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コメント

一気に読んでしまった。親から性的被害をうけた著者の立ち上がっていく様子がよくわかる。
' Nothing will work unless you do'

読者

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ノンフィクション

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cobo

昔の記録に

「被害者帝国主義」この単語を見て、とても興味をひかれてこの本を読む事にしました。 《アテンション・プリーズ》 今回の感想はオススメではありません、基本的には私の感想はオススメできるものにしているのですが、時々オススメでなくても気になったものも混じるのですが、今回はオススメではありません。それでも、少し気になったのは何が自分で気になったのかを文章にまとめる事で理解できるのではないか?と思い書いています。 本書の内容に触れることもあり、オススメでもないことを先にお断りさせていただきます。 この本では精神科医である著者が2007年の朝青龍の心の病をメディアから得た(つまり主治医でない)情報で自分の判断を下すところをきっかけにして読者に強いバイアスをかけてきます。分かり安いテレビからの情報だけ(そもそも公平でないでしょうし、主治医が患者の病状を話すことはあっても患者の不利益を話すことで患者への信頼を得られなくなることくらい精神科医なら想像がつくと思うのですが...)で著者の判断基準を基にというか「著者の常識」を基に、朝青龍を叩いてきます。悪いものを叩いてスッキリの構図、いわゆるワイドショーです。いつのまにか、「朝青龍の心の傷」の話しから「朝青龍の横綱としての態度」の話しにすりかえられているのではないか?と思うのです。見ている(読んでいる)人に同意させるにしては手段が感情に任せてきて気持ち悪いです。どうせなら、もう少し病気に対しての、病名をつける立場からの常識的発言より、病名をつける際の線引きのようなものがあれば良かったのではないか?と思うのです。うつ病という病名や「適応障害」(本当は病名ですらないと思うのですが)という病名を付けられたことで発生する「疾病利得」の話しこそ私が知りたい、または重要な話しだと思うのですが。 もちろんその部分に触れているところは同意できるのですが、その部分は少なく、さらにセクシャルハラスメントの話しになってしうのです。ここでもいろいろ語られるのですが、著者の言い分も分からないではないのですが、そうでない部分も多く、感情的に自身の常識的感覚で訴えてきますし、以前の日本では違った価値観があったという根拠を示したりするのですが、あまり私には説得力がなかったです。「常識」は移ろいでゆくものですから、著者の考える「常識」から変わってしまっただけのように感じて説得力が無いのだと感じました。 つまり結論には近いものを感じるのに、その訴え方や経過、手段がまるで納得できない、ということに違和感を感じていた、ということです。 うつ病は存在するし、以前より増えたのでしょう、その事で受診しやすくなったメリットもあるでしょうし、「疾病利得」を得ようとする輩も増えたと思います。セクシャルハラスメントの概念が浸透した事で回避できたこともたくさんあるでしょうし、弊害も増えたでしょう。物事には良い面と悪い面があって、どちらかだけを得たり、排除する事はとても難しいことだと私は思います。感じた本人にしか感情や心の中は分からないからこそ、相手の事を考える必要性を認めないで、昔の方が良かったといわれてもあまり興味が湧きません。著者は精神科医というその線引きを決定する立場でありながらも、その線引きを病気と正常の境を明らかにしないで、「著者の常識」で判断を下すところが私の癇に障るのだと、この文章を書く事で理解できました。 仮にガンを患ったとして、ガンに罹った本人に責任があるか?と言われれば「ある程度」としか言えないと思います。生活習慣や嗜好などが引き金になる場合もありますけれど、どんな人にもガンになる可能性はあります。ですが、ガンに罹った人はその病気を背負って生きていくしかありませんし、「誰か」の責任にすることはできませんし、しても意味がありません。そんなことより早く治すしかないからです。「病気」のせいや「病名」がついたことで安心する人もいないでしょう。でも、「心の病」についてはなかなか第3者に立証するのが難しいからこそ、「疾病利得」を得やすかったり、「病名」がつくことで安心したり、免罪符を手に入れたかのように振舞う人がいることに私は違和感を覚えます。そのことを指して「被害者帝国主義」というのなら同意できたのですが。著者は被害者が主張したことで加害者が否定する事が難しい社会を「被害者帝国主義」と言っているのですが、それは被害者が訴えた後の検証についての手段の問題であって、被害者がいないことにはなりません。 と、批判したくなるのですが、こうして自分の意見をまとめるのに、かなり(3、4日かかりました、読むだけで感じた違和感を言葉にするのって難しいです)時間がかかる私が批判できるような立場ではないか?と謙虚な気持ちになりました。文章にしてみないと分からないなんて時間もかかるし、頭悪いです。でもこの違和感に言葉を与えられて満足感と達成感があります。これがオススメの本ならもっと良かったのに...。 2008年 10月

