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政府の専門家集団、警察、軍部だけでなく、民間の広告業界、大衆娯楽産業、そして一般大衆まで、戦時下日本のプロパガンダは官・民・軍一体となって行われたものであ... 続き

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満州事変から日中戦争、第二次世界大戦において、日本は戦闘行為のみならず、多様なプロパガンダを流布させた。国内に対しては戦意高揚や日本文化の正当性を、中国に対しては清潔で近代的な社会を宣伝していた。もちろんプロパガンダ自体は日本だけではなく、中国側の国民軍も共産党軍も、米軍、ソビエトも行なっていたわけだけども、そんな中で、日本のプロパガンダはあまり成功してこなかったというのが従来の見方だったらしいが、実はそうではなく、かなりの度合いで日本国民に浸透してきたこと、その要因は組織の多様性、つまりそれらを取り仕切る専門部局が実質的になく、軍部から外務省、民間組織や演芸人に至るまでがプロパガンダに関わったことであったという。そして、そうした多様性というか不統一さこそが、戦争終結と戦後処理にも大きな影響を及ぼしたという。確かに、米兵を鬼畜と呼び、竹槍を構えて本土決戦を叫んでいた狂犬が、一夜にして一億総懺悔を唱え、大人しくチョコレートを受け取る子羊に変貌したのは不可解であるし、そこに新たな視座を与えてくれる。もともと日本人向けではなかったこともあり、ややバイアスが感じられる部分もあるが、ガチの学術書なのにとっつきやすいのは訳者の努力によるものだろう。
しかし、ぐるっと世の中見渡してみると、今に至るまでプロパガンダの影響はありそうに見えるのはなかなかに怖いことではある。やっぱりプロパガンダって大事だなー(棒

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