コメント
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元パート書店員 |
素敵なスピーチです。
THIS IS WATER、と時々呟いてみています。
後書きを読むとちょっと辛い気持ちに。
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かけだし書店員 |
先日スタンダードブックストア心斎橋で行われた
『これからの本屋読本』トークイベントにて、
梅田蔦屋書店の三砂さんの熱烈プレゼンを聴き、
購入した一冊。
アメリカの大学では、
著名な人に名誉博士号取を授与して、
その返礼に卒業式で祝辞を述べてもらう習慣があるそうです。
この事実を知るまでスティーブ・ジョブズはあの歳で大学卒業してスピーチしたんだと思ってました(汗)
僕はリベラル・アーツのことをこれまで「一般教養」のことだと思っていて。
学生の時に学んだけど概要しか知らないような知識を、
改めて深く学び直そう、ということなんだと。
けれど実際は全然違うくて、
本当は「ものの考えかたを学ぶ」ことだったんだ。
いろんなジャンルの知識から、
何をどう考えて、
どういう意味を汲み取るかということが、
「リベラル・アーツ」だったんだ。
訳者による解説を読むことで、
このスピーチの大切さがより理解できます。
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読みたい本が、いっぱい!σ^_^… |
一回読んだだけでは分からず、訳者解説を読んだ後に、もう一度読んだ。少し分かったような気もするが、実のところはまだ分からない。ただ、少し前に進んでいるとは思った。こうして、そう何度も読み返すことになるだろう。こんな本は初めてである。
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12人 |
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ディス・イズ・ザ・デイ
私の周りや知り合い、そして私もこの本のまま。サッカーで一喜一憂して、落ち着かないけど、幸せな事なんだと改めてこの本を読んで感じました。今週の金曜日から、またこの本のような日々が始まる。 |
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ピノッキオの冒険
誰かが手紙を入れたビンを大海原に放つ。世界のどこかで拾われたその手紙が読まれる。素敵な本に出会うとそんなイメージが広がる。宛名のない、世界に宛てた手紙。 19世紀イタリアは政治的統一の遅れから、列強諸国に翻弄され貧しさに喘いでいた。 カルロ・コッローディも貧しい家庭に生まれ苦しい幼年時代を過ごした。そんな中、神学、哲学、修辞学を学び、書店での仕事を通して知識人、文学者、ジャーナリストと出会い、文学と政治への関心を深めていく。 フランスの有名な童話を翻訳する仕事を経て、彼はそれまでの人生で学んだ様々なことを教科書として童話としてイタリアの子どもに残す。 1881年7月から「子ども新聞」で連載が始まった「あやつり人形の話」(後の「ピノッキオの冒険」)は子ども達から熱烈に受け入れられた。 この物語は二度の大戦など様々な荒波を乗り越えて今に残る。 「ピノッキオの冒険」ではピノッキオは学校をサボって人形芝居を観に行き咎められる?芝居は子どもを誘惑する悪いものときえ描かれた。 21世紀の子どもと親たちはこの作品をどう読むか? |
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ムーンライト・シャドウ
喪失と再生の物語。何かを失った時人はバランスを取ろうとする。他人から見ると奇矯に思えるようなことでもそこには必ず意味がある。 人と人が関係を紡ぐには、知り合い別れていく時間が必要なのだ。月の光の外にまつろう影のような別れの時間をも。 |
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僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス
最近、哲学を分かりやすく馴染みやすくしようといろんなコンセプトの本が出ている。シュレディンガーの猫が我が輩は猫よろしく語ったり、ビジネスとリンクさせたり、で、こちらはツンデレだ。ツンデレって何だ?結局、デカルト、スピノザ、カント、ヘーゲル、ニーチェを解釈しているのはおんなじだ。ただし、この本、縞模様を見せてお尻を突き出す、女の子のアニメみたいな絵が、スピノザの章の扉になってたりするんだよね。 |