過酷なノルマのもとで働く不動産営業マンを描いたデビュー作「狭小邸宅」から3年。作家・新庄耕の2作目が、1月5日に発売されます。新作「ニューカルマ」は、ネットワークビジネス(マルチ商法)にのめり込む若者がテーマです。

業績不振の電機メーカーに勤める主人公は、大学の同級生からの電話をきっかけに、ネットワークビジネスの説明会に参加することに。はじめはいかがわしさを警戒していたものの、会場の空気と幹部の自信に引き込まれ、副業としていつの間にか没頭していく。成功して組織を昇進していくが、人間関係は孤立していき──

組織の異常な集団心理と、夢を託す人たち。新庄さんに、作品の背景についてお聞きしました。

新庄耕 略歴

1983  京都市生まれ
世田谷、広島市を経て、川崎市へ
1994少年サッカーの神奈川県代表として全国大会に出場
1999渋谷・新宿のクラブに入り浸る
中華料理店、ガソリンスタンド、造園、居酒屋でアルバイト
2002新宿ゴールデン街に通い始める
2004慶應義塾大学環境情報学部入学
当時付き合っていた女性にネットワークビジネスに勧誘される
2008リクルート入社 リクナビの法人営業に
2009リクルート退社 ITベンチャー、集配センター、翻訳会社など、職を転々とする
2010沖縄で「狭小邸宅」執筆
2012「狭小邸宅」ですばる文学賞受賞

若者を引きつけるネットワークビジネス

── 新作「ニューカルマ」、さっそく読ませていただきました。ネットワークビジネスを題材にされています。

ネットワークビジネスを知らない方のために簡単に説明すると、ある商品の購入者が販売員となり、自分の知人などに商品を購入するよう勧誘し、さらにその下位の購入者が販売員となる……というピラミッド型の販売形態のことです。

「マルチ商法」と呼ばれることも多く、いわゆる「ネズミ講」と混同されがちですが、ネットワークビジネスはネズミ講と違って法律では禁止されていないんですよね。なぜ今回、このネットワークビジネスを題材にしようと思ったのですか?

新庄 なぜか昔からネットワークビジネスには接点があって。一番最初は高校生のときだったかな、友達にJリーグの下部チームに入ってたやつがいたんですけど、彼がね、ある日突然化粧品を売り始めたんですよ。

── 男性ですよね?

新庄 そう。今まで化粧品なんて全く興味なさそうだったのに、いきなり化粧品の薀蓄について語り始めて。けっこう印象的でしたね。まあそれがネットワークビジネスだっていうのはそのときは分からなかったんだけど、なんでそんな風になるんだろう?っていう疑問があって。世の中にそういうものがあるんだっていうのは、そこで僕は学習したんですけど。

それと大学生のときに、当時付き合ってた彼女がある日突然ネットワークビジネスの商材を持ってきてですね。まあ、買えと。

── 彼女がですか!

新庄 ちょうどこの小説にもあるように、ちょっと会わせたい人がいるんだと。南青山のすごい家に連れて行かれて。

そしたら小説の中に出てくるようなブルークラウン系の金持ちの婦人が出てきて、「あんたこの機械やってみなさいよ」って言って、まあようは活性酸素みたいのを測る機械があるわけ。で、15段階で評価できるとかで、0が赤、15が青で、0に近いほど悪いらしい。まああっちとしては測定して真っ赤になったところで、自分たちの商材売りつけようという戦略だったんでしょうけど、ピピって測ったら真っ青だったんですよ。えー!?みたいな(笑)。テンションだだ下がりで。全然可愛くないわねアンタ、みたいな。そういうことがあったりしました。

── その時は結局何も売りつけられなかったんですか?

新庄 いや、しっかり買ってあげましたよ。5万円分くらい。

── ええー!やさしいですね。

新庄 まあ買ってやるくらい、一方的に惚れてたんですよ。残念ながら結局続かなかったけど。

その後は、僕がリクルート辞めたあとに、マルチの勧誘がいたるところからあって。まあだいたい「ちょっといい話があるよ」「お金がかかんなくて誰でもできるよ」とか言った瞬間に、ああって分かるくらいになった。

でも、その商品を売りつけられて嫌な思いしている人もいるんだけど、いいと思って使っている人もいて、その辺の温度差みたいなのは個人によってかなりありますよね。昔のマルチは、健康マットとかを売ってたんです。実際数千円くらいのものを30万円とかで1回売りつけるだけだった。

