岩波書店の本

原発のコスト

原発のコスト 大島堅一

原子炉格納容器の圧力を下げるためにガスを外に逃がしたが、逃がしてなかったらどうなっていたのか?原発震災。福島県内の学校は平常時の1ミリシーベルトの20倍でも開校した。国がそう判断した。賠償を払うのは東京電力。額は東京電力と被害者との間での合意。それを迅速に行わせるために原子力損害賠償紛争審査会により、指針が進められた。原発事業者には、無過失責任が課される。 第1条、原子力事業の健全な発達に資する事をもくてきとする。一見俺らからすると東日本大震災は三条の異常に巨大な天才地変だと思うが、政府的な解釈としては一般的に日本の歴史上例の見られない津波という判断である。損害賠償の保証と国と保証契約。

アフター・ヨーロッパ――ポピュリズムという妖怪にどう向きあうか

アフター・ヨーロッパ――ポピュリズムという妖怪にどう向きあうか イワン・クラステフ

(要約) ・近年EUが直面した複数の危機のうち、難民危機だけが本質的な危機である。 ・EUには3つのパラドックスがある。すなわち、中欧のパラドックス、西欧のパラドックス、そしてブリュッセルのパラドックスである。中欧の人々はEUが好きだがリベラルは嫌いだ。西欧ではリベラルでコスモポリタン的な若者が政治的な運動を組織するに至っていない(SNSで集まり、一瞬不満を爆発させて終わってしまう)。ブリュッセルの能力主義エリートは、能力が高いが故に国家への忠誠心を疑われ、人々から信用されない。 ・とにかくsurviveすること、それだけがよりよいEUを実現する唯一の方法だ。改革は直線的には成し遂げられない。 (コメント) 何が言いたいのかよく分からない。取り留めもない。処方箋もない。「本書は、これから起こりそうなことについてただ思いめぐらすこと…が目的」だそうなので著者としてはそれでいいのかもしれない。まあ、ヨーロッパで起きていることについてヨーロッパ人が語った本という意味では貴重かもしれない。

移民国家アメリカの歴史

移民国家アメリカの歴史 貴堂嘉之

移民神話から始まるアメリカの歴史、近代国家は個人や私的な団体から合法的な「移動手段」を収奪することによって誕生した。これは神話時代との整合性と矛盾することになりその姿はアメリカの持つ理想主義を掲げる民主国家と強欲な略奪国家の二面性と相似する。 本書では日系移民についても多く割かれているが、今日に至るまでの苦難の歴史と権利を勝ち取っていくたくましさには 胸を打たれる。しかし母国である日本での受け止められ方は下記の通りであった。忘れず心に刻む。 「四四二部隊出身で、日系人として初めてアメリカ連邦議会下院議員となったダニエル・イノウエが1959年に来日し、当時の岸信介首相と面談した際のものである。 イノウエが『いつか日系人が米国大使となる日が来るかもしれません』と水を向けると、岸首相は次のように語った。『日本には、由緒ある武家の末裔、旧華族や皇族の関係者が多くいる。彼らが今、社会や経済のリーダーシップを担っている。あなたがた日系人は、貧しいことなどを理由に、日本を棄てた「出来損ない」ではないか。そんな人を駐日大使として受けいれるわけにはいかない』。イノウエにとって、思いがけない屈辱的な言葉であった」(ETV特集『日系アメリカ人の「日本」』 2008年9月28日放送)」p.199

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日本永代蔵

日本永代蔵 井原西鶴

井原西鶴好きな私の原点。 短編のくせにポンポン話が飛ぶ、また主語が分かりづらいのでなかなか読みづらいですが(笑)、商人たちのシビアな渡世術に笑ったり、呆れたり、感心したり。 そして、いつの世も、傾城に鼻の下を伸ばすとろくなこたァありませんな。

マーラーと世紀末ウィーン

マーラーと世紀末ウィーン 渡辺裕

トーマス・マンの小説「ベニスに死す」をヴィスコンティが映画にし、ライトモチーフに使用したのが、マーラーの第五交響曲、第四楽章「アダージェット」。多くの人と同じように、この映画がマーラーとの出会いになった。

子どもたち 曠野 : 他十篇

子どもたち 曠野 : 他十篇 Chekhov, Anton Pavlovich

チェーホフの創作上の転換点となった「曠野」が出た当時の作家ガルシンの言葉、「ロシア文学にはこういう言葉、生活、率直さの見られる傑作はこれまでなかった。」チェーホフの詩情あふれる美しさに魅入られたという。

ウイタ・セクスアリス

ウイタ・セクスアリス 森鴎外

友人から借りたもの。鷗外は得意ではないが、今回読んでもやっぱり得意ではない。読み方が間違っているのかとは思うが、感情や物語の起伏というものを期待するものではないかと。僕はただ鷗外書いた私小説として捉えている

雑学者の夢

雑学者の夢 多木浩二

1928年生まれの書き手による読書履歴。敗戦後にフランス語で読んだ『方法序説』。ロラン・バルトからソシュールに遡り、その後ヴァルター・ベンヤミンの言語論に接したときの戸惑い。ベンヤミンの『パサージュ論』における「静止状態の弁証法」と、オーギュスト・ブランキ『天体による永遠』で述べられている永劫回帰としての地獄。フーコーから受けた挑発と、著者自身の問題意識。「一人の個人の内的な読書経験をだれが知りたがるだろうか」と謙遜されてますが、思考の積み重ねの中で方法論が形作られてくる一例として興味深く読めました。

武蔵野をよむ

武蔵野をよむ 赤坂憲雄

渋谷のNHK放送センターが建っているあたりはかつて監獄であった。その裏に住んでいた国木田独歩は散策を愛し、『武蔵野』というテキストを遺した。水車がまわり大根畑の広がる120年前の渋谷村。テキストの裏に周到に隠蔽されている、悲恋の相手に対する愛憎。独歩は自宅での独座とともに、渋谷村の雑木林や小道を歩きながらの思索を愛した。赤坂憲雄の筆は彼方此方へのび、小道の様に錯綜する。まとまった解はないが、断りがあるようにこれは試論であり武蔵野学の始まりの書である。読む者も独歩や赤坂と共に迷い道を楽しむのがよさそうだ。