもしれない。

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養老孟司の“逆さメガネ”

養老孟司の“逆さメガネ” 養老孟司

「ああすれば、こうなる」批判、身体感覚論、変わる自分と変わらない自分など、養老先生のエッセンスがこれでもかと詰め込まれた作品。まずはここから、という感じで誰にでも読んで欲しい本です。

手入れ文化と日本

手入れ文化と日本 養老孟司

養老孟司さんの講演集。戦後の日本は都市化とともに急速に意識化してきた。古来日本には思想が無いのでは無い。著者は、諸行無常、自分の無力さを悟りつつ、手入れしてきた文化こそが日本の思想であると語る。