文芸

雲雀とイリス

雲雀とイリス 五代 ゆう/天狼プロダクション

グインサーガ 146巻。 雲雀→マリウス。イリス→オクタヴィア。 ということで、今回は別れた夫婦の再会話。表紙絵もそんな感じのテイストになっております。 歳月とは恐ろしいもので、マリウスはパロの第一王位継承権者。オクタヴィアはケイロニアの皇帝にと、立場の変化が激しい。

蜜蜂と遠雷(上)

蜜蜂と遠雷(上) 恩田陸

ピアノのコンクールに出場する天才たちのお話 いい音楽って何なんだろうか 音楽を愛するひとの永遠のテーマ 音の描写を読みながら、音を想像する 美しい音の流れが、新たな世界の扉を開く それぞれのコンテスタントの世界が あまりに輝いているので 結果なんかどうでもいいから その音楽を聴かせてほしい そんな気持ちになってしまうお話です(^^)

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魚神

魚神 千早茜

時間も場所も定かでない、遊女屋街くらいしか目立つもののないうらぶれた島。 拾われ、遊女として売られるために育てられる少女白亜と、彼女にそっくりな弟スケキヨ。 二人の過酷な運命を恐ろしく、そして美しく書き上げた作品。

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わたしを支えるもの すーちゃんの人生

わたしを支えるもの すーちゃんの人生 益田ミリ

食品を製造している友人も、すーちゃんと同じく『食べることは信じることなんだ』と言っていて、ほんとそうだよなぁと。 いい話がたくさんだった。それだけにスナップエンドウの描写が…。あ、でもひょっとして、地這いスナップエンドウってあるのかな?

罪の声

罪の声 塩田武士

ラストに劇的な種明かしというよりは、じわじわと真実が明らかになっていく感じが事件のリアルさを際立たせている。いつも読んでる好きな作家さんのミステリーとは趣向が違って新鮮だった。

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漫画ひりひり

漫画ひりひり 風カオル

図書館で手塚治虫の漫画と出会って漫画家を目指す決意をした、というど直球の動機で漫画家を志す元高校球児の主人公、歩。 九州にある専門学校で漫画家養成コースに入り、漫画を描くのにどのペンを使うのかすら知らないレベルから、愚直にプロの漫画家になることを目指して努力を重ねる…。 よく「好きなことを仕事にする」なんて言葉を耳にする。 けれど「好きなこと」を「仕事」にするためには、報われるかどうか分からない、神話のシーシュポスみたいな地道な作業をひたすら繰り返す砂を噛むような思いをする時間が必要なのだろう。 きっと要領のいい人や頭のいい人はそれが分かるから、早々に撤退する。 ただ「好き」なだけでは、漫画を描く人にはなれても漫画家にはなれないのだ。 どこか「愚かさ」のある人でないと、その作業を続けることは出来ない。 絵を描くのが上手い目の肥えた同級生たちの中で、知識もテクニックもないまま初心だけを支えに、素直に地道な作業に打ち込めた歩はある意味、幸運だったのかも知れないと思った。

思わず考えちゃう

思わず考えちゃう ヨシタケ・シンスケ

TBSラジオ「伊集院光とらじおと」のゲストコーナーに来た時、「似顔絵は実物を見ないで描く」理論他、面白いこと話してるなー、という印象もあり、読んでみたんだけど、この人自分のこと語る時はーたとえば「もうぬげない」とかの作品に表出してくる作家性ーエゴがないような感じで物事を語る「エゴ」がすごく読んでてつらくなる。聞き手の編集はもっと頑張れ、と思った。

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夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女 森見登美彦

至福の読書体験。 昭和レトロでコミカルで地の文ですら 読んでて心地いい。「読書すること」 の楽しさの原点と言った感じ。

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もう生まれたくない

もう生まれたくない 長嶋有

誰かの訃報を聞いた時に思うことや語りあうこと。ふだんあまり意識していないけど懐かしいような感覚を覚える小説だった。

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魂の沃野(上)