3日前

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Yusuke Kondou

よく笑いよく読む

時系列で彼の生き方や価値観が伝わってくる。こんなに素晴らしく知的で人間味に溢れた日本人がいたことに、ただただ衝撃を覚える。 音楽という文化、日本人として世界の国々と友好的な関係を築き上げた彼に惚れた。

8日前

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cobo

昔の記録に

実際に従軍した方が、莫大な資料を基に、又自身の体験を基に(資料からの部分が多いのですが)回想する太平洋戦争(様々な呼称がある事も、またその重要性もわかりますが、私個人の感覚としてはやはり太平洋戦争なので、「太平洋戦争」と表記させていただきます)のニューギニア戦線についてです。 日本兵が戦って死ぬよりも、ずっと多くが飢えと疲労と病で死亡した、という事実を細かく、丁寧に、そして自身の振り返りたくない過去を振り返り、罪を認めるという文です。私は事実とは何か?も重要だと思いますが、ある行為や、歴史的な出来事に参加した(またはせざるを得なかった、あるいは巻き込まれた)人がどう感じたか、どう感じて今を生きているか?も非常に重要な事だと思います。個人がどう感じたか?が、ひとつの出来事でも数多くの人が参加した歴史的出来事であるなら、その数多くの人々にとってそれぞれの捉え方があると思いますので。ですから、この飯田さんの証言がすべて正しい真実かどうかを私には判断する事が出来ないし、する必要がなく、そう感じて、憶えていて、残そうとする人の書いた文章だと思って読みました。けれど、もちろん事実にとても近いだろうと、思います。「総員玉砕せよ」の水木しげるさんもそうですけれど。 いわゆる軍部の方々の実際の所の責任の取り方が不明確だったり、うやむやだったりした為に未だに「戦後」が続いているのだと思います。国内においても、国外においても。東京裁判自体を詳しく知っているわけでは有りませんし、きっと様々なしがらみがあっての判決なのでしょうから(いわゆるパール判事の存在も知ってはいますが)戦勝国が敗戦国を裁くのであるなら、ある程度は仕方ない事だとも思います。どちらかというと、対外的には東京裁判の結果を受け入れてサンフランシスコ講和条約を受け入れて主権を回復したわけですから、今更、あの戦争は正しかった、とか東京裁判は正しくないとか言っても仕方ないのではないか?建設的にはなれないのではないか?と個人的には思います。東京裁判ではなく、本当は日本人が自主的に戦争犯罪は誰に、どの時期に、どのくらい責任がある、という総括をするべきなのだと思います。もちろんご存命の方は出来るだけ参加で、保守的な方々も、革新的な方々も、日本人であれば誰であっても議論に参加出来るような合意形成をとりあえず結論がだせなくても繰り返す事が必要だったのではないか?と私個人は思うのですが、そういう事をすると自由な余地が少なくなるのでより窮屈になるかもしれませんが。 私個人の意見ですし、はっきり言って知らない事ばかりですが、人はすべてを知り、未来を見通せる能力のない以上、あらゆることを考え、様々な意見を聞いた上での判断を下すべく努力し続けるべきですし、謙虚になるべきだと思います。失敗や間違いから様々な経験や教訓を得るべきです。がどうも「誇り」や「プライド」がそれを邪魔する方が多いように感じます。「最初から負ける事を考えているから負けるんだ」的考え方も必要な部分はありますが、それだけでは決してどうにもならない問題が多く存在する事も考えない人が、先ほどのような言葉を口にしているように感じるからです。いわゆるマッチョ的なものの、愚直さを良しとする傾向を認めることが出来ません。ですから「終戦」なんて本当に馬鹿げたネーミングですし、事実から眼を伏せることになりかねない(それも日常的に!)のが気に障ります。 命令を下される側の無残な結果を思い知らされる(事実に近いと私は思いますが、そうでなかったとしても、こういう本を残したいと思わせる体験だったのだとは推察されます、私には)内容でした。命令を下す側だった方の意見も聞いてみたくなります。 私にはリドリー・スコット監督、映画「ブラックホーク・ダウン」を思い起こさせる本でした。有能でない上司の命令が逆らえないところが、軍隊なのですから。恐ろしいです。 個人が抱えている戦後に興味のある方にオススメ致します。 2008年 9月

9日前

61 rgetzeil
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Takuya Yamamoto

島根県/双子/社会福祉士/介護福…

誰もが一度は読んでおくべき本だと思います。 なぜしんどいのに会社をやめられない(やめない)のかを知ることができます。この本を読むことで、ブラック企業で働く人や心理的に辛い思いをしている人達の理解に繋がると感じました。人の気持ちはどんなに理解しようと思っても自分1人で考えるだけではなかなか分かりにくい部分があると思います。職場に余裕がなければなおさらです。 自分を含め、人を理解する1つの方法として、この本を読んでみるのも良いんじゃないでしょうか。

10日前

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