寺山修司の本

迷路と死海―わが演劇

迷路と死海―わが演劇 寺山修司

寺山による演劇論。 虚構を現実の中に持ち込むのはこの年代のテーマ。それは革命論が噴出し、学生運動が活発化した時代に呼応するものだろう。 この中では劇場論が面白い。虚構を壁で囲った許可された空間でのみ執り行うことを良しとせず、現実空間を侵食しようとしたのが寺山の市街劇。虚構の行なわれる空間を劇場として現実と区別するならば、現実空間に登場した虚構は現実なのか。その曖昧な境界線はやがて劇そのものを解体するか。 ところでこの本は理論を説明するものであるから、寺山演劇の肉体を知りたいならば寺山修司戯曲集を読む方が良い。

寺山修司詩集

寺山修司詩集 寺山修司

寺山修司、なんでなんでも面白いの。この本は挿絵も気に入って購入。詩・短歌・俳句どれも面白い。寺山修司の本、集めたいな。

寺山修司全歌集

寺山修司全歌集 寺山修司

アングラ〜く視覚的な寺山修司の短歌。演劇的。短歌以外の「新・病草子」なども不気味で面白かった。 お気に入り二首をメモ。「鋸の熱き歯をもてわが挽きし夜のひまはりつひに 首無し」「かくれんぼ鬼のままにて老いたれば誰をさがしにくる村祭」

寺山修司戯曲集〈2〉実験劇篇

寺山修司戯曲集〈2〉実験劇篇 寺山修司

寺山修司による実験演劇集。ノック、書簡演劇、人力飛行機ソロモンなど市街演劇を中心にその様態が詳しく記されている。 いずれの演劇も寺山が繰り返し述べていた、虚構と現実の境界線の破壊、演じる俳優と安全に鑑賞する観客の破壊、を体現するものであり、"平穏"に生活する一般市民の眠りを覚ます「政治によらない革命」の表現である。 演劇が完結した虚構である事を良しとせず、閉塞した日常からの変貌の契機とする寺山の理論は当然に鑑賞する観客の方へと向けられる。すなわち安全に鑑賞する"劇"から相互的なコミュニケーションへの転換を企図している。読み進める中で示される不気味な"非日常"感において湧き起こる情緒は寺山の意図したものか。

家出のすすめ

家出のすすめ 寺山修司

随筆/親とか常識、良識、科学など、正しいと思い込まれているモノ全般への抵抗。抵抗どころか破壊しにかかっている。

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あゝ、荒野

あゝ、荒野 寺山修司

中学の時、授業中に国語の教科書をぱらぱらしていたら見つけた短歌があった。 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや それだけ鮮明に覚えていた。その3年後に「あゝ、荒野」舞台があった。中学高校と2回あったタイミングを逃し、6年越しでやっと読み終えた時に少し後悔した。あの時読んでいれば良かったな。 古い自分に謝りに行きたくなる気持ち。時間を大事にしなくてごめんなさい。

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