斎藤環の本

承認をめぐる病

承認をめぐる病 斎藤環

「承認依存」を引きこもり、うつ、秋葉原事件、フランクルなどに繋げて分析する 「他者からの承認」ではなく「固有名の肯定」 「他者からの承認以上に、他者への承認を優先すること」が一番いいなと思えた処方箋

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猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか

猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか 斎藤環

タイトルに騙された。内容は批評文集。まどマギからクリストファー・ノーラン、果ては古事記に至るまでの多様なコンテンツを題材に、その作品の有り様や、心理学的な解釈が楽しめる。気になる章だけ読めばよく、それ以外は眠くなる。猫はほぼ関係ないので犬好きが読んでも大丈夫。

世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析

世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析 斎藤環

行動主義や家族主義などのヤンキー定義を試みつつも、どれも本質ではなく、表層的なもの、リーゼントや特攻服などの見た目によって日本人はヤンキーとなる。 『オタク文化=男性原理のもとで追求される女性性、ヤンキー文化=女性原理のもとで追求される男性性』という定義がなかなかにうまい。

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母と娘はなぜこじれるのか

母と娘はなぜこじれるのか 田房永子

母娘関係について研究や発信をしている様々な分野の人たちが実体験や現状を話してくれている。 特に社会学者水無田さんの母性神話や女性への重責の話は読んでて そうそうそうなんだよ!! と首たてに振りまくり。

生き延びるためのラカン

生き延びるためのラカン 斎藤環

難解なラカンの理論をわかりやすく、それでいて楽しく読めた。もちろんこれが全てではないので、ラカンの著書への挑戦の助けに。

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猫なんて!

猫なんて! 角田光代

総勢47名の作家による猫話 猫との距離感、間合いがそれぞれでおもしろい 犬派ですが、猫もいいなあ… なんて笑

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関係する女 所有する男

関係する女 所有する男 斎藤環

引きこもる男子、手首を切る女子。オタクの性差など。科学的根拠が薄い他書を批判しつつも結局は本書も同様なのでとどのつまり信用するなってことだけど往々にして自分が欲しい情報を取捨選択することになる罠。面白さはあるので流し読みする分にはマル。

ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」

ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」 原田裕規

圧倒的に売れていて、知名度も抜群なのに玄人筋やまっとうな美術愛好家からは完膚なきまでに黙殺されているラッセン。そんなラッセンをあらゆる角度からdisりまくった、もとい、分析しまくった一冊。 本書の中でラッセンの主な購買層として「どんなに頑張っても今いち垢抜けず安っぽい趣味に染まりやすい田舎者」をあげている(ヒドイ!。この属性は大抵の人間は多かれ少なかれ持ち合わせているものなので、自分の中の認めたくない俗な部分が突きつけられているようで、より嫌悪感が増すのかも。 ラッセンのdisりポイントとしては、技法の未熟さ(というか適当さ)、一般人に受けそうなエコっぽいアイテムをひと通り並べてみましたという安っぽさ、度を超えた商業主義、Photoshop使用疑惑wとか、いろいろ指摘されてて面白かった。 HPの自己紹介がダメとか、最盛期にノリで作っちゃったアルバムや主演映画の出来が酷いとかw、幅広く突っ込まれていた。 本書の中でも指摘されているけど、同時代人の美術愛好家たちがいかに嫌ったとしても、これだけマスの支持がある作家だけに、四半世紀も経過すれば評価が大逆転している可能性はある。国立西洋美術館や東京都現代美術館にラッセンが収蔵される日がいつかやってくるのかもしれない(笑 って、アールビバンが頑張れば、上野の森や東京都美術館あたりでの「回顧展」はすぐ出来そう。絵売りつけられそうだけどw