── ああ、昔よくありましたよね。おばあちゃんとかに高い布団売りつけたりとか。

新庄 そう。それが社会的な問題になったものだから、ネットワークビジネスも徐々にホワイト化してきているというか。耐久商品から一般消費財に移ってきて、しかも価格帯も1万円とか2万円とか絶妙な設定で、無駄な在庫を抱える必要もなく継続的にやっていけるようなシステムに変わってきている。そして法的にも引っかからない、という意味でもホワイト化してきている。

そういう流れの中で、どうやら若者がたくさん入ってきているということを知って。彼らが入らなきゃいけない理由っていうのは何なんだろうな、というのが、今回僕がこの小説で探ってみたかったことの一つですね。

── ホワイト化してきているというのは、確かにこの小説を読んでいても感じました。ネットワークビジネスというと、あまりいいイメージを持ってなかったのですが、小説を読んでいると、悪いものとは言い切れないというか。他の仕事と何が違うんだろうというのはすごく思いましたね。

新庄 そうですね。まあ、別に悪いものかは分からない。知り合いから元大手メーカーのエンジニアを紹介されて、ネットワークビジネスで月300万円くらい平気で稼いでる大変優秀な方で、「新庄君、普通に働くなんて馬鹿らしいよ。この世界のほうがいいよ」って言うんだよね。

── 元大手メーカーのエンジニアが。

新庄 そう、名門大学を出た元大手メーカーの優秀なエンジニアが。「いや僕もITのベンチャー作ったりとかいろいろやったけど、大変だよあんなの。こっちでやったほうが全然楽だよ」って。

その方はビジュアルも良くて、しゃべりもめちゃくちゃうまかったわけだけど。ちょっと茶髪で、ストライプのスーツ着てね。今はアジアや中東で投資とかやってて、まあ見方によってはなかなか胡散臭い方です。でも、その方みたいに月300万稼げたらよくないですか?

── それこそ大組織でパワハラ受けながら働いているより、そっちの方が健全じゃないかと。

新庄 うん。好きな仲間と楽しくやってくって、結構いい生活だと思いますよ。

── 今ってノマドとかも流行ったりして。組織より個人で楽しく働こうぜ、みたいな、フリーでどうやっていくか、みたいなのが流行っている。ネットワークビジネスってそういったものとの親和性が高いですよね。

新庄 そうですね。要は自己実現とか、自分探しとかですよね。

── システムを提供してくれて、実際それで結果出してる人もいる。商品が悪かったらダメだけど、昔に比べて商品も良くなっていて。それだったら本当に何を批判できるのかな、というのは、読んでいて思いました。

新庄 ただ、その仕組みとか商品の打ち出し方とかに関しては、法的には全てクリアされてるんですけど、結局全員個人事業主で、営業する際の売り方、勧誘の仕方なんかも最終的には全部その個人の倫理観に委ねられているという難しさが、仕組み上免れ得ないというのはあると思います。

普通の個人事業主なら自分が看板だから、その看板を汚したくないというストッパーが一応ある。例えば自分で商品作って、パッケージ作って、自分の看板でやるとすると、変なことできないですよ。だけど彼らはネットワークビジネスの会社の看板のもとでやってるから、権威は借りられるけれども、逆に自分たちの倫理観が弛んでしまうみたいな、そういう甘えの構造はある。難しいですよね。そういう曖昧さの中に成立しているんです。

── なるほど。この小説の主人公も、結局その商品について、何となくいいんだろうくらいの知識しかなく売っている。責任感が希薄な面というのは確かにありますよね。

新庄 それはネットワークビジネスだけじゃなくて、保険の販売やリクルートでも採用しているような代理店制度、あるいはコンビニとかフランチャイズ店もそういうところがあって。フランチャイズや代理店系は個別には評判悪かったりしても、最終的には大きな看板のもとでやってるからガシガシいけちゃう。

そこまで考えると、これって結局ネットワークビジネスだけの問題じゃなくて、会社や組織一般の話にもつながるような気がするし、この資本主義社会全体の歪みっていうか、もっというと社会の構成員である我々一般市民の問題かもしれない。

 

満たされないグジャグジャした世界

── この作品の中には「ウルトリア」というネットワークビジネスの会社が登場します。全世界に展開する米国資本の会社で、「ブルークラウンアンバサダー」などの階級がある 。リアルで詳細な設定ですが、モデルとなった会社などはありますか?

