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「そうだ、死ぬんだ!…死ねば全部が消える」。すべてをなげ捨ててヴロンスキーとの愛だけに生きようとしたアンナだが、狂わんばかりの嫉妬と猜疑に悩んだすえ、悲惨... 続き

コメント

有名なフレーズ『幸福な家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある』ではじまる大作です、いつかチャレンジしてみたいと思いつつ、なかなか手が出なかったのですが、今年の自分の課題図書にしたので勢いが出ました。また、新訳や旧訳を読み比べてみようかとも思ったのですが、手触りが良かったのと、表紙の絵で光文社古典新訳文庫にしました、とても読みやすかったです。

私の先入観としては(もちろんトルストイを読むのも初めての初心者っぷりです)アンナ・カレーニナという女性を主人公にした不倫小説もの、恋愛ものなのではないか?というものだったので、多少敬遠ぎみだったのですが、これが正直かなりの素晴らしい未完成の持つチカラ強さと、計算されたといいますか確かな技術に裏打ちされた完成度の2つの相反する良い所を取り込んだ総合小説と言える作品です。

19世紀のロシア。オブロンスキー公爵(アンナの兄であり、役人である上流階級に属する人物、ひどく物分りが良いが自身の欲望にも忠実な憎めない男)とその妻ドリー(何人もの子供の世話に追われる家庭的な世俗的で頭は良くないかもしれないが平凡な女)の家庭の不和が起こっているところへやってくるアンナ(立ち振る舞いも美しい美貌の持ち主で、教養もある女性、役人であり出世もするかなり年上の大物官僚カレーニンの妻)がやってくるところから話しが動き始めます。ドリーの妹で可愛らしい女キティと、キティに心奪われた地方貴族でもうひとりの主人公リョーヴィン(人の良い男でオブロンスキーとも仲の良い男、だが煮え切らない部分もあり、熟考したあげくでないと行動に移せないが、それでいて頑固もの)、そしてキティが求めるヴロンスキー伯爵(軍人であり男気あふれ、そして情熱的男、乗馬の腕も良いハンサム)、など様々な人々を交えながら、たくさんの物事を扱い、そして追求し、なお読み手に解らせる総合小説です。様々なものを扱いながら、そのどれもおろそかにしないテクニックと、読み手を摑んで離さない吸引力はとても強く、そして上手いです。ただの恋愛小説と考えていたのではない、素晴らしい作品でした。

人間関係における様々な事柄を(恋愛も、親子関係も、兄弟も、子供への教育から、当時の政府や皇帝への時事関係への解釈、収入の話しや、借金のこと、宗教的家族背景から、哲学的人生の指針まで!それ以外の些細な日常的問題など、など)扱い、それを2つの大きな流れである、都会的上流社会における情熱的、破滅的恋愛関係であるアンナの流れと、地方の地主貴族で頑固で、表面的事柄を軽視しながらも現実的世界との交渉を絶えず繰り返すことになるリョーヴィンの流れを交差させたり、対比させたり、人物をそれぞれに絡めることで浮かび上がらせ、作中の人物の心の動きをリアルになぞることで読み手に納得させ、しかも読み手それぞれが解釈できる作りになっています。とても多層的で多角的で様々な角度から見るに値する構造になっていて読みでがあります。

いわゆる一般に浸透している不倫恋愛小説としての面も、たしかに面白いですし、それはそれとして理解できますが、あくまで上流階級の中の日常の中で起こっている出来事、その普遍性や凡庸さとも言うべきどうしようもないこの世界や日常を感じさせつつのドラマになっていて、その部分のブレンド具合が私個人にはとても気に入りました。アンナの結婚生活における希望や期待と現実とのギャップ、それでも成り立たせようとするアンナの努力の数々、しかし知り合ってしまって恋愛関係に至る相手ヴロンスキーとの出会いや関係、そして上流階級社会からの反応など、女性ならではの興味深い内容目白押しですし、こちら側がドラマになりやすいのも良く解りますし、読んでいて面白いのですが、なお素晴らしかったのはリョーヴィンの流れの部分です。

アンナと違った意味で正直で納得しなければ頑として動かない男、何か根源的渇きの様なものを心に偲ばせながら生きている不器用で正直すぎる男、しかし、その思索の辿る道が、とても人間的で、凡庸で、そしてかけがえのないひとつの命のような素晴らしさを感じさせます。そのうえ、こういう事はどなたでも体験があるのでしょうけれど、自分の中で何か特別な契機があった後に見る、何気ない普段と変わらない世界が、目に写る何かが、とても特別で愛おしく、そして忘れられない風景になることを思い出させてくれます。そんな部分への伏線、比喩、描写などがたまらなく洗練されていて素晴らしい、古典とは時間が経過した後になっても充分鑑賞に堪えうる存在なのでしょう、と実感させてくれます。アンナに対比する人物としても、とても良かったですし、リョーヴィンの兄で刹那的ニコライ、異父兄で著名な文筆家でもありながらどこか割り切れないコズヌィシェフとの関係や、議論の数々の落としどころが、今でも充分通用する感覚で、その辺もまた良かったですし、違う訳者のものを読んでみたくさせます。

個人的には7章で終わっても良いところに、8章があり、それでもなお時間は流れ、すべてが流れ去ってゆくこの最後の8章の存在が、強く私には特別な小説に感じられました。変な例えですが、「グレート・ギャッツビー」の最後の文章に近い余韻があってそれを短いセンテンスではなく、一つの章として存在させている感があって素晴らしかったです。

物語には感情移入しやすい人物がいた方が良いという読み手の方なら、おそらくほぼどんな方でも主要登場人物の誰かに感情移入できると思いますし、小説に感情移入を求めない方にも、もちろんオススメできる総合小説です。古典で、しかも大作。挑戦するにはそれなりのキッカケが必要なのかもしれませんが、強くオススメしたくなる、そういう読書体験でした。子供の頃に読んでいたらまた変わった感想を持ち、違った感性を育てられたかもしれないとも思わせます。しかし、私は今初読でとても良かったと感じています。

厚めの本でも割合躊躇なく読み始められる方ならすぐにでも、読書の経験があまりない方なら、何かキッカケがあったなら是非オススメしたい、総合小説でした。一昨年読んだ古典「レ・ミゼラブル」も素晴らしかったですけれど、ロシアも侮れませんね(当たり前ですね)。「レ・ミゼラブル」よりも日常に、凡庸さに、普遍性に重点を置いた小説です、「レ・ミゼラブル」が王道なら、「アンナ・カレーニナ」は総合小説です。

しかし、ついに主要登場人物が全員年下でした。う~む。

2009年 3月

その他のコメント

壮大な愛の物語。エンディングの無い人間の生活を小説都合で打ち切らずに書き続け、登場人物の生活が永遠に続くことを突きつける。結婚も別れも出産も死も全てが終わりでなく始まり。ああ、しかし生き方に正解ってのは無いのか?アンナが哀れでならない。

読者

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レフ・ニコラエヴィチ トルストイの本