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大きな価値観の変動のなかで個人が幸せになるための条件を、気鋭の学者たちがそれぞれ一人のおとなとして、家庭人として提言。結婚や出産にも流行があり、悲しい思い... 続き

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読者

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内田樹の本

変調「日本の古典」講義  身体で読む伝統・教養・知性

変調「日本の古典」講義  身体で読む伝統・教養・知性

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ゆず

動きになる前のものに関心がありま…

“ただ、能が育成するタイプの能力は、今の学校教育では求められてないんです。今の社会の仕組そのものが求めていない。そもそもこの能力の事を何と呼べばいいのか、名前さえ付いていない。  武道であれ、能楽であれ、あるいは宗教的な行であれ、それを育成する効率的なプログラムは現に存在するんです。でもその成果を数値的に考量する手立てがない。だから学校の授業には仕立て用がない”

約2か月前

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日本霊性論

日本霊性論

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ゆず

動きになる前のものに関心がありま…

“「空席を作る」という身振りはユダヤ教においては別の重要な宗教概念とつながっています。ユダヤ神秘主義のカバラーには「ツィムツーム」という宇宙創生についての説話があります。”

5か月前

日本の覚醒のために──内田樹講演集

日本の覚醒のために──内田樹講演集

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reif

Kindle 読み

対米従属、宗教、伊丹十三、国語教育、白川静先生、憲法、と「これは俺のための本」と関係妄想が爆発する主題。だけ。単純に内田先生の強い影響下にある、なら話はわからなくもない、が。少し前、Twitter の映画クラスタを覗いていた時、「タツラーは 100% 駄目な人間」という dis を目にした。読んで言ってるのかな? こんな理路立てた祝福の言葉を受けられないって不幸だよ。祝福の言葉を受けると泣ける。時々泣けた

12か月前

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健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

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cobo

昔の記録に

聡明で多弁な内田先生とポイントを突く疑問を投げかける春日先生の対談形式の本です。論点は世代論からはじまって、お2人の得意な切り口から、負け犬論争、フェミニズムの問題、自己決定、「自分探し」の問題や、果ては家族のコミニュケーション、ガン告知まで、話題が広がります。 どの話題にも大きく頷ける話しが多く、目からウロコや、膝を打ちたくなる話しが多く、特に内田先生のファンの方にはオススメの本です。何故なら7割方を内田先生が話しているからです。もちろん春日先生も会話されていますが、春日先生が問題提議した後に内田先生が細かく説明してくれる感じですので、どうしても内田先生の方が長くなります。ある意味放談に近い形を取っているかもしれません、もちろんいつもの内田、春日両先生の得意分野を、ですけれど。 私はごく最近に内田先生の本を読み始めたのでまだ理解が浅いのかも知れませんが、深く納得できる話しが多かったです。とくに中腰力にまつわる話し、「両論併記」と「継続審議」は深く同意致しますし、それに例え方に、相手に伝わらなければいけないという感覚を私は感じ取れたので、そこがまた良かったです。また、「常識」の持つ『そこそこの強制力はあるけれど根拠はない』という強みを、常識は変化するからこそ、限定された地域と時間の中でだけ通用する強みを、原理主義にならない強みを、もっと使えないか?という部分も膝を打つ話しでした。 ただ、気になる部分もありまして、それは「自己決定」を放棄したがるフェミニズムの方の話し(離婚して一人で好きなように決定して生きている方が、もう一人で好きに自己決定する事に飽き飽きした、という発言)を聞いて(ここに至るまでも様々な経過があるのです、「リスクヘッジ」の話しとか)、びっくりするのですが、自己決定できる贅沢に慣れただけの話しで、私にはただの「さびしんぼう」のないものねだり」なだけなのではないか?と感じました。自分の責任で好きにする自由はなかなか得がたいものであるし、そんなに簡単に手放せないと私は思うのですが。 「さびしんぼう」と「ないものねだり」の両方を持つ方々のなんと自分勝手な、自分丸投げ状態か、と思うと悲しくなりますが、結構たくさんいますしね。普通恥ずかしくなると思うのですが、恥ずかしいと感じる客観性もない状態なのだと思うので、余計に悲しい。 もちろん自分探しの話しも両先生の得意の話しですし、そこはとても面白いです。私も 『「自分探し」は広義に解釈すれば、していない人はいない。それそのものがいわゆる人生といっても良いと思う。しかし、狭義の意味において、「本当の」が付く「自分探し」は逃避や幻想や妄想である。謙虚さの、客観性の無い所に正当な評価は現れない。』と考えますから。ただ、自分探しをしたがる人々には、なかなか届かないですし、そんな人がこれだけ増えてしまった為の常識がチカラを得るのかと思うとちょっと恐いです。 また、対談形式な為に、本当は少し考える間があって話しているのでしょうけれど、その間が本では表現されていない上に、内田先生が分量多く話されているために、ちょっと軽く感じられる所が気になりましたが、ま、それも内田先生の内田先生っぽさと言えなくも無いかも知れません。 「健全なる肉体に狂気じゃ宿る」、名言です。狂気の種類に興味のある方、内田先生や春日先生がお好きな方、自分の死角に光を当てたい方に、オススメ致します。 2008年 9月

約1年前

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