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自分について、世界について知らなかったことを知ることができたという喜びを日々感じられる人生を送りたいと思う。

ただ、本書は知識のために生きることに警鐘を鳴らす。

生活の重要性を説いて、知と生活を融合させるための習慣を提案する一冊。

以下はメモ

「習慣は第二の天性である」(イギリスのことわざ)
日記は夜中、予定は早朝
日記は記録ではなく、忘れて頭を整理するために書く
忘れるには運動
善玉忘却、悪玉忘却
知識の不足は、かえって発想を自由に個性的にする
知識を得たらすぐ使わず、時間をおいて変化するのを待つ

なんの役に立つか考えないで、ただ知識を知識として蓄積することが文化的に意義を持つように誤解するところから学問の堕落がはじまる

「朝は考え、昼は働き、夕べに食し、夜は寝るべし」(イギリスの詩人ウィリアム・ブレイク)

人間は知識のために生きるのではなく、生活のために生きる

手紙は良い

「久米書店」で紹介されていました。分かりやすく大変面白い本。ヴァン・ホーテンのココアが飲みたくなります。

生活を編集するという考えや勉強や知識のために生活があるのではなく、そのどちらからも矢印が行くような生き方をする等、著者の本を読む度に自身の考えの浅さに気付くかせて頂く。
でも、それが知識信仰であり、まだ、自分にはその信仰から昇華するのに時間がかかる。
数年後に読んでも、新たな考えに出会える名著。

無知であることを自覚して営む日々の暮らしこそ、知的生活である。日々の生活を大切に。メモをつけよう。大声を出そう。わからないことはどんどん自問しよう。

読者

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外山滋比古の本

こうやって、考える。

こうやって、考える。

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小説/デザイン/美術書など コメ…

0051 2018/08/18読了 イラストに惹かれて読んだので、本の内容は全く知らなかったが、 著作の抜粋だったのね。 もとの本を読んでいないが、カテゴリごとに分けられていて分かりやすい。 特に5章はなるほどなと思うこと多かった。 しかし、「愛読書はつくらない」と「何度も読める本を見つける」が出てきたときはどうしたらいいのかなと思った。 出典の本もそれぞれ読んでみたい。

5か月前

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知的文章術~誰も教えてくれない心をつかむ書き方

知的文章術~誰も教えてくれない心をつかむ書き方

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山奥

花屋 植物担当 から転職 書店員…

「思考の整理学」の著者、外山滋比古による文章術 「ことばの表現は心であって、技巧ではない。胸の思いをよりよく伝えるには技術があった方がよい。しかし、この順序を間違えないことである。心のともなわない技巧がいくらすぐれていても、ことばの遊戯に終る。」 肝に銘じて本を読み、文章を書こう

11か月前

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思考の整理学

思考の整理学

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ukitazume

プログラマー。散歩。読書。料理

いつ買ったのかも覚えていないが、よく本屋で目立つ場所に置いてあるので、手にしたのだろうと思う、外山滋比古著『思考の整理学』を読んだ。 『思考の整理学』あとがきより、 > かつての学校では、ほとんどまったく、考えるということについて教えなかった。それでも、気がついてみると、われわれはそれぞれ、いつのまにか我流の考え方、自分だけの考えのまとめ方をもっている。 どこで教わったというのではないし、とくに自分で工夫したということもなく、自然にある型のようなものができ上がっている。その人の発想は、この型によって規制される。やっかいなのは、その型をみずからでは、はっきり自覚することが困難なことである。 自分はどういう考え方をしているのか、ということを意識するには、ほかの人の型に触れるのが有効である。 なんとも重要なことを言っている。自分なりの考え方の型をつくりあげて、自分が楽しく生きられる方法をいつも探っているつもりでいる。それでも一人で思考しているだけでは有効ではなく、人とモノをつくったり、生活をしたり、話すことで型を取り出し、打ち直しをしているように最近感じている。 自分は頭でっかちになりがちで、人の言動に即座に判断を下してしまう。結婚して、全く考え方が遠い尊重すべき他人と暮らすことで、需要なことに気づいた。それは価値判断のスピードを遅らせる、判断を保留することの重要性に気づいた。それによって、相手の言っていることをより理解でき、何か(自分の中に無い物もしくは、気づいていないもの)を取り出すことができる。 それでも、他人の発言に眉をひそめてしまい、びっくりすることが多々ある。反射的になってしまっている自分に気づく。その反射的な反応を遅延させ、受け入れてみることを試しながら、自分の型を意識していきたい。『思考の整理学』の中の一章に ホメテヤラネバ というのがある。アイディアを、考え方の芽を摘まないために、否定せず、ホメテヤラネバいけないのである。アイディアをゲットするのにとても貪欲な筆者の本だった。

約2年前

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