魂の沃野(上) 北方謙三

ありそうであまり読んだことがない、浄土真宗の独立国家へ移行する、戦国時代前期の加賀を舞台とした小説。目の付け所が流石です、。

夏物語

夏物語 川上未映子

女性性の物語。 どのように生きるかを真剣に、まっすぐ考えさせる。 貧困の世代間連鎖、孤独感、死と出産。 『乳と卵』に重厚さが増し、再び厭な予感、救いのない円環をぐるぐる回っているような感覚に陥る。 『乳と卵』で感じた女性特有の血の匂いは少しだけ鳴りを潜め、代わりに時間の経過や「老い」が重くのしかかる。 貧困地域に住んでいた親世代の人たちは体も衰え、もともとなかった余裕が損なわれてゆく。 そして、そんな親世代に囲まれ、孤独に生まれて生きてきた彼女たちは将来誰かを愛せるのだろうか、と重たい気分になる。 P.190『「たとえば、言葉って、通じますよね。でも、話しが通じることってじつはなかなかないんです。』 案の定、主人公夏子は「本当に」誰かを愛するという事が難しくなっている。それは、性的なものと愛するということがどう頑張っても結びつかず、アセクシュアル的な傾向をもつ。 P.224『でも、じゃあ、相手のことを本当にわかるって、いったいどういうことなのだ?』 そこで、恋愛を諦め、結婚を諦め、出産を諦める。 しかし、年齢が上がり、ある程度仕事の見通しが立って生活に少しだけ余裕がうまれると自らの孤独に打ちひしがれる。 P.286『わたしから街や人は見えるけども、どこからもわたしは見えないような気がした』 夏子は孤独を感じると、旧い思い出に浸る。どれも暖かくて楽しい良い思い出だが、その全てが、完膚なきまで完璧にみすぼらしく惨めである。 それでも、どんなに惨めでみすぼらしくともこの女性にとっては孤独を癒す大切な思い出なのである。 夏子と対照的に、日本的血縁主義的家族神話に生きた女性が用いられる。 p.347『自分の人生を犠牲にして家を守ってきたという自負と恨みがあるんだと』 男性と男性的社会への痛烈な批判。「なんで女だけが痛いんだ」という叫びは、結婚・出産を経た女性にも等しく孤独を感じさせていることの現れだ。 ここで『乳と卵』を読んだ時のような感覚を思い出し、恐ろしいような、申し訳ないような、おっしゃる通りでおます、とまたぷるぷる震えてしまう。 出産、子育て、女性。 子供を産めるのは女性だけの特権であり、呪い。その特別な権利と痛みは男性には絶対理解できないだろう。 さらに追い討ちをかけるように見せかけの尊敬・理解を示す男性に対して「-知らねえよ」(p.388)と一蹴される。 そうですよね、理解して欲しくもないだろうし、理解してますオーラを出されるの嫌悪、また嫌悪ですよね、これは本当に申し訳なく頭が下がる一方で、下がり続ける頭の先をぷるぷるさせて井戸でも掘って冷たい水を飲んで頂ければご機嫌少しは戻られるでしょうか、いやそんな水くらいでご機嫌とろうという浅はかさこそ愚かなオトコという生き物でして頭で井戸なんてほれませんし、僕ったら本当に申し訳ござりません、とぷるぷるが止まらない。 物語が終盤に差し掛かると、より孤独感を感じるようになる。 誰もがどうやら等しく有しているとされる子供を持つという能力。「自分の子供」という存在に会いたい。この痛切な願いを責めることは誰にもできない。 しかし、そこで反出生主義の女性と出会う事になる。 生まれてきたばっかりに、生まれてこなければよかった、どうしてわたしを生んだのか。 こうした怒りや哀しさは、この本の登場人物たちにとっては当然の感情でもある。むしろ、主人公夏子、巻子、そして緑子も反出生主義に与しても不思議ではない。 それでも、夏子には巻子がいて、緑子がいた。そして思い出の中には母がいて、コミばぁがいて、九ちゃんもいた。完璧にみすぼらしく惨めだが暖かい思い出があった。 夏子にとって、思い出の中の人たちにもう一度会いたいという願いこそ、自分の子供に会いたいという願いの起源だったのではないか。それが、この物語の最後のページの言葉に現れたのではないか。 最後のページでまた再び、ぷるぷる震える。

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