新庄 日本で活動しているネットワークビジネスの大手って十数社あるんですけど、だいたいそれを足して、その数で割ったような感じですかね。これまで僕が見たり聞いたりした情報と、ネットに出てる情報と、あと本や雑誌も読んだりして参考にしましたけど、手法はまあだいたい一緒なので。

彼らがやりたいのは、売れそうな商品を開発した上で、どういう風に会員のモチベーション上げて、売りやすいように、続けやすいようにしてあげるかっていうことだから。だからあんまり簡単に会員に儲けられちゃうと、組織が崩れちゃうんで、バランスが難しいんですけどね。

── 簡単に儲けられちゃうと崩れちゃう、というのはどうしてですか?

新庄 下克上が簡単にできちゃうと、その上の人が辞めちゃうんですよ。長く継続した方が得でしょ、みたいな、そういうインセンティブがすごい考えられていますよね。

でもずっと同じ人がトップだと下の人が頑張れないというのもあって。それであえてこれを1回サラにするために、上の人をクビにするといったことが起きているらしいんですよ。要は年収1億円のプレイヤーがいるとすると、こいつがルール違反を犯したとか難癖をつけて会員資格を剥奪する。けっこうおっかないですよ。それでこいつがキレて、裁判起こしつつ、自分のかつての子会員を抱えて新たに会社を立ち上げたりね。

── ちょっとすごい世界ですね。それにしても、そういう人はまた起業しようっていうときは同じネットワークビジネスになるんですかね。やっぱりそこは抜け出せないんでしょうか。

新庄 まあやっぱりノウハウ知ってますし、築いてきたネットワークがありますからね。それが一番手っ取り早いというか、稼げる。

── それでいうと、そのネットワークビジネスにハマる人とそうじゃない人の違いって何なんでしょう。例えば小説に出てくる、主人公の上司だった井野さんっていると思うんですけど。彼なんかは結構ダメ人間っぽく描かれていますけど、結局ネットワークビジネスにはハマらなくて。そういう風にハマる人とハマらない人というのは、どういう違いがあるのかなと。

新庄 難しいところですよね、それは。本人の資質の部分もあるだろうし、その時々の置かれた状況にも左右されるんじゃないでしょうか。オウムの裁判で高名なジャーナリストが言ってました、「誰もがカルトに引っかかる」って。でもね、そうなんだと思いますよ。どうしても人生うまくいかない時なんてあるんだから、そんな時に「君だったら100万くらい簡単だよ」「あの人だってできたんだから、できますよ」とか言われたら、いいなと思っちゃいますよ。

── やっぱり弱ってるところに入り込んでくる。

新庄 僕が行ったことのある勧誘のセミナーでは、今の日本経済についてのスライドが出てくるんだけど、もうね、新聞に書いてあることを100分の1くらいに薄めたような内容で。で、最後に安っぽい動画流してジーンとさせる、みたいな、まあひどい内容だったんだけど、そのセミナーには、ちょっとパートや子育てが大変で、おしゃれも満足にできてない主婦のような人も多く参加していて。その人が一生懸命ノートとってるんですよね。

── なんだか切ない光景ですね……

新庄 本人にとっては切実なんですよね。だって何とかして現状を変えたいんだもん。スーパーのレジ打ちじゃお金は足りないし、かといって他にすることがない。やってらんないんだよ。そういうのが、ネットワークビジネスに限らずいたるところでやっぱりあるんだよね。

── 小説の主人公の場合は、タケシへの劣等感とかが引き金になって、のめり込んでいくんですけれども。確かにそういうのがあると、やっちゃうかもしれないですね。

新庄 そうですね。やっちゃいけないものでもないですからね。手を出したからといって刑務所入っちゃうものでもない。でも世間一般からは悪く見られるという側面はある。

── 新作の「ニューカルマ」と、前作の「狭小邸宅」と、どちらも仕事とか、働く人とかをテーマにされてると思うんですが。また主人公にも共通点が多いですよね。そこには共通する問題意識や、描きたいことがあったんでしょうか。

