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明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。 ... 続き

コメント

代々、資産家であり地域の名士でもあった宮沢家の長男として生まれた賢治。息子の賢治を全力で守り、一方では壁のように聳える存在だった、父・政次郎の物語です。

京都出張中に長男が生まれたことを知った政次郎。ようやく会えた我が子をベロベロにかわいがりたいと思いながらも、父の威厳を優先してしまう。ザ・明治の男という印象もありますが、子育てに迷う等身大の父親像がとても新鮮でした。

河原の草原を全焼させるほどのやんちゃ坊主に手を焼き、息子の秀才ぶりを目にすると、「商家に学は必要ない」と進学を反対された自身の過去を思い出して苦い思いをする。
そのくせ、賢治が入院することになれば、周囲の人が驚くほどの献身的に介護する。少しでも賢治が楽になるようにとこんにゃくを暖めてお腹に乗せてあげる、なんて微笑ましい光景ですが、そのせいで今度は自分が大病を負ってしまうのです。

賢治への期待と時代の流れに、気持ちを整理できないままの政次郎。いつまでたってもまともな仕事に就こうとしない息子を、励ますのがよいのか、たしなめるのがよいのか。加えて、40を過ぎて大家族を養わなければならないという重圧もあり…。
一方の賢治も、質屋という家業への反発もあり、高い高い壁のような存在である父に認めてもらいたくてもがいていたのかもしれません。本を出版しても相手にされないことに、どれほど絶望していたのだろう…。そう考えると、賢治の作品に新たな魅力が発見できそうな気がします。

その他のコメント

宮沢賢治の印象は、実家のお金でわがまま放題生きていたという印象でした。この本でも確かにそのとうりなのですが、何故か印象が違うのです。父政次郎が主人公だからでしょうか。。。迷いながらこれで良かったのかと問いかけながら子供と接していく政次郎の人生はまさに親の姿です。そして、その子らに先に行かれてしまう哀しみ。宮沢賢治を書いたどの本よりも身近に「賢治」を愛おしく感じました。
天才の父であろうと、凡才の父であろうと、親は親で子は子です。

読者

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