513msvbpsvl

コメント

短編「穴熊」の終盤、報恩寺での御命講ですれ違う浅次郎とお弓、祭りの喧騒の中一瞬の静寂が訪れその瞬間だけ時間が止まったような静と動のコントラストが名画(アメリカンニューシネマ?燻る系統)の1シーンを彷彿とさせる。
「報恩寺の境内は万燈を懸けつらね、その真昼のように明るい光の中を、ぎっしりと混んだ人が動いていた。門の前には屋台が並び、喰い物、水飴、手拭いなどを超え張り上げて売っていたが、その声も寺の本堂を中心に、巻き起こる題目の声に消されがちだった。
 門に入ってすぐ右にある石燈籠の下で、浅次郎は往き来する人の群れをぼんやり眺めていたが、その眼がふと一点に吸いついた。
 男の腕に縋って、一人の女が門を入ってきたところだった。女は前からきた人波に押し返され、顔をしかめて男の腕に取り縋ったが、人波が過ぎると男の顔を見上げて、何か言い笑いかけた。頬から顎にかけて、形よく引き緊まった細面。細い目。背丈けから浅黒い丈夫そうな肌の色まで、それはお弓に違いないと思われた。
連れの男は長身で、骨格のしっかりした若者だった。
印半纏を着ていて、職人のように見える。男は耳に片手をあて、身をかがめてお弓の声を聞き取ろうとしている。やさしげなしぐさに見えた。
 人波に揉まれて、男とお弓は浅次郎のほうに寄ってきた。手を差し出せば触れる距離を、いまは確かにお弓に違いないと思われる、女の横顔がゆっくり通り過ぎた。
 浅次郎は動かなかった。浅次郎はその女の横顔に、一瞬塚本の妻女佐江の面影を重ねてみただけだった。
 耳に轟いて、題目の声が続いていた。」P.188~189

読者

Picture

藤沢周平の本

漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え

漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え

Picture

渡辺洋介

神田村経由専門書版元

元凄腕の岡っ引きで現在は暗い影を背負った版木彫師の伊之助大江戸ハードボイルド第2弾は前作を動とすれば今作は静の印象が強い、裏店から裏店へ江戸の町を歩き回り、すかしたりなだめたり数々のテクニックを使った粘り強い聞き込みから事件の全容を明らかにしていく。 『「しかし、ああいうときの男ってのは、みじめなんだよね」 言いさして、おつねは自分も笑いの発作に襲われたらしく、 肉の厚い頬をぴくぴくさせた。 「ほんとに、みじめ。あたしも気になるからさ。ウチのを誘ってあとで様子を見に行ったわけ。そしたら家ん中ほんとに何もないじゃない。そりゃそうだよ、引越しちゃったんだから。その何も ない家の中に、あぐらをかいたご亭主だけがいるわけ」 女たちは、またけたたましく笑った。おつねも腰を二つに折って 笑っている。女たちは、内心そのみじめな男に、七之助ではなく自分の亭主でもあてはめておかしがっているのかも知れなかった。』P129 裏店のおかみたちの生の躍動感が目に浮かぶこの場面いいなあ

約2年前