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メモ
p52
夢の中の最も荒寥とした、最も穢らわしい場面は、要するにその方向への一種の誘い、全き歓喜への根強い期待に他ならないとしても、べつだん驚くにはあたらないだろう。たとえば、マルセルが床の上にぶっ倒れ、それをとめどなく濡らしつづせた、あの瞬間における虚ろな窓の明るく照らされた穴の幻影と同じように。
p54

現実の世界、もっぱら衣服をまとった人間で構成されている世界を私たちがあとしにた時点は、すっかり遠ざかり、ほとんど手のとどかぬところにあるように思われた。

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読者

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ジョルジュ・バタイユの本

呪われた部分 有用性の限界

呪われた部分 有用性の限界

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Mizuki

老眼になりかけているかもしれない…

有用性ばかりを追い求める資本主義に警鐘を鳴らす。人間存在とは有用性だけで成り立つ筈のものではない。バタイユによる資本主義批判。

4年前