中央公論社の本

妙高の秋

妙高の秋 島村利正

海産塩物を扱う家に産まれた島村さんは長男であり、家を継ぐことは必然でした。しかし小学校教師の影響で文学少年になり、父親はそれに対し警戒心をつのらせます。15歳。問屋に見習い奉公に出したい父親に殴られ、それでも思い切って家出しようとしたけれど、姉に気づかれてしまい、深夜、泣いている母や姉弟達と身震いしながらの話し合い。島村さんは自分の意思を通しますが、それは弟に家業を押し付けるようなものでした。好きに生きることが家族全員の運命を翻弄してしまう時代の、家族の混迷と微かな再生。そんな私小説の表題作を含む短編集。

日本橋檜物町

日本橋檜物町 小村雪岱

昭和10年代、著者晩年の頃(享年54歳)書かれた画文集。「個性を描出することには興味が持てないのです」という著者が人物を描く時に何を目指していたのか、はっきりと宣言されます。東京美術学校の学生だった頃を中心に上野・浅草・木場などでの思い出が書かれた前半、泉鏡花などとの思い出が書かれた後半に分かれていますが、前半がいい感じです。最初と最後に収められた文章中のそれぞれに鮮烈な情景が、あるものによって見事に響きあっていて、ぞくっとさせられました。

ライダーズ・ハイ

ライダーズ・ハイ 山川健一

夏の陽ざしや、いきなり影の中に入った時の感覚や、雨の匂いや、湖におちる青い月の光や海の香り、夕焼けに染まった空や、なによりもタイヤが路面をたぐりよせる感覚や傾いて見える世界がおれを再び温かく迎えてくれた。

雪片曲線論

雪片曲線論 中沢新一

P39 太極拳がシミュレートしようとするタオの動きにも、メヴラーナ・ルーミーの霊感を受けて旋回しつづけるスーフィたちの舞いの動きにも、私たちは生成にせまろうとする流体的思考の現われを見つけることができる。

ポロポロ

ポロポロ 田中小実昌

初年兵として中国戦線に赴いた体験を元に描いた連作集。「中国戦線では、敵兵を見ない、というのは有名なはなし」。敵兵の代わりに襲ってくるのは、飢えと感染症。行軍途中に倒れたり肛門から血を吹き出させたりしながら呆気なく死んでいく仲間達。たまに発砲すれば、その弾は敵兵ではなく身内のはずの者の命を奪う。そのうちに敗戦を迎え、病人がうじゃうじゃいるのに野戦病院は解散してしまう。後半では、自分の体験を物語ることへの疑念やためらいが吐露される。文体は淡々としてるけど、ぐらぐらと揺れ動く戦記です。

雨森芳洲―元禄享保の国際人

雨森芳洲―元禄享保の国際人 上垣外憲一

対馬藩にいた、江戸時代の国際人。国の尊い卑しいは立派な人が多いか少ないか、国民の道徳の水準で決まる、また今栄えているからといって、いつ没落するかわからない。納得です。

真昼のプリニウス

真昼のプリニウス 池澤夏樹

生きる、という感覚と他者 生の実感を持てないものは 持つものに憧れる それを愛だ恋だと錯覚する 物語ることへの疑問 消費社会への根本的な嫌悪感と 人間の生のように熱い火山たち そして恋人 欠けていたピースが徐々に揃う 結末は書いてないけれど。

壬申の乱―天皇誕生の神話と史実

壬申の乱―天皇誕生の神話と史実 遠山美都男

応仁の乱って本が売れてるそうな。そう言えはわが郷里の乱についてはとおりいっぺんのことしか知らなかったな、ということで。 大化改新でお馴染み中大兄皇子こと天智天皇亡き後、跡目をめぐって天智の息子の大友王子と天智の弟と大海人皇子が争った古代最大の乱。天智天皇の都は大津にあったのだけど大海人皇子がいったん身を隠したのは吉野、そして最大の戦闘が行われたのは橿原の地、買った大海人皇子が天武天皇として即位したのが飛鳥というもろに地元であった戦争。こういう展開だったんだな、と思うと共に古代には渡来系含めこんなにいっぱい豪族がいたんだなと。壬申の乱のあおりで雌伏を強いられた藤原不比等の暗躍で貴族といえば藤原氏とその他、みたいになってしまったことを考えるとなんとも凄い奴だなと改めて。

月光のイドラ

月光のイドラ 野阿梓

所謂ボーイズラブの系譜である耽美小説なのですがサイバーパンク的なSF要素もあり、SM小説でもあり、ファンタジーといえばそれな気もします。 うつくしい少年二人が山奥の温泉地でイスラムの指導者だったものの痕跡をたどるにつれ亡命してきた指導者の後継、秘密警察、地元の名家だった、彼らをかつては助けていたもの、そんなものが絡んできてぐちゃぐちゃと混ぜ合わされた、極彩色のうつくしい悪夢といった感じでした。 とにかくなんというかけぶるような官能といった感じです。 エロではなくエロス。官能。耽美。仕草ひとつひとつ、情景ひとつひとつがとにかく官能的なのです。それでいって肉々しいわけではなく、石膏でできた裸体を眺めているような無機質さも感じます。 はじめの数ページを読んだときは長野まゆみ的な白昼夢のようなぼんやりした感じを覚えたのですがページを進めるにつれてああ全然別物だなと思います。 男性的、といいますか、女性にはあまり縁がない感じの雰囲気もありました。 官能と幻想の小説だと思います。ただどんな話?と言われるとうまく説明は出来ない……難解な話です。 2015.04.19

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 村上春樹

昔から好きな作家だし訳者だし、ほぼ全部読んでるはずだし再読するか、と思って手にとってみたらこれが未読の〜正確にいうと短編5編のうちいくつかが読んだ記憶のないもの〜作品集でなんか得した気分。短編と訳者である春樹さんのエッセイ、それに作者の「再発見」に貢献した文芸評論家の序文が収められている。「不躾なくらいに気前よく才能を撒き散らす作家」と訳者が言うとおり今読んでも古さを感じない作品ばかり。特にタイトル作は何度読んでも味わい深く素晴らしい。