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世界のアーティストを訪ねていく雑誌 「Studio Journal knock」

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緑と藍の造形を背にした、アーティスト2人の表紙が目を惹きます。「Studio Journal knock」は、世界のアーティストに会う旅を綴った雑誌。先日第5号が発売になりました。

発行者の西山勲さんと妻の麻未さんが福岡を発ったのは、2013年7月。アメリカ西海岸に始まる旅は、中米、メキシコ・キューバを経て、南米へ。ペルーからブラジルまで大陸を横断して、ヨーロッパへ向かいます。

取材はもちろん、執筆や編集も帰国せずに行うというお2人。中判カメラ2台、大量のフィルム、20インチのモニタまで担いでいくという旅です。

誌面からは、遠い国のアーティストの横顔だけでなく、会いにいくまでの旅の景色もうかがえます。最新号の発売をきっかけに、メールで話をお聞きすることができました。

── issue5は南米からドイツのドルトムントに着き、パリ、スペインのコルーニャ、ロンドン、その後モスクワに至ります。さらに、はじめレンヌで会ったフランス人アートデュオ「ファーレン6スタジオ」に呼ばれて、地中海のコルシカ島に回ることになります。零下のモスクワと青い海のコルシカ島は別世界で、ヨーロッパの広さが感じられる号でした。今回のルートは初めに決められていたものなのですか?

西山  かなり途中で変更を加えましたが一応プランを立てていました。まず各国のアーティストたちにメールでアポイントを取り、彼らのスケジュールをうかがい、それから旅程を立てました。できる限り安いフライトを予約し、Air bnbで宿を取り、同時に取材するアーティストたちのリサーチを行いました。また、ロシアへは雑誌TRANSITの撮影の依頼をお受けした経緯があり、その取材期間中にknockの取材も行いました。コルシカ島へは、ヨーロッパの取材の後、東欧、中東、インド、スリランカを旅した後に、アーティストからのお誘いを受けて向かいました。

実は、今回時間との勝負みたいなところがあって。南米からヨーロッパへ到着した僕らは、knockの3号「Portland」の編集作業のためにドイツのドルトムントで1ヶ月半を過ごしました。本が完成し、取材プランを立て始めた時になって初めてヨーロッパにはシェンゲン協定 [*] という取り決めがあることを知りました。その時僕らに残されていた取材期間は1ヶ月と2週間くらい。割と悠長に構えてたところがあったので、そこからできる限り効率的に各国のアーティストたちを訪ねるルートを組み立てました。

── 取材するアーティストとのやり取りで、旅のルートも変わっていくという感じなのですね。移動の感覚としては、異国の街を訪れるというより、人に会いに行くという側面が強いのでしょうか。

西山  はい。僕たちの旅は、どの場所を訪れるというものではなく、会いたい人に会いに行く。ただそれだけの目的の上に成り立っていました。2013年に旅を始めて、結局2年近く旅をしていたのですが、1年も移動を繰り返しているうちに異国にいること自体が普通というか生活そのものという感覚になりました。もちろん驚きや感動はあらゆる場面で感じますが、会いたかった人との出会いと別れにこそ、大きな心の揺れのようなものを感じました。

── 会いに行かれているアーティストは、様々なジャンルに渡ります。油絵、焼き物、イラストレーション、インスタレーション…… 知らない土地でアーティストを探すというのは簡単ではなさそうですが、どうやって選ばれるのですか?

西山  このプロジェクトを始めたばかりの時は、どうやったらアーティストに会えるのかわからず、途方に暮れていました。最初の滞在先はサンフランシスコだったんですが、気になる展覧会を見つけてはギャラリーに足を運んでいました。ある時、ギャラリーのオープイングに参加した時に、主役のアーティストがたくさんのゲストに囲まれているのを見つけて。knockの創刊号と名刺を持って話しかけようとしたんですが、ものすごく緊張しちゃって引き返したんです。すると妻が肩を叩いて、「ここで帰ったら何も始まらんやろ」と言ってくれたんです。その言葉を聞いてそのまま帰ってしまうことがものすごい後悔になるような気がしました。それで勇気を出して話しかけることができました。結果、「全然OKだよ。好きな時に僕のスタジオにおいでよ!」と、アーティストは気楽に取材を承諾してくれました。あまりの緊張と嬉しさで、帰り道はかなり疲弊しましたが、その時から物怖じせず、アーティストに話しかけることができるようになりました。

