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古臭い、堅苦しい、偉そうだ、とっつきにくいなどの先入観があった日本画に、ユニークな視点で新たな鑑賞術を提案する。北斎の目は高性能カメラだ。「ぼかし」の技術... 続き

コメント

日本画編も楽しくてたまらなかったです。
葛飾北斎
「神奈川沖浪裏」
カメラだったら2千分の一秒くらいの場面を切り取って描いている。
ジェリコーの馬だって、実際間違いだけど迫力があって美しい。
科学にとっては写真の方が正しいのだけど人間にとって必ずしもそうとは限らない。
「凱風快晴」
刷り師の気の緩んだ隙に出る板の木目。嫌なショックではなく爽快なショック。富士山にかしこまってしまいそうな時に、いやあこんなのただの板なんですよおって。自分の飾らぬ肌を直に見せてくれたみたい。

歌川広重
「亀戸梅屋敷」
現実ではないこの梅園の緑色の地面はユートピアの地面。一歩歩いたらそのままゆっくりと10mくらい進んでいくような夢のような地面だ。空気は梅の匂いがプウンとする。
ヨーカンだって機械が切ればみんな同じだろうが、母親の手にする包丁で切るときは微妙に違う。感覚の厚みがあった。
「東海道五十三次之内 品川」
風景画だけどどの絵にも人物がいる。人物がドラマ持ってる。つまり質問されれば、今何をしているところだとかちゃんと答えられる働きを持っている。

喜多川歌麿
「姿見七人化粧」
この鏡にはある意味男性の視点も描き込まれている。この女性は男性が見ていること知っている。見てはいけないもの見てるようなきがする。
前と後ろの、表と裏の、ある意味キュビズム?

鈴木春信
「縁先物語」
最近の男性は、男性らしいというものがダサいものと思われて男性を消して始めているのかも。春信化している。トレンドだ。 

長谷川等伯
「松林図屏風」
日本には雨が降る。いえいえ私などは・・つまらないものですが・・・と、日本語は常に靄がかかっている。
いえ、明日はちょっと・・・語尾を濁して石を隠す。
すべて明らかにすることが必ずしも美徳じゃない。一部ちらっと見えて全体像推し量る。
音としては尺八だろう。焦点のはっきりしないようなかすれたような音があえて音を消しながら音として出てくる。

尾形光琳
「紅白梅図屏風」
光琳は呉服屋の生まれだし、デザイン的な神経の持ち方のベースがあったのだろう。

俵屋宗達
「風神雷神図屏風」
前方左右に置かれているからステレオである。立体音響。

与謝野蕪村
「鴉図」
想像力、見間違いともいうものは道にあるゴミ袋が犬に見えたりする。人間が描く絵の原理もそもそもそれと同じこと、にじみや組み合わせが人に見えたり、原理としては見間違いでありよく言えば想像力。

絵の価値はその絵だけに固有するものではなく、それを見る人、受容体の中を横断してあるものである。印刷で見て感動して原画を見てがっかりすることだってある。絵の価値というのは感動した人の中でだけ成り立つ。絵の価値はその絵のそのものからちょっと浮いた宙空にある。

読者

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赤瀬川原平の本

赤瀬川原平の今月のタイトルマッチ

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Komagataya

主に理工系かなぁ

赤瀬川さんは、毎月3冊分、タイトルだけで見て、1冊あたり200字程度の文章を書く、という連載を資生堂が発行していた花椿に掲載していた。その連載の1997年1月から2000年4月に掲載したものをまとめたのが本書。ちなみに何でちゃんとした書評ではなく、タイトルだけなのかというと、本書の冒頭で、赤瀬川さんは厚い本を最後まで読み切るのが苦手、ということが書かれていて、それを逆手に取った企画ということでした。

10か月前