ノンフィクション

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ 梯久美子

力作です。読むのも時間がかかりました。丁寧な調査と読みやすい文章で読んでいて飽きが来なかったです。ミホの作品も読んでみたくなりました。才能がある芸術家夫婦の狂気のぶつかり合いの最期を長男が「あの二人は、知力も体力もある二人が総力戦をやっていたような夫婦だった。父が死んだことでやっと、母は父を完全にコントロールできるようになったんです」と話しているのが言い得て妙。

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日本のゴーギャン 田中一村伝

日本のゴーギャン 田中一村伝 南日本新聞社

田中一村という画家を初めて知りました。すごく昭和らしい生き方をした人で、楽をすることが悪いことのような、自らをわざわざ追い詰めるような生き様でした。一瞬だけいた芸大の同期が東山魁夷だというのですから、人生、考え方ひとつでここまでの違う道になるのだなと改めて考えさせてられます。 奄美大島に行ったら田中一村の美術館があるようなのでぜひ行ってみたいです。

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新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか

新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか 福岡伸一

僕は学生時代、分子生物学研究室に配属になり毎日のようにDNAやシーケンサーなどの機械と向き合っていた。 しかし全くおもしろさや楽しさを味わうことができず適応障害を発症して中退した。 その半年後に福岡伸一の本と出逢い分子生物学の奥深さや魅力の虜になった。 生命を切って分けてを繰り返すことで機械的に生命を理解しようと試みることが分子生物学だと思っていた僕には、とても大きく、そして嬉しくもある衝撃を与えてくれた。

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わたしの酒亭・新宿「秋田」

わたしの酒亭・新宿「秋田」 神成志保

戦前から昭和50年代まで東京・新宿にあった「秋田」というお店、文壇人や編集者、映画界関係者などがよく行っていたという酒亭のおかみさんが書かれた本。お店でのお客さんとの出来事が書かれているのかなと思って読みはじめたのですが、そのことだけではなく。お店を開くまでなど載っているお話を読むと相当苦労されてきたのだなと。戦前に結婚して暮らしていた秋田から子ども二人と上京し、保険の外交員などを経験後お店を開くまで。経済的に苦しい時長男に進学を諦めてもらった話。戦後再び新宿にお店を開くまでなど…。おかみさんの人生が詰まっている本です

神童は大人になってどうなったのか

神童は大人になってどうなったのか 小林哲夫

神童は大人になってとても偉くなった。 という結末が先にきて、単なる子どもの頃のことが書かれている。 頭の良さは遺伝であるようだ。 タイトルを大人になった神童の子どもの頃 とした方がふさわしいと思う。 読んでいてつまらなかった

もうひとつのプロ野球

もうひとつのプロ野球 石原豊一

この本に出てくる選手達を現実を愚かな人と思いながら、少し憧れももって見てしまう。 読んでいてやり切れない気持ちになるとこもあるけど、面白かった。

わかりたい! 現代アート

わかりたい! 現代アート 布施英利

デュシャンの『泉』は100年前の1917年に発表されたのだけど、じゃあ100年を振り返ってみようと、代表的なアーティスト34組を取り上げて、解説したのが本書です。タイトルはイマイチですが内容はいいです。 各アーティストを象徴するイメージとしてイラストが1点、掲載されます。まあ漫画的ですが、よろしいかと思います。 34組のアーティストに会田誠が入るなら、山口晃とか池田学とかはいかがでしょう、という気になるけど、文庫書き下ろしなので、しょうがないか。

