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遺されたものの哀しみが親友の「スーザン」及びボーイフレンドの「バビー」と殺されてしまったナンシーの愛馬「ベーブ」との触れ合いを通してひしひしと伝わってくる。
それは以下の場面だ。

競売にかけられる「ベーブ」に別れを告げるスーザン「「五十…六十五…七十…」セリの声がはかばかしくかからず、ベーブを本当に欲しがるものは誰もいないみたいだったが、やがてそれもメノ派教徒の一農夫の手に落ちた。彼はこの馬を耕作に使えるといって七十五ドル払った。彼が馬を柵囲いから引き出すとき、スー・キッドウェルは走り出た。彼女は手を振って別れを告げようとしたが、そうする代わりに、手で自分の口をおさえてしまった。」p.443

「ベーブ」の首筋に頬を擦り付ける「バビー」
「しかしバビーが貯蔵納屋の前を通り
さらにその先の家畜囲いのわきを通ったとき、馬の尻尾がシューッとはねる音を聞いた。それはナンシーのベーブ ―亜麻色のたてがみと、すばらしいパンジーの花のような濃い紫色の目をした、従順な、年老いた、まだらの雌馬 ―だった。そのたてがみをつかむと、バビーは頬をベーブの首筋にすりつけた―これはナンシーのよくやっていた仕草だった。すると、ベーブはいなないた。」P.336

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名作と言われる本ほど、新訳改訳などと謳い、様々な翻訳家によって出版される。翻訳家によって印象はかなり変わる。自分の好きな翻訳家を見つけるのが大切です。私は誰が何を言おうと、瀧口直太郎氏の『冷血』。

初ノンフィクションノベル。
ティファニーで朝食をの作者と同一とは思えない。
あくまで、事実を淡々と述べた文体なのに引きこまれる。

読者

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カポーティの本

(009)夜

(009)夜

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かやこ

3時間くらいでいいから猫になりた…

「夜の樹」 カポーティをそうたくさん読んでるわけではないけど、常に孤独な人間を描いてるように思える。 「曲った背中」 なんとなく安吾の白痴とかモーパッサンの脂肪の塊を思い出した。 「悲しいホルン吹きたち」 こんなじいさんでも何とか生きてるんだから俺だって何とかなるよね!という結論。社会に出てわりと信じられないような人に遭遇してポジティブになるのあるよね

約2年前