司馬遼太郎の本

項羽と劉邦〈下〉

項羽と劉邦〈下〉 司馬遼太郎

久しぶりに司馬遼太郎の本が読みたくなりました。30年ぶりの再読ですが、面白く読めました。 本書は紀元前2世紀の秦末から、秦の滅亡、楚漢戦争、項羽の死までを描きます。物語の面白さもさることながら、司馬は英雄とは何か?中国人とは何か?について個人的な意見も書いていて、単なる娯楽歴史小説にはなっていません。 司馬は「食が英雄を成立させた」と断言します。そして「不幸にも食わせる能力をうしなうとき 、英雄もただの人になった 。この点 、ひとびとは容赦がなかった 。かつぎあげた男を地にたたき墜とした」。 「項羽は 、劉邦より馬鹿であるという証拠はひとつもない 。ただ一点 、(名門の出である)項羽のおかしさは 、めしというものは侍童が持ってくるものだと思いこんでいたことであった」。これに対し田舎出の無頼漢の劉邦は常に兵を飢えさせないことに神経を使っていました。 また、司馬は項羽を始め登場人物の多くが儒教の思想である「義」によって合理的な行動を自ら抑えてしまっていることを指摘します。 これについての解説は興味深いです。 「義という文字は 、解字からいえば羊と我を複合させて作られたとされる 。羊はヒツジから転じて美しいという意味をもつ 。羊 ・我は 、 「我を美しくする 」ということであろう 。古義では 「人が美しく舞う姿 」をさしたともいわれるが 、要するに人情という我を殺して倫理的な美を遂げる ─ ─命がけのかっこうよさ ─ ─ということを言い 、この秦末の乱世では 、庶民のはしばしまでこの言葉を口にした 」。 中国を知る上で本書は必読。それよりも秦末の宦官趙高の腹黒さ、鴻門の会の緊迫感、背水の陣の見事さ、四面楚歌での虞美人の哀しさなどなど、多くの見せ場が司馬遼太郎の独特の文体で語られます。お勧めの★★★★★。

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幕末

幕末 司馬遼太郎

幕末に暗殺された人たちが主役という珍しい短編集。 ひとつ読み終わるごとに彼らの生き様を想像する。

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鬼謀の人

鬼謀の人 司馬遼太郎

面白い。 人斬り以蔵、喧嘩草雲、楽しく読めた。 アマゾンで買えて良かった。 バーコードすらない本でした。

花神

花神 司馬遼太郎

私には歴史の知識がほとんどありません。マンガ「風雲児たち」を読まなかったら全く無いままだったでしょう。そのマンガにも出てきて、気になる存在「村田蔵六」幕末の人物の伝記「小説」です。 司馬さんの、恐らく想像を絶する、物凄い量の資料から立ち上る「村田 蔵六」なる人物の一生を、司馬さんの視線で描かれています。情報量がとても多くて、本当は脚注が欲しいくらいです。幕末の歴史好きな方々にとっては、とても当たり前の事実なのかもしれません。私には物凄く情報量が多くて、出てくる歴史上の、幕末の有名人の一人一人(名前は知っていても出身の藩を知らなかったり、何をして、いつ亡くなられたか?までは知らない人物たち)に対しても司馬さんの視線と資料による事実が細やかに説明されています、がなお脚注が欲しくなるくらいでした。 村田 蔵六というとても実直でおよそ日本人らしくない、とても合理的な考えを持つ人物がいかにして『攘夷』(辞書によると『外敵を追い払って国内に入れないこと』恐らくですが、攘夷と倒幕など時期によっていろいろ、また人によっていろいろ意味が違ってくるのだとは推察しますが、辞書的にはこういう意味になります)などというとても日本的な、これ以上無いくらい日本的な革命というか、行為に参加していったのか、そして、どういう運命になったのか?を解き明かしていきます。私が興味があった事もこの点でした。 で私と致しましてはいまひとつ釈然としませんでした。合理的に考えることの出来うる人物が合理的でない事をする動機として司馬さんは「郷土的ナショナリズム」を大きな一因に挙げます(他にも技術者としての一面等も)。もちろん合理的に考える人物だからこそ、合理で割り切れない部分を持っていて、だからこその人間性が表れるとも思うのですが。私個人が納得しなかったというだけです、もちろん。 歴史小説(もちろん歴史的伝記小説を含む)はもしかしたら事実ではないかも知れません、全く事実と違う事は無いと思いますが、本当のところは誰にも分かりません。それでも作者(この場合司馬遼太郎さん)が多大な資料から推敲した結果としての、作者の歴史的事実を小説として読み応えがある、楽しく、考えさせられる小説としてとても楽しかったです。歴史上の人物を血が通った生きた人物として生き返らせる技術はとても素晴らしいです。 もうひとつ気になった事は、司馬さんはとても(私は本当に歴史が分かりません、知りませんし、その事をある程度恥ずかしく考えていますが、知っているからエライわけでも無い事は理解していますし、人の数だけの歴史があるとも言える、というスタンスをとっています)詳しい為に、それぞれに思いいれがある為、出てくる人みんなが物凄くスゴイ人として描写しているために少しクドク感じました、が、さすがの読ませるチカラはありますが。 2007年 9月

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