クラカトアの大噴火

クラカトアの大噴火 サイモン・ウィンチェスター

インドネシア、ジャワ島とスマトラ島の間に位置した「クラカトア」と呼ばれるこの火山は、1883年8月27日、史上最大規模の大爆発を起こしました。本書はこの大噴火がなぜ起きたのか、3万6千人以上の人々はなぜ犠牲になったのか、大噴火は世界中にどんな影響を与えたのかを人文社会科学、自然科学の面から立体的に描くノンフィクションの大傑作です。 クラカトアの大噴火は、「現在、知られているすべての火山噴火の中で5番目に大きい、火山爆発指数6.5の噴火、およそ25立方キロメートルの岩石や火山灰、軽石、粉塵を何万キロメートルも上方、成層圏下層にまで吹き上げ、爆発音を4800キロメートル先まで轟かせ、大変な力と高さをもっと巨大津波を生み、衝撃波を世界の果てまで4回送り出し、ほとんど3回迎え受け」た大噴火です。 本書の読みどころは以下の3点です。 1)大噴火発生の地質学的背景 著者はかなりのページを割いて、地質学に関する科学史的な説明を行っています。これだけで、1冊の新書となりうるような濃い内容です。 バリ島とロンボック島の25キロメートル幅の海峡にアジアとオーストラリアの動物区の境界線(ウォーレス線)があります。例えば、西にはオラウータンがいて、東にはサイがいるという境界線です。この境界線は大陸移動説のひとつの証拠となります。本書は大陸移動説からプレートテクトニス論を展開し、火山大噴火のメカニズムを説明します。これは科学読み物としては面白いのですが、ウォーレス線、プレート境界、クラカトアの位置関係については読み取れず、若干消化不良という感じがしました。 それでも、ウォーレスとダーウィンの葛藤、著者自身が学生時代にグリーンランドで古地磁気サンプル(岩石などに残留磁化として記録されている過去の地球磁場を示す試料)の採集の手伝いをした話、残留磁化が大陸移動説の独立的な証拠になる話(北米大陸とヨーロッパ大陸のそれぞれの磁北極移動軌跡が時間的にずれていて、大陸が移動していることの証拠となる)など、面白いエピソードが並びます。 2)大噴火の経緯と被害状況 最初に書くべきでしたが、クラカトアという島は、現在は存在しません。1883年の大噴火で島そのものがぶっ飛んだからです。それほどの大噴火でした。本書はクラカトアの大噴火の予兆から3万人以上を飲み込んだ大津波、余震を描きます。資料としても貴重と思います。 津波は35メートルの高さに達したといいます。オランダの砲艦「ブラウ号」は津波によって高く持ち上げられ、西に400mほど運ばれたところで波が砕けると、クリパン川の河口にたたきつけられました。船は転覆しなかったものも、落下の衝撃で乗組員全員が死亡したと考えられてます。 空中には衝撃波が走りました。コロンビアのボゴタ付近まで到達し、両側から伝わって来た波が衝突して、そこでまた生じた反射波は帰路についてクラカトアに戻りました。世界各地で衝激波が記録されています。互いに衝突しては反射をくり返した結果、衝撃波は7回地球上を往復したことになります。 爆発音は4,800キロメートルも離れたマダガスカル島の東方ロドリゲス島にまで聞こえ、人々は大砲の音と勘違いしたとあります。 また、クラカトア爆発は植民地時代に発達した海底ケーブルを使った電信技術によって、初めて世界的に伝えられる自然災害となりました。ジャワ島からモールス信号で発せられた情報は3時間で欧州に到着しています。 著者は、クラカタウの大噴火をきっかけに人々が「それまで限られた自分の視野の向こうへ、有史以来初めて、夢中になった。彼らは外界に目を向ける新しい世界の住人になっていったのだ」と断言します。大惨事の報道によってマスメディアが大衆まで降りていったのです。 3)大噴火の影響 クラカトアが引き起こした空気中の粉塵は、ヨーロッパの夕焼けをも七色に変えました。粉塵が成層圏まで達し、長い間止まったからです。また、バタビア(現ジャカルタ)の気温は8度下がりました。 噴火の被害と荒廃により、もともと貧しいジャワの人々の生活はますます悲惨なものになります。著者は、「抜け目ないイスラム教徒」が彼らの窮状を利用して東インド会社や異教徒に対する宗教的運動、政治的運動を展開し、代表的な事件であるバンテン農民反乱(1888年)の「因縁のこだま」としてバリ島のテロ(2002年)が発生したと考察します。原文を読んでいないので、「因縁のこだま」の意味が良くわかりませんが、少し違和感のある考え方と思いました。19世紀末の支配者に対する反乱と独立国におけるテロを比較するのは、少々無理があります。 ーーーーーーーーーーー 多少、理解に苦しむ箇所はありますが、冒頭に書いた通り、人文社会・自然科学ノンフィクションの大傑作です。ただ、460ページを超えるハードカバーで、読み始めるには多少の覚悟が要ります。それでも、娯楽性に富み、読書の楽しみを味わえる本です。★★★★★ 以下、蛇足です。 1)クラカトア島は1883年の噴火で消滅しましたが,1928年にアナック(子供)・クラカトア島が現れ,それ以後噴火を繰り返しながら,成長を続け,既に標高500 mを超える火山になっています。 2)クラカトアの大噴火直前はバタビア(現ジャカルタ)の最盛期でした。当時は「東洋の真珠」と呼ばれていたそうです。 「バタビアにはエキゾチックこのうえない国際都市の雰囲気があった。ターバンを巻いたマカッサル人、髪の長いアンボン人、黒髪を弁髪に垂らした中国人、バリのヒンズー教徒、野菜の行商をする黒いポルトガル人、ケララから来たムーア人、タミル人、ビルマ人、そして日本から来た傭兵もいくらかいた」。 現在もジャカルタ北のコタ地域に行くと当時の雰囲気を味わえます。ファタヒラ広場には多くの洋館が立ち並び、カラフルな自転車を借りて回ることができます。運河には当時の跳ね橋もあります。本気で整備すれば、世界遺産になれるくらい重要性のある地区と思いますが、あまりにも汚いです。特に跳ね橋付近の悪臭は我慢できません。個人的には、国債を発行してでも整備して欲しいです。魅力的な地域になり、インバウンドを呼び込めると思います。 3)インネシアでは、クラカトアとは言わず、クラカタウと言います。クラカトアという名前は、モールス信号を打ったときに誤って伝わったとあります。 因みにクラカタウは某オランダ人が現地の人に「あの島の名前は?」と聞いたら、返ってきた答えが「知りません(ngak tahu)」。この「ンガッタウ」がクラカタウという名前になったと本書にありました。これは知りませんでした。

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