61mmutlp3fl

「ぼく」を通して語られる、いつか、どこかで暮らしていた人々の物語。おばさんは幼い頃、「ぼく」の母親が窓から捨てた油で顔に消えない痕がのこるが、のちに、刑務... 続き

コメント

行ったり来たり。時限を超えて気持ちと魂と体が行き交う。難しくて読み返したいのに、先へ先へと引きこまれる。

その他のコメント

不思議な本だった。
理解できないのに妙に納得できて頭の中がグルグルした。
ずっとグルグルした。

読者

90cb0094 04da 4198 91ba eb8f84bcdb8a6ab825bd 2ac5 4f41 8adc 26db31111975F060dddb 03e9 4547 8591 84afdcd4d779Bc574069 608e 4cdb b6ab fc52b52c95dbC64ee4ab c710 4fea a859 9a826a78947b3a22042c 4cc3 4067 a0ee d898a900b9927cf89040 903d 4577 9f5d 18ed1a8c7fa5Efb55701 9823 4955 9628 b09635b10d9f 9人

山下澄人の本

緑のさる

緑のさる

Fa2f46de 09b8 4291 8d2c 025044e17ae2

Kenny

読むこと、書くことが好きな人

その女の子とは、今もよく会うんだけど、大学の1年生の夏にフラれたこともあって、でもそのフラれる前の前の日くらいに、大学の寮の裏手にある駐車場のところで、せなかをがっちゃんこして歩いたのは、夢かもうそうかリアルかわからない。ぼくはその娘と付き合いたかったからぼくはぼくを彼女の目で何回もみたから、ぼくはその女の子でもある。 視点が移るということは、その娘の目にも、その娘をみている星の目にも、その星をみている世界の目にもなれるということで、その目は過去にもむかえば、未来にもむかう。ぼくは、わたしは、彼も彼女も生きていて、死んでいて、世界の目としてみると、この、ここに、存在してくれてありがとうってなるのは、すげぇ。 山下澄人『緑のさる』は、すごくなんというか、つながっているっていうこと、それはモラルとか共同体とかかんけいなく、つながれ!ではなくて、正味、つながっているんだよ、と教えてくれて、ぼくはとなりでいつもラップトップをがちゃがちゃ叫ばせる嫌われものにもやさしくなれた。そして、好きな女の子に対しても、なおさらで、次に会ったときに、会った瞬間、泣いてしまったらどうしよう。そんなことを考えている。

4か月前

Icon user placeholder8faed6e7 d0b6 4eec 8253 f593fa0f3fbd9ac9871f 33f3 4bb3 b203 9133cb38cc65
しんせかい

しんせかい

C64ee4ab c710 4fea a859 9a826a78947b

Eiji Kobayashi

こヴィ。編集者・ライター

著者が19歳の時、富良野塾二期生として暮らした2年間の体験をもとに書いた作品。小説を読むというより、自ら体験するようなドラッギーな傑作。ちなみに表紙カバー題字は倉本聰先生直々の筆です。

約3年前

Fa2f46de 09b8 4291 8d2c 025044e17ae2Icon user placeholderE72f28d4 a6b5 4141 939b e96b2ce9e59e 23