選ぶ基準は、まず作品に惹かれることもありますし、アーティスト自身の持つ雰囲気というか魅力のようなものに惹かれることもあります。カリフォルニア号の表紙になったジェイ・ネルソンなどは、理想的な出会いだったし、取材対象としてパーフェクトだったと思います。たまたま入ったサーフショップで見かけた彼の作品(木製のボート)にひっかかり、店員に尋ねたらジェイのことを教えてくれて。その店員にknockを渡して趣旨を説明して、本人に連絡を取ってもらうように頼みました。それから数日後、本人から連絡があって取材を受けてくれるようになりました。

取材が始まると、車中泊するつもりだった僕らに、彼はリノベーション中の新居のキーをひょいと投げ、「電気とトイレは使えるからそこに泊まりなよ」と言ってくれました。結局僕らは一週間ほど彼の家に滞在しながら密着することができたんです。そうした偶然が偶然を呼び、その場の流れに任せる取材スタイルに僕は強く意味を感じていて、あらかじめ決められた台割り通りに作る本にはないリアリティとドラマ性を感じています。

── サーフショップに入らなかったら、取材もなかったわけですね。しかも新居に泊まっていいよと言ってもらえるとは。今号のコルシカ島でも、ファーレン6スタジオの2人としばらく暮らしを共にして取材されてます。誌面からも、作品だけでなくアーティストの暮らしぶりも伝わってくるようです。取材するとき、生活についても意識されますか?

西山  はい、そうですね。作品制作の様子はもちろん、アーティストたちがどのような日常生活を送っているのか興味があります。彼らの物事を捉える視点、世界をどのように見ているのか。その答えは日常の暮らしの中に潜んでいるような気がして。例えば、ポートランド号で取材したミドリ・ヒロセというアーティストは、普段はタクシードライバーとして働いていて、乗客との会話の中に創作のヒントを得ていたり、リオ・デ・ジャネイロのカバキーニョ(サンバやショーロ等に使われるブラジルの弦楽器)作家は、医者として貧しい地区へ回診しながら仕事をしていたり。アーティストとして生きていくのはきっと大変なことだと思います。生活という現実的な問題や、創作そのものがうまくいかないこともあると思います。そうした表に出て来ない部分を知ることで、彼らの作品がまた違った魅力を持つような気がします。

── issue5の冒頭では、「Portland」号の編集のためドルトムントに滞在されてます。旅先で編集作業まで行ってしまうというのは、ネットが発達した今だからこそ可能なのかもしれませんが、あまり前例を聞きません。はじめからそうしようと決められていたのですか?

西山  はい。行き先も、どんなアーティストに会うのかも決まっていませんでしたが、最初からやってみようと思っていました。当初はページ数がこんなに多くなる(創刊号は52P)とは想定していなかったので、そんなに難しいことには感じていなかったというのもあります。 最初に制作したのは2号「California」で、この時はサンフランシスコ、ロサンゼルス、ポートランドの取材を終えて北上しカナダのリッチモンドという街で1カ月半ほど中国系カナダ人の方のお家に滞在して制作しました。近くのショッピングセンターでA4のプリンターと20インチのモニターを購入しました。この時購入したモニターは結局2年間の間一緒に旅をすることになりました。

── 必要になったらその場所で買って持っていくというのは、まさに旅の形ですね。次は世界のどんな場所のアーティストが紹介されるのか、楽しみです。最後にこれからのknockについて教えてください。

西山  次号「Middle East(11月頃に発刊予定)」に向けて6月頃からイスタンブールを中心に取材を開始する予定です。その後は制作を行いながらアジア号に向けて取材していく予定です。最終的には日本のアーティストを取材して回りたいと思っています。

*シェンゲン協定 欧州国家間でパスポート無しに国境を越えられる協定。90日の期間制限がある。

Studio Journal knock

世界のアーティストを訪ね、彼らの日常を綴るビジュアルジャーナル。購入は全国の取り扱い書店・オンラインストアから。

knockmag.com