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『ふがいない僕は空を見た』『よるのふくらみ』の実力派が贈る、珠玉の連作集 セレブママとしてブログを更新しながら周囲の評価に怯える主婦。 仕事が忙しく子育... 続き

コメント

短編集なので、読みやすい。

昔は親は親だったけど、
歳を重ねてみて、
親だって人だし、男だし、女だしという事がわかってきました。
家族だって人なので、それぞれ歩み寄らなきゃなと思いました。

読み終わって、少しあったかい気持ちになり、離れて暮らす家族をとても恋しいと感じました。

その他のコメント

苦しい時に、苦しい本を読む。みんな、ちょっと惜しいんだ、あと一言、ちょっとだけ気にしないようにする、ができないんだ、不器用なんだ。
大人になったからってうまく生きられるわけじゃないんだ。

読者

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窪美澄の本

トリニティ

トリニティ

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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

「新文化」豊崎さんの連載で気になった一冊。短大卒(正確には高校卒)の鈴子「高度経済成長を裏で支えていたのは、鈴子のような生活を支える女たちだ」、そう一見地味にみえた鈴子が最終的にはタフだった。国ぐるみの労働ダンピングで見せかけの繁栄を築いたが「女を馬鹿にするな!女は学生運動の飯炊き女じゃない!」と本来是正を目指すべき学生運動ですら本質は一緒。いつまで男は胡坐かいてんだ。そして読後、登紀子のモデルとなった三宅菊子の明と暗を書いた評伝を読みたくなった。

約1か月前

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さよなら、ニルヴァーナ

さよなら、ニルヴァーナ

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ひでぽよ

文字が血管を流れて海へと広がるよ…

(文藝春秋 412頁) 『ふがいない僕は空を見た』で骨抜きにされて以来の窪美澄作品。 わずか七歳の女の子を惨殺した十四歳の少年A。そして過去・現在・未来と続く何かしらの因果関係によって その少年Aと運命を共にしてしまう数人の登場人物。何とも救われない物語。苦しく、辛く、耐え切れぬほど虚しく。 しかし、…希望する。 人々のそれぞれの感覚には何かしらの繋がりがあり、実は共鳴しない部分など 無いのかもしれない。しかしそれはあくまで奥深くに流れる“何か”であって、表層的な部分の違いは明確にある。この作品はややもするとその明確な違いがなければいけない表層的な部分すらも漠然とさせてしまう危うさもある。 こんな残虐な物語に希望を感じてもいいのか?人の腹をかっ切り中身を出して見ることと、人の中に鬱積したもどかしさを芸術的・文学的に表現することを繋げてもいいのか?この作品を読んで希望を抱く人間は、確固たる正しさの信念がある人か、少年A等のように常に頭の中に流れ続ける “ニルヴァーナ” と葛藤している危うい人なのではないか。 この本を読みながら何度も挫折しそうになり、しかし何度も希望を見て、最後の最後に音を立てて希望が虚しさに飲み込まれ、しかし窪美澄の独白ともとれるラストに自らを立て直す。それは、 決して心の中に灯された希望などという美しいものではなく、常に手首の輪ゴムをパチ パチと弾き 必死に歯を食いしばり力の入らぬ痙攣する脚で 踏ん張り立ち続ける意地のようなものだ。 窪美澄の不器用さ、生き方の下手くそさに私の父・母性が刺激される。また他の作品も読んでみようと思ってしまう。体力と精神力を必要とする作品だが、気になる方は是非。

5か月前

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