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「わたしたちは不完全なサイコパスである!」「100パーセントのサイコパスは存在しない」異色の精神科医・春日武彦と鬼才・平山夢明の黄金タッグが復活!不謹慎放... 続き

コメント

対談集第三弾。中野本のサイコパス論を斜めから論評しているので、読み比べると面白いです。

その他のコメント

第三弾から読んでしもうた。あなたの隣にいる「日常を非常事態として生きる」人々についての与太話。大笑いとゾッとする修飾語と。

読者

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春日武彦の本

健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

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cobo

昔の記録に

聡明で多弁な内田先生とポイントを突く疑問を投げかける春日先生の対談形式の本です。論点は世代論からはじまって、お2人の得意な切り口から、負け犬論争、フェミニズムの問題、自己決定、「自分探し」の問題や、果ては家族のコミニュケーション、ガン告知まで、話題が広がります。 どの話題にも大きく頷ける話しが多く、目からウロコや、膝を打ちたくなる話しが多く、特に内田先生のファンの方にはオススメの本です。何故なら7割方を内田先生が話しているからです。もちろん春日先生も会話されていますが、春日先生が問題提議した後に内田先生が細かく説明してくれる感じですので、どうしても内田先生の方が長くなります。ある意味放談に近い形を取っているかもしれません、もちろんいつもの内田、春日両先生の得意分野を、ですけれど。 私はごく最近に内田先生の本を読み始めたのでまだ理解が浅いのかも知れませんが、深く納得できる話しが多かったです。とくに中腰力にまつわる話し、「両論併記」と「継続審議」は深く同意致しますし、それに例え方に、相手に伝わらなければいけないという感覚を私は感じ取れたので、そこがまた良かったです。また、「常識」の持つ『そこそこの強制力はあるけれど根拠はない』という強みを、常識は変化するからこそ、限定された地域と時間の中でだけ通用する強みを、原理主義にならない強みを、もっと使えないか?という部分も膝を打つ話しでした。 ただ、気になる部分もありまして、それは「自己決定」を放棄したがるフェミニズムの方の話し(離婚して一人で好きなように決定して生きている方が、もう一人で好きに自己決定する事に飽き飽きした、という発言)を聞いて(ここに至るまでも様々な経過があるのです、「リスクヘッジ」の話しとか)、びっくりするのですが、自己決定できる贅沢に慣れただけの話しで、私にはただの「さびしんぼう」のないものねだり」なだけなのではないか?と感じました。自分の責任で好きにする自由はなかなか得がたいものであるし、そんなに簡単に手放せないと私は思うのですが。 「さびしんぼう」と「ないものねだり」の両方を持つ方々のなんと自分勝手な、自分丸投げ状態か、と思うと悲しくなりますが、結構たくさんいますしね。普通恥ずかしくなると思うのですが、恥ずかしいと感じる客観性もない状態なのだと思うので、余計に悲しい。 もちろん自分探しの話しも両先生の得意の話しですし、そこはとても面白いです。私も 『「自分探し」は広義に解釈すれば、していない人はいない。それそのものがいわゆる人生といっても良いと思う。しかし、狭義の意味において、「本当の」が付く「自分探し」は逃避や幻想や妄想である。謙虚さの、客観性の無い所に正当な評価は現れない。』と考えますから。ただ、自分探しをしたがる人々には、なかなか届かないですし、そんな人がこれだけ増えてしまった為の常識がチカラを得るのかと思うとちょっと恐いです。 また、対談形式な為に、本当は少し考える間があって話しているのでしょうけれど、その間が本では表現されていない上に、内田先生が分量多く話されているために、ちょっと軽く感じられる所が気になりましたが、ま、それも内田先生の内田先生っぽさと言えなくも無いかも知れません。 「健全なる肉体に狂気じゃ宿る」、名言です。狂気の種類に興味のある方、内田先生や春日先生がお好きな方、自分の死角に光を当てたい方に、オススメ致します。 2008年 9月

