Icon stand

ストアでダウンロード

Btn appstore Btn googleplay
414bbd8aqil

室町幕府はなぜ自壊したのか-室町後期、諸大名が東西両軍に分かれ、京都市街を主戦場として戦った応仁の乱(一四六七〜七七)。細川勝元、山名宗全という時の実力者... 続き

コメント

何故どのように始まって結果がどうだったのかいまいちはっきりしないこの乱を扱った新書なのにめちゃくちゃ売れてるというので興味を持ち、帰省のお供に買ってみました。
何より驚いたのは読み易いことで東京と奈良の往復かけて読もうと思ってたのに片道でほぼ読み終わるという誤算が…読み易さの主な原因は興福寺の高僧二人をいちおうの主人公めいた位置付けにしていることかな。複数の有力な守護大名の内紛が絡み合ってなんとなくダラダラと続いたこの内戦の流れを追い易くしてある。
室町幕府がこの乱で実質的に崩壊し戦国時代の幕開けとなった、くらいにしか教科書では扱われてないこの乱。必ずしも幕府がこれで滅んだわけでもないのだが…当時の体制全体が限界に来ており新たな社会構造に生まれ変わるためのマグマの蠢動のようなものっだったのかな、という感想を持った。確かに凄く売れてるだけのことはあってなかなか面白かった。

その他のコメント

興福寺の別当経覚と、門跡寺院、大乗院の門主尋尊、この二人の残した日記を中心として話が進められていくので、「応仁の乱」というよりは「応仁の乱時代の大和国」的な側面が強いかな。

とはいえ、個人的に室町時代大好きなので、垂涎のバラエティ作品だった。観応の擾乱とか、嘉吉の変、後南朝、明応の政変とか、この時代は一般知名度低いけど、面白い事件がたくさんあるのでもっと知られてほしいところ。

以下、面白かったことメモ。

・鎌倉期より大和国は守護が置かれていない。興福寺がその代わりを果たしていた。
・当時の京都、武家屋敷は屋敷の周囲の道路を掘り下げて濠とし、周囲の市街地込みで要塞化していた。市街戦なのに長期化した理由の1つ。
・この頃から足軽が登場し始める。
・「名を籠める」興福寺縁の寺院が一丸となって敵対者を呪詛を送る宗教的制裁(なんかスゲー)

読者

Icon user placeholder6115e2af 5260 4d5e 85f6 336c458d391f84d1a374 bc29 4c2e b929 01982e9a9690Aa26433a ad66 4799 ae27 ac58304064cc1b56cd93 4dda 4d56 a4d9 063aa114682419f920bd f6d5 4e2b 9d37 fc1e4b79fb1060729d69 c811 4eed a64c f6dc1a34a835D8ab32a9 c672 4131 b29d ffcb40c4c797 15人

新書

分析哲学講義

分析哲学講義

D6630da9 772e 49b5 b568 1d687963fbe0

lAube

本と映画と旅が好き。

思考の方法について考えさせられた1冊。 著者曰く分析哲学は、考えることと同じ営みの一部でありテーマの制限もなく、言語や概念の分析を通じて世界を捉えるための思考の道具である。 そしてその方法の独自性は、「まず世界があってそれを言語が写し取るという直感ではなく、まず言語があってそこから世界が開かれるという直感」(p.14)に支えられている。 であるならば…と思考は広がる。

約2時間前

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート

5543d474 6380 4c2f b69a f80530976777

ぱんだお

歴史、ファンタジー、ノンフィクシ…

電車の中でニヤニヤが止まらなくなる一冊。 日本を絶賛しているわけではなく、様々な批判も含まれているが、全てに作者のユーモアに溢れた皮肉が散りばめられていてとても楽しい。 お気に入りは日本人がとても正直な国民だという主張。 どんな人でもウソはつくが、日本人は正直だ。 なぜならホンネとタテマエの違いを嬉々として説明する。 また中判にある海外新聞の東京特派員ならではの悩みが意外に突き刺さる。 とりあえず私も彼がオススメしてくれた東京”裏”スポットに行ってみたい。

5日前

イギリス現代史

イギリス現代史

Picture

渡辺洋介

神田村経由専門書版元/皆様よろし…

1940年代より現在まで国家としてのイギリスの歩みをたどる。 イギリスで起きたことは日本でも起こるなんてことを何かで聞いた読んだ?ことがあったけど「1987年総選挙は保守党が勝利して、サッチャーは三期目の政権を担うことになった。しかし、この選挙までに保守党の支持は、南東部などの田園都市のなかでも、最も豊かなイングランドの地域に限定されるようになっていった。総選挙のあと、サッチャーは「社会などというものは存在しない」という有名な台詞を『女性自身』誌で述べ、自助を解く個人主義的原理を鮮明にして、教育、医療、行政に関する改革を進めていった。 教育における改革では、1988年の教育改革法は、イギリス帝国の植民地政策を批判するような「自虐史観の偏向教育」を「是正」するために、ナショナル・カリキュラムで全国の授業内容を画一化、全国共通学力テストを実施して学校別の評価を公表し序列化するという新保守主義と新自由主義の色彩を色濃くあわせもっていた。」P141 3 サッチャーの退場 既視感・・・・

10日前

Ecc9c7f3 65a4 449d 977a 76162a9b47940ebd71f1 23c7 4114 9355 d510a6e86319