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市場、国家、社会… 断絶した世界が、「つながり」を取り戻す。 その可能性を、「構築人類学」という新たな学問手法で追求。 強固な制度のなかにスキマをつくる... 続き

コメント

筆者は文化人類学の准教授で、エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークをしている。

この本の版元であるミシマ社も含め、書店で平積みにされ話題になっていた記憶がある。

筆者が20代の時にエチオピアで感じた事、その当時の日記に触れつつ現代の日本を含む世界の制度及びその制度への批判のありかたも含めた問題点をわかりやすい言葉で解きほぐしていく。

そこで言われる問題点は、例えば「国家」や「市場」という大きな枠組みで語る事が一方で巨大な権力を肯定し、もう一方で個人の活動を自己責任としてしまう、というような事だ。

そうしたわたしたちの社会やわたしたちの関係性が断絶されていく事に対して「構築人類学」として、構築されてきた現状を認識し、その現状とは違う可能性を捉えようとしている。

最近見た映画に、是枝裕和監督の「万引き家族」がある。
是枝監督は今までも家族をテーマに身近な物語を描いてきた。
パンフレットにコラムを寄せている中条省平は是枝監督の映画を貫くテーマは「家族は自明ではない」と書いている。
家族がどのように存立するのか、どうすれば家族は家族たりうるのか、そういうテーマでこれまでも映画を撮ってきたと監督自身もラジオで言っていた…と思う。確か。

「国家」も「市場」も「家族」も、自明ではないと思う。
しかし、現にあり、どのように構築されてきたかを考える必要がある。
そうして構築されてきた今の環境から、わたしたちは全くの自由ではないけれど、今のありようを知る事でそれを変える可能性はあると思う。

普段は心理学方面しか読んでないが、こちらの分野にも通じているものがあった。
人間学なのだから、当たり前なのだろうが。

最初の登場人物に、周りから変な風にみえるおじさんがでてくる。
しかし、途端に外国人のベビーカーを連れたママに気さくに英語で話しかける。

それを筆者ははたからみてて自然だったと感じた。

こういう人は特に外国に行ったこともないのに、日本人と一緒にいると浮くのに、外国の人だけは話せる人が確かに存在する。

空気を読むという技術が日本以外ではものすごく高度だということが、お分かりいただけるだろうか。

この本の中には、どうして、自然なことをしているのに浮くかということが結構書いてある。

日本人と他の国コミュニケーションの不可解さも。
今話題になっている。
発達障害たちのコミュニケーションを紐解く鍵ともなるのではないかと、読んでいた。

しりとり読書6冊目。『逆行』からの「う」ではじまる本。

文化人類学の教授である著者が、自身のフィールドであるエチオピアへの滞在経験から得た観点を、文化人類学の視点を交えて解説。
身近なエピソードになぞらえてくれるのでわかりやすい。
あっという間に読めてしまった。

なんとこのブックデザインも尾原さん!

ブックデザイン 尾原史和(SOUP DESIGN)

次は「く」からはじまる本。

著者がフィールドワークの拠点としているエチオピアと今の日本社会とコミュニケーションのギャップから、「あたりまえ」と思い込んでいる(考えようとしない)社会やシステムの仕組の問題点を解きほぐし、読者をポジティブな思考と行動に促す、ミシマ社らしい良書。読みながら、(地域)アートやコミュニティづくりに携わるような人にも、やってることの根本的な意義に立ち返るうえで補助線になると思いました。タイトルもいいですね!

日本に生きる、精神に異常をきたした人は家族や病院、施設に押し付けられ、多くの人が日常生活で関わる必要のない場所にいる。構築人類学。壁に向かって正座した女性が社会から孤立しているのは、彼女だけの選択の結果ではない。私を含め、彼女の姿を視線の隅で捉えながらも、関わらないという選択をした多くの人々がそれらを一緒に作り出している。贈与論。女性の家事は贈与である。最近はそれに経済性を求めてしまった。物乞いにお金をあげるのに抵抗があるのは、それがお金だから。それがもしガムとかパンとかなら抵抗は少ない。彼らは僕らに対してお金の対価分の何かをした訳では無いからお金を払う必要がない、という交換のモードに入ってしまっている。みんなに与えられる訳では無い、そう思うかもしれない。だが彼らは5円でも快く神の御加護をと言って受け取ってくれる。あるいは、与えることは彼らのためにならないと言うかもしれない。それはそもそもためになるかどうかは与える側が決められるものでは無い。そういう様に思って与えない自分を正当化する。物乞いに抵抗なくお金を与えているエチオピア人の姿をみて、何故自分はお金をあげることに躊躇するのか、と問うことができる。これが人類学のセンス。経済と非経済というきまりに縛られている。著者は格差へのうしろめたさからお金を与えている。俺が途上国のような生活を羨ましくも思った感情は、完全なる自分を正当化するための彼らの現実の排除だったのかもしれない。白目があるのは人間だけ、それは瞳の動きで感情を晒すため。エチオピアの食べろという文化は、お互いが情に満ちた贈与、共感の関係にあるという確認作業。割り勘か奢るか。人との言葉やもののやり取りを変えれば、感情の感じ方も、人との関係も変わる。震災があって、自分が平穏な生活を遅れていることへのうしろめたさ。

考えるきっかけになりました。

私がいわゆる途上国へ行ったときの経験と、筆者のエチオピアでの経験が重なった。章の途中で学生時代のエチオピアでの日記が挟まれていて、「あぁ、そうそう、そうだよね」と思いながら読み進めた。

途上国へ行く人は、たいてい"物乞いには金を渡すな"と言われる。(少なくとも自分はそうだった)そこになんの疑問も抱かずにいたが、この本を読んで考えてみると、それは日本の基準で勝手に相手を評価しているようにも思われた。

"うしろめたさ"を感じたことに、正直になること。私たちは都合が悪いことから目を逸らして蓋をして生きてきた嫌いがあるから、そろそろ直視する練習をしてみても良いのかも知れない。

でも最後はちょっとくどく感じてしまったな。

読者

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