養老孟司の本

形を読む 生物の形態をめぐって

形を読む 生物の形態をめぐって 養老孟司

学生時代からずっと氏の書籍は読ませて頂いていた。 大人になってもその魅力は変わらず、 時折、なにかの拍子に読みたくなる。 そういう本が多い。 だが、東大の解剖学者故に、 中には少々難しい本もあり、この本もその類かと。 学術的な言い回し、専門用語が散見され、 凡俗の自分には些か内容が上手く飲み込めないことも。 なので完全には感想と考察を述べる事は出来ない。 あと数回読まないと。 今の時点で分かる事は、 人間、だけでなく、地球上に存在している生命、 いや、かつて存在した生命全てが対象になる学問。 進化という事象を、あらゆる生命が範疇に入る その膨大なデータを扱う学問を実践し、 生命が辿ったであろう軌跡を明らかにする。 何処がゴールなのかも分からない。 というか何がゴールなのか。 既にとうに還暦を過ぎた著者がそれでも思考する。 長年考えてきた生命への疑問。 同時に、それは自分という存在への疑問にもなっているように見えてしまう。 気のせいだろうか。

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笑いの力

笑いの力 河合隼雄

期待していた内容とはちがった。 でも「笑い」について、もっと知りたい学びたいと思わせてくれる内容だった。 ユーモア、大事。

まともな人

まともな人 養老孟司

「バカの壁」の養老先生の2001年1月から2003年9月までの(だからあの9.11を含む)時事評論です。ですから、様々な時事ネタに(歴史教科書問題から、靖国参拝問題、田中外相と外務省問題、9.11同時多発テロ、脱ダム宣言、一神教原理主義者、などなど)考え方の、普通とされている、ニュース的割り切りと理解の死角を浮き彫りにしてくれます。 根底にあるのは「バカの壁」とほぼ同じ話しなのですが、その考え方を時事問題に絡めて理解出来るので、なかなか面白いです。歴史教科書問題についてはまさに、検定そのものを失くしてそれぞれが好きな教科書を使う事に何の問題があるのかと私も思いました。「人間の限界は脳の限界」とか「原理主義に反対する原理主義の恐れ」とか「すべての脳は完全では無い事を考慮に入れろ」とか「唯一神を信じる人たちの問題にはほとほと愛想が尽きた」とか、とにかくキメのセリフがいちいち切れ味が良いので、またその事をさらりと交えてきますので、刺激的な本です。 ただ、ちょっと極端かな?と思う切り方も(私が気になったのは江戸時代が平和であったという養老先生の認識にはちょっと抵抗ありましたし、子供の犯罪の話しもちょっと極端ですし、カースト制度を肯定するのも、ちょっと行き過ぎな感じがあります、もう少し妥協点が極端じゃない所があったのではないか?と。しかし、その考え方そのものは有りだとも思うのですが。)ありますし、全てに同意できるわけでもありませんが、私の狭い脳の中の非常に大きな死角に光を当ててくれる文章で、面白かったです。 自分の知らない視点に立たせてくれる大きな転機(やはり私が今まで生きていて感じた1番大きな出来事はやはり9.11です、今のところ)を含めた時事評論です、自分の死角に興味のある方に、養老先生が好きな方にもオススメ致します。 2008年 8月

バカなおとなにならない脳

バカなおとなにならない脳 養老孟司

お勉強だけが全てじゃない。 知識を詰め込むだけでなく、自分の思ったように体を動かすことができること、アウトプットできること、も、頭の良さの1つなんだなぁ。と読んでて、色々と動きたくなった。 まぁ、答えの半分ぐらいは、「農業しなさい」に終わっていたように思う(笑)

絵になる子育てなんかない

絵になる子育てなんかない 養老孟司

いろいろ腑に落ちました。今のわたしにはとても必要な箇所がいくつもあったように感じたのでもう一度読んでおきたいと思います。

昆虫はもっとすごい

昆虫はもっとすごい 丸山宗利

人間がやってること、もしくはそれ以上のことを昆虫はとっくにやっているという虫屋の先生方の話はおもしろいのだが、やはりこういうのは素人にとっては、アニマルプラネットやナショジオのような映像に比べると感動が浅くなってしまう。致し方ない。。。

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真っ赤なウソ

真っ赤なウソ 養老孟司

『遺書』でまた話題になってる養老孟司さんのエッセイ。 『バカの壁』とは違う、 もう開けっ広げにフリーダムな書きっぷりが痛快でした。 その痛快さが楽しくもあるんだけれど、 ゆとり世代の自分と、戦時を知る養老さんの考え方の乖離に、 ページをくるたび愕然とさせられる。 個人的には「死ぬことと本気で生きること」が響いた。