1年前

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精神のけもの道

精神のけもの道

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cobo

昔の記録に

今回はちょっと引用がありますので、もし素で楽しみたい方はご遠慮下さい。 私にとってかなり楽しい考え方のツボを押してくれる春日先生と、そのご友人で漫画の家吉野 朔実さん(極端ですけど、「恋愛的瞬間」かなり好きな漫画です)の「精神のけもの道」に関するエッセイ(イラスト、漫画付き)です。「精神のけもの道」とは、春日先生曰く『人の心の働きにおいて、論理的で整合性はあるのに、普通の人の日常的な文脈からは逸脱してしまい、しかも何か過剰なものを現出させてしまっている人物の精神の様態を指す言葉』と述べられています。でも、この本を読めば分かります、とても気になる精神のけもの道が。 定義より、分かりやすいのが例です。たくさん出てくる実例の中から1つだけ分かり易い例を引用しますと、「老女がドラ焼き20個をフトコロに入れて後追い投身自殺した、病死した姉さんが大好物だったのでドラ焼きをおみやげに後を追ったらしい」というこのニュースの可笑しさが感じられる人には、是非オススメ致します。何故わざわざフトコロに入れて?何で20個も?とかいう疑問が自然に湧いてくる方、あなたは精神のけもの道が見える方で、しかも興味があり、そこに可笑しみが浮遊しているのが分かる方です、是非オススメします、あなたなら間違いなく面白いですから。ここまでであまり可笑しくない方には分かりにくい内容かも知れません。 人間観察の微妙な部分、光の当たりにくい部分に文章とイラストで光を当て、そこからさらに意味を、笑いを、時には教訓まで掘り下げてしまう春日先生と、たった2ページの漫画で解らせてしまう吉野さん、とても面白いです。私も興味があった事ではありますが、こうやって「精神のけもの道」というある程度流通する言葉ができますと、とても便利ですし、正直「精神のけもの道」入りそうになってしまう時に名前がある事で、すぐに客観性を帯びやすくなって入らないで済むようになり易いと思います。それでも入ってしまう時はあるのでしょうけれど。 もちろんこの本でも、春日先生の切れ味鋭い考察や、センスある言葉(例えば「羞恥心ない自己の丸投げ」とか「愚かさがまぶしい」とか)も素敵です。またちょっとだけ引用してしまいますが、「ときおり電車の中で自己啓発書や宗教関連の本を開きつつ、アンダーラインを引いている人物を見かける事がある。中略 彼らはあたかも謙虚で従順なようだが、実は自分が気に入った言葉を聞くまで引き下がらない。」この人物観察に私はとても近しいものを感じて(電車の中でどんな人がどんな本を読んでいるかが凄く気になるし、見た目と読んでる本と、顔で私にとってのその人が『分かる』気がします、確かめないけど)しまいます。 吉野さんの一言、「いい人は 一度のミスが 命取り」名言です。たしか「じみへん」にも同じ話しがあったです。 精神のけもの道に興味のある方に、人間観察に興味のある方に、オススメ致します。 2008年 8月

