51qrlxotgpl

食べることには憂愁が伴う。猫が青草を噛んで、もどすときのように-父がつくったぶえんずし、獅子舞の口にさしだした鯛の身。土地に根ざした食と四季について、記憶... 続き

コメント

追悼。「おなじ日本語を使いながら、言葉の意味がかぎりなくくずれてゆくのもかなしいが、言葉以前に、朝夕食べる野菜の味について、おいしい、といいあう舌の感度がまるでちがうことが、じつにものさびしい。根菜類も、グリーンピースもそら豆も、花かんらんも、ただ塩で茹でただけで、太陽とすこやかな土で育てられたものは、じつに豊かなおいしさを持っている。豊潤という言葉は、そういう作物を味わって来た者たちの共通認識から生まれた言葉ではなかったか。」 _風味ということーーあとがきにかえてより

その他のコメント

読者

C64ee4ab c710 4fea a859 9a826a78947b453f23e4 9c0d 4a6a a99c ba05b1900b9dDff94a99 b9ca 4556 9326 3460233ee3ca 3人

石牟礼道子の本

新装版 苦海浄土

新装版 苦海浄土

59b69345 fd38 4c60 9112 b8f1b167579e

やすお

1988年生まれ

水俣病患者の独白部分と、その周辺の第三者視点での話が交互に展開される。 小説でもなくルポルタージュでもないです。 重度の水俣病患者は話すことが困難なので、独白部分は石牟礼さんの想像だと思うんだけど、ただの想像じゃないんだよなぁ。 水俣病患者に会って、その人の言葉が石牟礼さんの中に入ってきたんだと僕は思う。降りてきた的な。 かなり胸にきた部分がこれ。 「人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろうか。うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ば漕いで二丁櫓で。漁師の嫁御になって天草から渡ってきたんじゃもん。 うちゃぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる。」

約3年前

409f696e 0db8 40b8 8ec9 aa84d6c4939bEaf4a5f0 bc3b 4b28 b90f a039ca5c7ba88c1b2625 e0be 40a3 898a 0b159152daa7