遺言。

遺言。 養老孟司

珍しく一晩で一気読み。意識に科学的定義はない。意識はそれを構成する要素が多いため、きちんと整理されないのが理由だと言う。でも、みんな起きてるうちは意識が一番偉くて、意識が自分自身であると感じているのに、だ。まだまだ人間の身体はわからないことだらけですね。

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運のつき

運のつき 養老孟司

養老孟司がどんな人かも知らずに読んだ。独特な視点で説いていく。”死”に関する考え方や向き合い方が変わる。生=死 をわかりやすく。

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編

身体巡礼: ドイツ・オーストリア・チェコ編 養老孟司

更年期と呼ばれる年頃になってから、いろんなことに不寛容になってきた自分がいて、ちょっと嫌だなと思ってました。でも養老先生の本を読んで、腑に落ちてかなりすっきりしたので、感想を書いておきます。 本の終盤で養老先生は「歳をとるにつれて自他の関係が変わる。若いときは自分が大きく他人が小さいが、自分がだんだん小さくなって最後に無くなる。つまり歳をとると、世界を個人から見るのではなく、社会から見るようになる。 社会的な視点を優先すると、世の中は難しいなあ、としみじみ感じる。あちらを立てれば、こちらが立たない。ぼちぼちで釣り合いをとるしかない」と語る。 ああ、だからだ。いつまでも「自分」にとらわれていると、精神的に疲れるのだ。自分の芯がないと不安、という面もあるかもしれないが、結局、社会生活をしていると割り切れないことばかりに直面して、その都度 折り合いをつけようとすればするほど疲れるのだ。 だとすれば、「私はこうでなければ」と頑固に決めてしまうより、その川の流れや海の波にあわせて自由に泳げるような自分でありたいと思う。ただ翻弄されて漂うのではなく。自力で泳ぐ、のだ。そのためのコンパスや体力を備えるようにしよう。 先生曰く 「人生は自分のためじゃない」 だんだんそう思うほうが楽になるに違いない。自分が小さくなり、大きな社会に懐かれるように世界はできているのだろうから。

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日本人はどう死ぬべきか?

日本人はどう死ぬべきか? 養老孟司

古来、地震や洪水など、災害の多い日本では、仮の住まいを旨とし、四季の変化のある豊かな自然と共に生きてきた。戦後、そんな過去から断ち切られ、経済政策とあいまってマイホーム主義が蔓延した後、今やどうだろう。。 日本中空き家だらけとなった現実。。 個人としての人が死んでも、その人が生きてきた文化や共同体が、また、別の人により継承される安心感があれば、人が死を恐れることはなくなるのではないか。 真に生き生きと、生きていく為に必要なことなのかもしれない。

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養老孟司の“逆さメガネ”

養老孟司の“逆さメガネ” 養老孟司

「ヘイ、Siri」の時代に 努力、辛抱、根性という言葉が失われることの危うさ。 結果や利益をすぐに求めない。目に見えにくいものにも価値を見出そう。 無償の行為ができる人になりたい。育てたい。

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「自分」の壁

「自分」の壁 養老孟司

自分と世界を隔てているものは何か。 世界だけでなく、自分と他人、自身と社会、 それらのものと自分とを分ける境界線。 それは自分の外である『世界』に存在しているのか。 それとも頭の中、脳が生み出している『意識』がありもしないのに勝手に作っているのか。 常識と思っていた何か。 当たり前と思っていたルール。 社会の中で存在している個人。 当然と鷹を括っていた自分自身。 ある日、ある時、何かの切っ掛けでそれが剥がれる。 その時、自身の中にはっきりとした意識、 ルールがあれば、時間という戻らない貨幣を無駄使いせずに済むだろう。 そんなに気負わず読むといいだろう。 難しい人生訓とかではない。 はっきりと道を指し示すものでもない。 何か行き詰まった時に読むと元気が出るかも。 ちょっと元気が出るだけで人間は救われる。

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手入れ文化と日本

手入れ文化と日本 養老孟司

養老孟司さんの講演集。戦後の日本は都市化とともに急速に意識化してきた。古来日本には思想が無いのでは無い。著者は、諸行無常、自分の無力さを悟りつつ、手入れしてきた文化こそが日本の思想であると語る。