新庄 僕自身がそういった問題を抱えているので、描きやすかったというのがありますね。働き方って、結局本人が納得できていればどんなものでもいいと思うんですけど、じゃあ自分の働き方に腹を括れてる人ってどれくらいいるのかっていったら、大概の人はそうじゃないだろうなあ、って。もしみんなそうだったら、社会はもう少し明るいと思いますよ。でも、そうじゃない。

── 働くということで言うと、新庄さんの経歴を見させていただくと、けっこういろいろなお仕事をされていますが……

新庄 普通ですよ、普通。

── やっぱりそういった体験というのが小説に反映されているのかな、と。

新庄 どうなんでしょうね。反映というか、滲み出てきちゃうものがあるのかもしれない。でも僕は、単に自分のパーソナルな世界を描くのではなく、もっと広い世界、その中で自分という人間がどうあるか、みたいなことを小説にしたい。そんな風に思っています。

── 私は女だから特に思うのかもしれないんですけど、男の人は本当に仕事の中での立ち位置って気にされますよね。「ニューカルマ」でも主人公は自分がタケシと比べて今このポジションにいるとか、「狭小邸宅」でもそういう感じのことが描かれている。

新庄 気にするでしょう。逆に他人と比較しないで生きていけるというのはかなり幸せなことだと思いますけどね。もしそれができていたら、この小説を書かなかったかもしれないし、書いたとしてもこういうノリでは全くなかったでしょうね。で、僕がどっちを読みたいかというと、自己完結したハッピーで綺麗事に塗り固められた世界よりも、いつまでも満たされないグジャグジャした世界を読みたいと思った。性別はそんな関係ないような気はしますけどね、今の時代なら。

自分がどういう風に生きたいか

── 小説家になろうと思ったのはいつ頃のことだったんですか?

新庄 昔の友達と話すと、学生の頃から言ってたよとか言われるんですけどね。まあでも実際、小説家になろうといってもなれないですからね、普通。食えねえし。だからそれは現実的な目標にはなり得ないし、僕はずっと避けてましたけどね。作家に比べればネットワークビジネスの方が儲かりますよ、絶対。

── それにしても慶応SFCを出て、リクルートで働いて、と小説家の経歴としては異色です。リクルートはどうして辞められたんでしょうか。

新庄 こういうこと言うと、こいつロクでもないなと思われるかもしれないんですけど、僕がリクルートに入った時ちょうど丸の内に新しい本社ビルができて、24階から45階ぐらいまで全部リクルートだったんですよ。で、中3階にすごい長いエスカレーターが4機くらいばーってあって。それで登っていくと受付の綺麗なお姉さんが、お帰りなさいませって言ってくれるんですよ。で、透明なセキュリティをカードでピッてやって中に入って、ガラス張りのエレベーターで皇居を見下ろしながら……。

── 素晴らしいじゃないですか……。

新庄 そういう環境にいるとね、だんだん勘違いしていくんですよ、自分が。大した仕事もできてないくせに。

同期がいるじゃないですか、それもあまり評価されてない方の。彼らがね、段々それらしい顔になっていったんです。その顔を見た時、俺こういう顔してんだな、と思って。社外に出ても、「あ、リクルートさんですか」、みたいな。一目置かれる感じで。結果も出せず、本気で仕事にコミットもできず、そういう風に肩書きに依存するようなのは、俺は嫌だなと思ったんです。

── 新庄さん自身は組織で働くのはもう絶対嫌、みたいな感じですか?

新庄 そんなことはないですよ。適当にやれて300万すぐくれるなら、いつでも会社員やりますよ。

── (笑)。

新庄 それはもう分からないですよね、状況も変わってくるし。結局今って、働き方がたくさんあるじゃないですか。その中でどういう働き方をするか、何がいいか悪いかっていうのを、最終的に決定するのは自分で、それは自分がどういう風に生きたいかということでもある。でも自分で納得できる状態を選べてる人は少ない。じゃあ、どうするのか、どうしたいのか。それを試されてる時代なんだなっていうのを感じますね。

ニューカルマ

新庄耕

集英社 / 2016-01-05 amazon

この記事を書いたのは

由野春吉(インタビュー)

ライター。社会問題からカルチャーまで雑食です。


Kujira Books(撮影)

KUJIRA BOOKSは「MEET A BOOK, MEET A LIFE.」をコンセプトに、写真を通して様々な生き方と本を知っていただく架空の本屋さんです。 kujira.me/books