1年前

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室

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cobo

昔の記録に

かなり好きな考え方をされる精神科医春日 武彦さんの研修医に向けた哲学的問いかけに対する模範解答です。何しろ副題が「~カスガ先生の答えのない悩み相談室~」ですから。しかも「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」の吉野 朔実さんが絵をつけるという(もちろんお2人は親交あり、この人たちの会話を是非聴いてみたい!!)素晴らしく豪華な本です。 実に明快な答えなど存在しない、哲学的問いかけに対しての春日さんの思考の順序だてや、割り切り、もしくは覚悟や言い回しが、とてもセンスを感じますし、「痒い所に手が届く」感覚の、自分の中での上手く言葉に出来なかった違和感を言葉にしてくれるところがまたタマリマセン。基本的には精神科医の春日先生がいわゆる研修医や若いドクターに対して語る考え方の指南なのですが、医療に携わる人も、そうでない人にもとてもオススメしたくなる本です。 いわゆる紋切り型の、「それをいっちゃあオシマイよ」的根源的な設問に、何故その設問に捉われてしまうのか?、その設問を発することにどんなスタンスが隠されているのか?何故答えにくいのか?明快な答えの出ないその問いにどう答えることが望ましいのか?などが非常に辿りやすく説明してくれます。偏狭な経験主義的問いかけに(例えば「ガンになったことのないお前に俺の苦しみが分かるか!」などの経験主義)対する春日先生の答えにいちいち納得してしまいます。 中でも肝なのが「宙ぶらりん」に耐える話しと「コントロール願望」の話しは為になる話しです。どちらも私の説明ではもったいないのでさわりだけにさせて頂きますが、「宙ぶらりん」は中腰力とも言える、物事を棚上げにし、矛盾に耐え、保留した状態に耐えチカラのことで、「コントロール願望」は自分と他人を綺麗な言葉(例えば、愛、治療)でくるんでいて、実は自分の思い通りに他人を動かしたくなる願望の事です。この2つのお話しもきわめて重要な、それでいて当然の考え方だと思います。はしょって説明しただけでは得られない説得力がありますので、読んでいただくのが1番なのですが。 また、選び取られる言葉に私はセンスを感じます、「謙虚な確信犯、自覚ある鈍感さ」だの「マゾヒスティックなダンディズム」だの、「患者さんが救われれば、結果オーライ」だの、「心身症ぎみの患者さんに『リラックスが肝心です』などと正論を言っても、それが出来ないから医療機関にきている訳で、空疎な助言でしかないただの阿呆です」だの、「コントロール願望と愛情はグラデーションになっている」だの、いちいち鋭くも考え抜かれた(もちろんしがない私のレベルでは、です)言葉のセンスに惹かれます。 もし本書を書店で見かけられることがあるのなら、せめて「まえがき」だけでも読まれると、興味のある方なら買わずにはいられなくなりますでしょうし、興味の無い方には「まえがき」をすべて読み終えることが出来ないでしょう。「なぜ人を殺してはいけないのか」に対する私が読んだ1番のソリッドな答えは宮台 真司さんの答えだったのですが、1番納得して実践できる答えは春日先生の回答です。 この春日先生の一見矛盾していそうで矛盾でない、奥域のある思考がとても重くて重要だと思います、文系ペシミスティックであり続ける事のダメさと、マッチョなオプティミストでいることの心地よさには相通じるものがある事を、ペシミスティックを通り抜けたオプティミストになれる重要性が私の中でなかなか言葉に出来なかった事を説明してもらったようでいてとても心地良かったです。 でも、だからこそ気持ち良過ぎて客観的になれなかった部分もあったかも知れません(その程度ぐらいしか冷静に読めなかった)。 また、最後に対談されている「内田 樹」さんの著作を読んだ事がないのでちょっと興味湧きました。 思考の単純さから逃れたい人に、ささやかなことに気付くレベルを上げたい方に、医療従事者の方に、オススメ致します。 春日先生が産婦人科医を辞めるキッカケになった「自分に寛容さが足りない」と感じた根拠に激しく同意してしまう私は大丈夫なのかちょっと心配。心配だけれど、今はそれを中腰で維持していきたいです。 2008年 7月

1年前

本当は不気味で怖ろしい自分探し

本当は不気味で怖ろしい自分探し

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cobo

昔の記録に

精神科医である春日さんのエッセイ(ノンフィクション部分)と、その事に関連して春日さんの書き上げた短い小説(フィクション部分)が合わさってひとつの章になっている、一風変わった本です。 「自分探し」というまずこの言葉の定義をキチンとしてから始まる事が良いです。曖昧に「自分探し」という単語だけでは私とあなたの考える「自分探し」という単語から受けるニュアンスの違いから誤解を招く事が多いと思うのです。そして、この「自分探し」という単語は人によって受ける意味に開きが大きいとも思うのです。 また、春日さんの不思議に思う事、そしてそれに付随して考えが及ぶ細部がとても変わっていて、また、変わっているのに腑に落ちる場面が多くてとても面白かったです。 「自分探し」の最中に、用心してもらいたいものとして春日さんの挙げる『謙虚さの有無』に尽きると、私も同感しました。 『謙虚さの有無』が客観性の度合いを弱め、他人からいわゆるイタク見える、下品な(自分さえ良ければ構わないという考えが透けて見える)グロテスクな存在に陥るのだと。 「自分探し」は広義に解釈すれば、していない人はいない。それそのものがいわゆる人生といっても良いと思う。しかし、狭義の意味において、「本当の」が付く「自分探し」は逃避や幻想や妄想である。謙虚さの、客観性の無い所に正当な評価は現れない。 と、私は考えるので、春日さんと「自分探し」という単語を定義した意味を近く感じたので、また納得したので、そういう方にはオススメ致します。しかし、その考えに同意できる人ばかりが読むことでは春日さんの考える「グロテスクな人々」には届かない本でもあるとも思う。この本のタイトルから興味が湧いて読もうと思う人には既にそういう傾向が高いと思うので。 2007年 7月

1年前