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コメント

心地いい映画のエッセイがつまった。毎日、朝と夜に1つずつ読み進めるのがとても楽しかった。1章ごとに短編映画を観たような気持ちになります。

特にgirl, interrupted に関するエッセイが印象的。

読者

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沢木耕太郎の本

旅のつばくろ

旅のつばくろ

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ボンソワール

音楽と酒とくだらないことが好きで…

居心地の悪さ、対象との距離感、偶然性への信頼、永六輔の記憶。

4か月前

凍

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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

モデルとなった山野井泰史の自伝「垂直の記憶」山と渓谷社第7章「帰還」も素晴らしかったが一流の書き手が手掛けると更に魅力が増す一例。 一般の読者にもわかりやすく極地法とアルパインスタイルの違いを解説。山野井がどれだけ傑出した登山家であるかを次の様に例える。 「それは、もしクライミングをスポーツだとするなら、そのジャンルで最高のレベルに達した稀有な日本人アスリートが現れたということを意味していた。ボクシングで言えば、フライ級ではなくヘビー級でタイトルマッチが戦えるボクサーということであり、陸上競技であればオリンピックの百メートルのファイナリストになれるスプリンターが現れたということである。」p.29 つけ加えるならタイトルマッチをアウェイで戦うと言うべきか。 またベースキャンプ向かうまでの道のりがちょっと弛緩させるというか何故か妙に抜けていて面白い。車で向かうことが出来ないので「ヤク」を使って荷物を移動させるのだがこの「ヤク」が言うことを聞かずしばしばいなくなる。 「少女のヤクが二頭いなくなっている」p.72 「ヤク使いが、放してあるヤクを探しに行った。ところが一頭いなくなっているという」p.74 「翌朝、またヤクがいなくなっていた」p.75 と、どんだけいなくなってんだよ。と突っ込みたくなる面白さ。 しかし、これはこれから始まる壮絶な生還記の最後の安らぎの場面である。 いや、この緊張と緩和の構成の巧みさは流石だ。 そして壮絶な生還で息も絶え絶えの終盤この会話の間と緊迫感が突き刺さった。 『「そんなに簡単には死なないよね」 死ぬ人は諦めて死ぬのだ。俺たちは決して諦めない。だから絶対に死なない。 「うん、死なない」 山野井はそう答えながら、黙ったままじっとしている妙子を見て、ふと不安になって声をかけた。 「生きているか?」 すると妙子が返事をした。 「生きてるよ」 山野井は少し安心したが、そのうちに妙子は嘔吐もしなくなった。 「生きてるか!」 山野井が怒鳴るように言っても、妙子は反応しない。 「生きてるか!」 山野井が返事のない妙子の体を揺すった。すると しばらくして答えが返ってきた。 「うん……」 やがて、妙子はうとうととし、山野井も膝に顔をうずめて眠りはじめた。」』 P.276~277

8か月前

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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

3月28日金曜日の日記、当日は連合赤軍事件で後に死刑判決を受ける坂口弘の最終弁論の傍聴に出かけている。被告の必死の命乞いに顔を正視することができなかった小雨降る帰り道に、以前「早稲田文学」寄稿した「雨」という短文の事を思い出す。 そこに書かれている心情は同事件で死んでいった同じ大学出身者の心情に微妙に重なるものがあることに気づく。 「私が通った大学は、その何年か前まで麻薬の巣窟として有名だったK町とH町のドヤ街を抜けた丘の上にあった。<中略> 坂の下のドヤ街では酔っ払いが昼間から大声でわめきながら酒屋の前で転がっていたし、スリップ一枚の女が金をくすねたらしい子供を追いかけて往来で掴み合いをしていたりした。また、高架の電車からは、連れ込み宿の明け放した窓の中に眠りこけた男と女の姿を見ることも珍しくはなかった。<中略> 坂の下のドヤ街は、しかし夕方を過ぎると淡く灯が入った店の中からは流行歌が流れ出し、男も、女も、店も、街も、昼間の汚れがすっかり消え、不思議な艶やかさに輝きはじめるのだ。 私はその坂を登り、下りるためだけに大学に通っていたような気がする。雨が降ると、坂道のアスファルトに、前屈みに登っていく自分の姿が薄く映る。もし私に青春というようなものがあったとすれば、雨の坂道に映った、暗くぼんやりした像こそが、その時代の象徴であったような気もする。<中略> 恐らく、死んでいった彼らも、その坂道の登り下りの中で、何かを見出してしまったにちがいないのだ。」p.210~213 通学経路に若干の疑問が無いわけではないが、同じ坂を登り下りしたものとしてはその心情はよくわかる。

12か月前

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