社会

シャーデンフロイデ: 人の不幸を喜ぶ私たちの闇

シャーデンフロイデ: 人の不幸を喜ぶ私たちの闇 リチャード・H. スミス

同期一番の出世頭が大口顧客を怒らせた! 人気タレントがセクハラ疑惑で降板? ああかわいそうに、でも少しだけ(そう、ほんとにほんの少しだけ!)笑みがこみ上げて来たりはしませんか、よくないことだと知りつつも。自分もそういう感情を抱いたことを白状せざるを得ないけど(それも頻繁にというのがまた救いがない)、そういう感情をドイツ語でシャーデンフロイデという。日本語だとネットでいうメシウマというところ。 人間社会に限らず、競争に満ち満ちているこの世においては、シャーデンフロイデは、競争の中で自分が相対的に優位に立ったことに対して人間が感じる快い感情であるらしい。しかし、そうした快感も、妬みを覆い隠すような形で正当化されてしまえば凄惨な犯罪へと容易に転化するという。例えば、ナチスのユダヤ人虐殺のような。にわかには信じ難いけれど、ユダヤ人は劣った存在などではなく、優秀であるからこそ排斥すべきであるという理屈は明らかに妬みから生まれたものだろう。 明日は我が身と思いながら、自戒の念を抱きながら読む本。

未解決事件 グリコ・森永事件 捜査員300人の証言

未解決事件 グリコ・森永事件 捜査員300人の証言 NHKスペシャル取材班

NHKスペシャルとして放映された「何故、かい人21面相を逮捕できなかったのか」その原因を当時の捜査員と共に探っていったこの番組は放映当時新たに判明された新事実にこの事件を追ってきたというほどでもないが興味を持ち続けてたものとして驚愕した。そして書籍化されたものを文庫化。文庫化にあたって加筆等は無いのが悔やまれる。事件当時、森永の1,000円パックに喜んでいた子どもからすっかり大人になってしまった身としてはキツネ目の男に職質をかけるかどうか?組織、現場どちらの対応もわかるだけに悩ましい。 事件の主な舞台となったのは先月大きな地震のあった北摂地域、その都心でもなく地方でもない独特の風景が印象に残る。 赤軍とグリコ・森永事件については何年かに一度は本が出るけどついつい読んでしまう弱点。「罪の声」再読しようかな。

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チャヴ 弱者を敵視する社会

チャヴ 弱者を敵視する社会 オーウェン・ジョーンズ

「ニート」発祥の地、イギリスにおける「チャヴ」という現象。 日本において定着した労働政策に関する用語の一つに「ニート」がある。ニートとは、Not in Education,Employment or Training “NEET”つまり、就学、就労、職業訓練を受けていない事を意味する用語である。 本国イギリスでは、1999年の労働政策の中で作成された調査報告書内の一文から出てきたものである。 本書においても一箇所、ニートについて触れている部分がある。 以下、引用本書261頁より 「地元には、やってみたくなるまっとうな仕事がほとんどない。若者の四人に一人はどこかの段階で『ニート』になる。ー六歳から一八の『教育も受けず、雇用もされず、研修中でもない』若者のことだ。産業に徒弟制度がなくなったことで、労働者階級の若い男性の多くには、選択肢もほとんどなくなった」 本書ではこれ以上ニートに関する話題は出てこない。 しかし、この言葉の定義以上にイメージが定着した日本の「ニート」とイギリスの「チャヴ」、それがどういった若者達をさすかは非常に似ている。 まず、日本におけるニートのイメージは以下の本田由紀のインタビュー記事にあるように、今まであった様々な問題を含めた上で結局若者の「やる気のなさ」「向上心が欠けている」というような個人の内面の問題として捉えられてきたし、捉える方が都合が良かった。 以下、引用 http://www.futoko.org/special/special-02/page0513-121.html 「ニート」という言葉は、04~05年にかけて急速に広がりました〜きっかけの一つが、「働かない若者『ニート』、10年で1・6倍 就業意欲なく親に”寄生“」という見出しで一面に掲載された、2004年5月17日づけの産経新聞の記事です。それにより、日本のニート概念、つまり「意欲のない若者の増加」「親への寄生」というイメージが色濃く定まってしまった感があります。その後、「ひきこもり」や「パラサイト・シングル」といったニート以前の既存の概念もニートに集約され、あの急速な広まりが生まれました〜ニートという言葉の広がりを見て、政治家や識者からは「愛国心がないから、国のために働かず、ニートになるんだ」「ニートを育てた親の教育が悪い」といった意見も出されました。 本書「チャヴ」においても似た議論がある。広まる時期まで似ている。 本書15頁より 「二〇〇五年に初めてコリンズ英語辞典に載ったとき、『チャヴ』の定義は『カジュアルなスポーツウェアを着た労働者階級』の若者だったが、その意味は著しく広がった〜いまや、チャヴということばには、労働者階級に関連した暴力、怠惰、十代での妊娠、人種差別、アルコール依存などあらゆるネガティブな特徴が含まれている」 以上のように本書ではチャヴという言葉の使われ方、イメージがどのように広がっていったかが述べられる。 著者はその言葉のイメージと実態が異なる事、実態を見えなくさせようとする動きを指摘している。 ・上下を隠す動き 昔に比べて無気力な若者が増えてイギリスが悪くなったという言説、「ブロークンブリテン」と呼ばれるものは、実際には、サッチャー政権下でおきた労働者階級の分断、産業の空洞化がもたらした真空地帯にほとんど何も手当を施さなかったどころか、「支援を受けるやつは向上心の無い怠け者だ」とするレッテルを貼って、責任を個人の能力の欠如とした事だった。 レッテル貼りにはその政権の人間だけでなく、メディアや有識者も、左派も右派も加勢した。 これは上下の対立を見えなくするやり方だった。 本書の核心は常に権力のあり方、行使のされ方だ。 本書361頁より 「本書で論じたかったのは、憐れみやノスタルジーではなく、権力だった〜われわれは実質的にみな中流階級だとか、階級という概念はもはや時代遅れ、社会問題は個人の失敗の結果といった言説、どれもまちがっている」 権力のあり方が資本と結びつく事を指摘した世界で最も有名な著者、カールマルクスはドイツ人ジャーナリストだった。 ジャーナリストは世界を下から見ていき、権力のあり方を分析し、批判するべきだと思う。 これはまっとうなジャーナリストが正面から権力について迫った本だった。

