平凡社の本

宮本常一と写真

宮本常一と写真 石川直樹

昔の日本人の瞳は貧しくても輝いていた、というような言説には疑いをもって接するようにしていますが、この本に収められた写真の中の人々の表情は確かに輝いています。撮影時期はほぼ1960年代。ほとんどの写真は明らかに同意を得た上で撮影されており、宮本常一と、被写体となった人々との関係性が人々の表情に反映されているのかなと感じました。山口県浮島や佐賀県呼子での、船上で過ごす子ども達の写真が特によいです。風土記と万葉集を鞄に入れて旅をするというスタイル、いつか出張の時に真似してみたいな。

マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防

マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 長岡義幸

戦後に顕著となったマンガへのパッシング。 初期の「悪書追放運動」から、80年代後半の「有害コミック」問題、そして「児童ポルノ禁止法」の成立まで、丁寧に当時の史料を掘り起こししつつ、その問題点をあぶり出していく一冊。 表現規制と表現の自由。「悪いものだから」という近視眼的な視点から、嫌悪感だけが先に立った規制論が、権力者側に体よく利用されているだけのように思える。 規制側の上層部に警察官僚が続々と天下ってきているあたり、暗澹たる気持ちにさせられる。

保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況

保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況 西部邁

ガンディの非暴力不服従に心の奥底では共感しながら、日本は核武装をすべきだと述べる。西部邁は、いつもこんな具合だった。ん?どっちなんだこの人?と思いつつ読み終わり、なんかもやもやする。そういう文章を書く人だった。初対面の人にいきなり「私はあなたを許さない」「元全学連なのに東大教授になったから」と絡まれたり、苦い思いを散々されたようだ。雑に読むとそういう受け取り方になるのだろうか。政治とは割り切れないものだろう。論じ方も割り切れなくて当然ではなかろうか。自裁の六日前に書かれたあとがきをもって本書は閉じられる。

共産主義者宣言

共産主義者宣言 カール・マルクス

翻訳家の仕事が素晴らしい。恐らく世界中の革命家達がこの躍動感溢れるマルクスの生々しい言葉に背中を押されたのでしょう。暴力という手段には反対しますが、あらたな産業革命が起こりつつある今、読み直すことで得られるものがきっとあると思います。

暮らしのなかのニセ科学

暮らしのなかのニセ科学 左巻健男

水素水、水からの伝言、EM菌。もっともらしい理屈を並べ立て、学問を装いながら人を騙す数々のニセ科学案件。 ニセ科学が公教育や行政の場にまで浸透している事実には暗澹とさせられる。良い話だから、為になる事だからと広がって行くさまは、少し前に問題になった「江戸しぐさ」を連想させる。 ニセ科学は科学的な裏付けはないのに、実績を積む事で説得力が増し、更に不可解な欺瞞が広がって行く。 この手のインチキ案件は、自分に直接の関わりがないからといって見過ごさずに、批判的な目を向け続けて叩いていかないと、いずれ致命的な事態を招きそう。なんとかしていかないと。

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江南春

江南春 青木正兒

著者自身により雑文集と規定されているが、実際は濃密な文章の集積。表題作は大正11年の中国旅行記。この人はほいほい一人で街中も野山も歩きまわり、鉄道用の鉄橋まで歩いて渡ってしまう。風景描写に陶然とする。『支那戯曲小説中の豊臣秀吉』は、秀吉の死をどれだけ明の人々が喜んだか我々に教えてくれる。もはや人ですらなく「長さ約数千丈、蛇形にして魚鱗あり」な妖怪として描かれる秀吉。『醜の芸術味』では、支那近代芸術が狙っているのは「美」ではなく「真」だと畳み掛け、「醜の芸術味を絶叫」する。ページごとの情報量が尋常ではない。

アイヌの物語世界 (平凡社ライブラリー (190))

アイヌの物語世界 (平凡社ライブラリー (190)) 中川裕

“これが本来のスタイルを保っているものだとすれば、『神謡集』の「銀の滴」にも、やはりもうひとつサケヘがついていた可能性が高い。しかし、たとえそうであったにせよ、『神謡集』は「銀の滴降る降るまわりに」という美しいフレーズで冒頭の一篇が始まっているからこそこれだけ多くの人の心を掴んできたのだとも言える。優れた文学的感覚でそれを感じとっていた知里幸恵は「銀の滴」という響の美しさを優先してあえて本来のサケヘを外してしまったのかもしれない。”

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遺伝か、能力か、環境か、努力か、運なのか: 人生は何で決まるのか

遺伝か、能力か、環境か、努力か、運なのか: 人生は何で決まるのか 橘木俊詔

2018/01/12 読了 ズバリ結論が出ると思っていたのに、期待していた内容とは違っていた。遺伝によるところが大きいことは意外であったが、結局、努力しないとダメ。当然といえば当然だけど、もっと違った結論を期待していた。美醜による格差とか、面白いネタはたくさんある。

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ゴーストライター論

ゴーストライター論 神山典士

いっとき世間を騒がせたゴーストライター。出版界では、ビジネスモデルとして成立していたのだそう。業界を支えるのは“職人”といった方が合いそうなプロのライター方。専門書を読み、周辺取材をし、著者となる人の考えにせまっていく。そこで、「あぁ、わたしの言葉にならなかった考えはこれだ!」と、著者も気づいていなかったようなことまで言語化していく仕事です。 もっと敬意を払われるべきでは、という流れである著者が言った「設計士」の考え方はぴったりきました。 『LEAN IN』のラストに著者の側でライティングに当たってくれたライターに感謝を示す言葉がある。そう、これでいいのだ。