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確実に死ぬには死刑が一番だ。できるだけ多くの人を殺そう――。2008年茨城県土浦市で9人を殺傷した金川真大。「完全勝利」と言い残し13年絞首刑に。享年29... 続き

コメント

死刑になりたくて無関係の人たちを殺傷した人間のルポ。

「死刑囚は描く」という企画展を見て以来、死刑制度や死刑囚について興味があり、軽い気持ちで土曜の朝に読み始めたら、最後までページをめくる手がとまりませんでした。

死刑の是非、尊厳死について、自殺についてなど、いろいろ思うところはあったけれど、なにより「死にたい」から「死刑になりたい」に変わっていく過程があまりにもどこにでもありそうなエピソードの積み重ねだったことが恐怖でした。日常の生活の先に、犯罪被害者にも加害者にもなる可能性がひそんでます、ほんとに。

犯人が同い年なので、事件の背景ともされる将来の希望が見出せないことへの閉塞感とかすごくよくわかるし、「死にたくない」という願望の希薄さ(「死にたい」とは違う、生きていても仕方ないという諦めに近い感じ)は、正直自分も感じます。でも、自殺やましてや殺人なんて考えたこともないけれど、それって話を聞いてくれる人がまわりにいるとか、趣味があるとか、経済的に困っていないとか、そんなことのおかげなのかな、と。逆にそのバランスの一端が崩れることがこわくなりました。

個人的に好きな著書、永井均さんの「子どものための哲学対話」に犯人が影響を受けていたことも、印象的なエピソードでした。

土曜日の朝に読む本ではなかったな、、

読者

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社会

本当に日本人は流されやすいのか

本当に日本人は流されやすいのか

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Taiga

読書が好きです。

戦後日本人は「社会的連関が個人に先立つ」という価値観を無意識レベルに持つ一方で、「個人が社会的連関に先立つ」という価値観を意識レベルに持った結果、人格が分裂しているような状況を引き起こしている。著者はその点をさまざまな観点から考察している。

約4時間前

はじめての沖縄

はじめての沖縄

Picture

渡辺洋介

神田村経由専門書版元

学会無事終了後帰宅路の新幹線にて久しぶりのよりみちパン!セシリーズ。計らずも慰霊の日と重なる。何も出来る事はないが、その歴史の記憶を忘れずに留める。 過去の一瞬が七十年の時間を経て再び交差する瞬間に 出会うこの場面に長い人生の重みを感じる。 「どの経験も、どの物語も、すべて沖縄である。聞き取りの目標を百名にして、いまこの文章を書いている現在、四十名ほどの方から聞き取りをしているが、そのなかで数名の方が、共通して『空襲のとき、那覇港の石油タンクが燃えて、その光がここまで届いた』という話を語っていた。小禄のほうまで、あるいはもっと遠く、首里のほうまでその光が見えたという。この語りは県史などのほかの資料でも語られている。おそらく当時の那覇周辺の人びとの多くが目にした光景なのだろう。あのとき膨大な人々がほんの一瞬だけ、同じ音を聞き、同じ方向を向いて、同じ火を見たのだ。だが、その瞬間はすぐに過ぎ去り、違う人生が再び始まる。語り手の方々はみな、筆舌に尽くしがたい苦労を経て、それぞれの道を歩んだ。その道は、沖縄中、あるいは日本中・世界中に分岐し、枝分かれして、そのほとんどは二度と交差することがなかった。語り手の方々が語る人生の物語は、まさに沖縄戦後史そのものである。戦争が終わり、戦後復興期もやがて過ぎ、高度経済成長と復帰運動の時代になり、そして復帰後の不景気を乗り越え、バブルを経て、現在の沖縄へと連なる、個人史の長い物語が語られるのだ。あの火を目撃した人びとは、その後のそれぞれの人生の中で、公設市場の八百屋になり、県庁の公務員になり、タクシードライバーになり、本土に出稼ぎに出かけ、琉球大学を卒業して教員になって、それぞれの長い人生を歩んでいく。そして私は、そうした人生の物語に、小さな公民館で、国際通りのカフェで、あるいはご自宅で、ゆっくりと数時間、耳を傾ける。あの瞬間に一瞬だけ同じ火を共に眺めた人びとが、それぞれの長い人生の軌跡を経て、たまたま私と出会い、あのときに見たあの火の話を語る。七十年という時間を経て、火の視線はもういちど交差する。」P.127~128

約15時間前

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