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力を使え!

力を使え! 田口ランディ

ユリ・ゲラーによって「超能力」を引き出されたとされる秋山眞人と、その友人である作家、田口ランディの対談集。 1970年代の超能力ブームの一端が垣間見えて、なかなかに面白い。田口さんは最近すっかりこっち側の人になってしまって、うーんという感じだが、ご本人的には楽しそうだね。

性風俗世界を生きる「おんなのこ」のエスノグラフィ――SM・関係性・「自己」がつむぐもの

性風俗世界を生きる「おんなのこ」のエスノグラフィ――SM・関係性・「自己」がつむぐもの 熊田陽子

御茶ノ水大学の大学院生の博論を再構成したもの。都内のSMデリヘルに受付スタッフとして働き、文化人類学的に参与観察したものをまとめたもので、風俗嬢の体験本や、ライターの書いたもの、学者的な調査報告などの本などはたくさんあるけれども、文化人類学的な視点から性風俗を書いたものは初めてではないだろうか。 「遊び」「ゲーム」「笑い」「都市」などのキーワードを使いながら、描き出す著者の見た社会の見方はとても優しくて面白い。上半期ベスト3に入るかも。

心の文法―医療実践の社会学

心の文法―医療実践の社会学 前田泰樹

感情や記憶は、個人の能力に還元されやすい。その考え方に基づき医療も行われやすいのだが、一方で医療とは、患者と医療者が向かい合い、互いに感情や記憶を交錯させる場面でもある。著者は、診療場面を丁寧に記述することで、感情や記憶というものを説明しようとするときに寄って立つべきは我々の生活そのものであることを述べようとしている。試みが成功しているかというと微妙で、一分で辿り着ける目的地にわざわざまわり道して向かっている気がしてくる読み心地。ものすごく、読みにくい。しかしそのくらい実はたどり着きにくい目的地なのだな。

知性は死なない 平成の鬱をこえて

知性は死なない 平成の鬱をこえて 與那覇潤

まず双極性障害当事者による手記として価値がある。また、一人の学者が大学や論壇の欺瞞、政治の混迷に対し真剣に悩み、自身の進む道を探っていく書でもある。2000年代に多量に出版された、文学や歴史を読み解く本のようにみせかけて、我々は弱者だ、で〆る類の人文書。「でも『だれが被害者なのか』ということは、なにかのはずみでくるっと変わってしまうじゃないか」。リベラルも保守も終わり、日本の大学に限らず「海外のトップ大学」も含め大学自体の社会的な意義が問われるなかで、どのように生きていけばいいのか。極めて誠実な思索の書。

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都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画

都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画 饗庭伸

耳触りのよい「コンパクトシティ」に異論を唱え、人口減少社会で必然的に生じる「スポンジ化」から都市をたたんでいく(決して再興させるとは言わない)考え方を中心に、そもそも都市とはから人口減少時代の未来までわかりやすく述べられている良書です。

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裁かれた命 死刑囚から届いた手紙

裁かれた命 死刑囚から届いた手紙 堀川惠子

応報か教育か。「死刑裁判の法廷で裁かれた被告人は 、長谷川武である 。しかし 、彼の死をもって裁かれたのは 、彼を囲んだ人たちだったのかもしれない 」この言葉はあまりに重い。単行本より文庫本をおすすめします(文庫化によせても合わせて読んでこの物語の区切りと感じるので、ぜひ)

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マスコミ亡国論

マスコミ亡国論 西部邁

旧版が発刊されたのは1990年だが、今読み返してもとてもおもしろい一冊。「ポストトゥルース」というワードが使われるようになった現在、マスコミはどうあるべきかを改めて再考してみる。

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