早川書房の本

テロル

テロル ヤスミナ・カドラ

主人公はイスラエルに住むアラブ人。イスラムの信仰も薄く、イスラエルの国民であることを選択し外科医として成功してテルアビブの高級住宅街で妻と暮らしている。ある日、自爆テロの被害者の手当てに追われ疲れ果てて帰宅した彼は自爆テロの実行者が自分の妻だと告げられる。全くなんの兆候も感じられなかったことにショックを受け自爆に至る理由を探るのだが…という話。こんなに救いのない話も珍しい。作者は自爆テロに批判的でこういう作品を書いたのだろうけそれが故に生まれ育ったアルジェリアに住めなくなったのだとしたらやはり問題は根深いな、と思った。アラブ特有なのか時折入る美文調は鼻につくものの良い作品でした。

ブルーバード、ブルーバード

ブルーバード、ブルーバード アッティカ・ロック

実は全くの勘違いから手にとった(昔すごく好きだったグレッグ・ルッカという作家の久々の新作だと思っていた...。なぜ間違えたのか…と思って調べたらルッカの作品の主人公がこの作者の名前に似ていたのだ。読みはじめてしばらくわからずずいぶん作風変わったなと思っていた。)のだけど...アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞、英国推理作家協会スティール・ダガー賞、アンソニー賞最優秀長篇賞の三冠を取った作品は伊達では無かった。主人公はテキサス・レンジャーの黒人捜査官。身内の犯罪に巻き込まれて休職中のところを旧友のFBI捜査官に頼まれてテキサスの田舎町で相次いで起きた殺人の周辺捜査に加わる。一件はシカゴから来た黒人弁護士の殺人、もう一件は田舎町のバーの白人ウエイトレスの殺人。テキサスの田舎町の黒人女性が営むカフェと貧乏白人のたまり場のようなバーの二箇所を中心として人種の対立や主人公と田舎町の人々、それぞれの過去やしがらみが徐々に暴かれていく。ミステリとしての謎解きも素晴らしいのだけどむせ返るような湿気というかアメリカ南部の雰囲気、そしてタイトルもジョン・リー・フッカーの曲から取られているのだが全場面に低く静かに流れているようなブルースの感触が素晴らしい。本国では続編も出てるみたいでそれも楽しみ。面白かった。

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クリエイティブ・スイッチ:企画力を解き放つ天才の習慣

クリエイティブ・スイッチ:企画力を解き放つ天才の習慣 アレン・ガネット

羨望で見つめ、嘆息とともに自分を見つめてしまう「天才のひらめき」が意識して呼び込める、を解説し、実践するフローを紹介。クリエイターのためだけでなく、「愛される」原動力となるアイデアやひらめきはさまざまな場面で実践可能。眠っていた自分の「大量消費」を猿真似でも意識して外に出す、そしてコミュニティに飛び込む。何かを生み出したい人たちに。

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サイレンズ・イン・ザ・ストリート

サイレンズ・イン・ザ・ストリート エイドリアン・マッキンティ

前作が荒削りながらもかなり面白かったので手にとってみたテロが最も激しかった頃の北アイルランドを舞台にした警察小説の邦訳二作目。本作から登場人物紹介の他に登場組織一覧が付録されるようになった。北アイルランドはプロテスタントの住民が多く、独立したアイルランドとは別にイギリスの一部となっている。本作の舞台となっている時代はカトリックの独立派テロ組織IRAを始めとして複数のテロ組織と国家権力が入り乱れて争う一番荒れていた時代。大学で心理学を学んだけども警察官を志した主人公はカトリックでIRAからは裏切者として命を狙われている。住民は警察車両にも平気で投石や発砲をしてくるし車に乗る前には爆弾の有無をいちいちチェックしなければならない。前作で逸脱しながらも大活躍した主人公は勲章を貰い昇進を果たしている。本作ではスーツケースに詰め込まれて捨てられていた首なし死体が地道な捜査から米国人のものだとわかり周辺捜査から別の殺人が浮かび上がり…という話。一作目よりかなり洗練された印象。謎解きにも無理がなく娯楽作品としても優れている。このシリーズはしばらく追いかけてみようと思っています。

兄弟の血―熊と踊れII 上

兄弟の血―熊と踊れII 上 アンデシュ・ルースルンド

実話を元にしたものと知って凄くびっくりした作品の続編。こちらは完全なフィクションとのこと。軍の武器庫から盗んだ強力な武器で銀行強盗を何件もやらかした三兄弟。本作品では出所した彼らのその後、が中心に描かれている。主犯で一番刑期が長かった長兄が出所。更生しようとしている弟達と違って自分を捕まえた刑事に対する復讐のため出所早々犯罪計画を練って再度弟達を引き込もうとするのだが、という話。暴力的でゆがんだ思想で家族を支配してきた父親に反発しつつも自分も同じようになっていく長兄。父親とのこじれた関係の回想シーンと現代の犯罪計画が交互に描かれる形。復讐される側の刑事も似たような親子のトラウマを抱えており複雑な関係の兄がいて長兄の犯罪計画に巻き込まれていき、という形で刑事側の描写がさらにそこに加わって重厚なミステリになっているのだが…確かにミステリとしては上出来だけど読後感は最悪。こういう風にだけはなって欲しくなかった、という展開でちょっと人には勧め難い印象。

黒猫のいない夜のディストピア

黒猫のいない夜のディストピア 森晶麿

黒猫シリーズの第2期スタート。 第1期は、と考えてみたら、付き人の成長物語であり、付き人と黒猫の不安定で柔らかな恋愛がゆっくり育まれていく物語であり、未婚の母と父との間に確かに存在していた時期を探す旅であり、親たち世代の秘めた恋を知る旅だったりしたように思う。 第2期のスタートの初っぱなから付き人と黒猫は喧嘩するし、黒猫はその状態のまま出張してしまうし、黒猫とは全然違うタイプの男性が現れて付き人を振り回すし、で読み手としては混乱させられる。作者は舞台にいない黒猫をどうしたいのだろう、って。 最後の母娘のシーンで、母君が「よかった」のセリフが一番泣けてしまった。 母君はその後、一晩中、亡き人を思って泣くほどとても深い想いを抱き続けて生きてきた。それとはまた別の部分で未婚の母として生きていくことを若干23歳で決断た娘を愛している母でもある。その二つの側面が過不足なく表れた言葉のように感じたのだ。好きな人に自分たち二人の娘を会わせたいと願っていた気持ちと、母としていつかは父親と対面させてやりたいと抱いていた希望と。それともう一つ、恋人として母としてではなく、一人の人間として、自ら父親が誰であるか正解にたどり着き、会う機会を得ていた目の前の女の子への賞賛もあったかもしれないとも思う。 最初の「よかった」は、彼と娘の双方に向けて、「あの人は〜」は彼に向けて。最後の「本当に、よかった……」は、父娘が出会えた事象に対して、もしかしたら、親の事情で娘にはさみしい思いをさせたかもしれない、という負い目に対しての言葉だったのでは。 アルバムを開いて過去を辿る行為は、街を歩き回っていた意味の延長線上にあって、そこには決して写っていないけれど、娘との日々の中にあった最愛の人への想いを辿っていたのではないだろうか。ドッペルゲンガーの存在は付き人が父親似であることを示していたわけだから、父親の面影をしっかり宿した可愛い娘との生活は、母君にとって幸福な日々だっただろう。 全然違う分野でそれぞれ大成して、遠くでお互いの存在を活躍を感じてきた彼らの深くて長い時間が終わってしまった。いや、会わずに終わらせたことで(たぶん葬儀も行かないだろう)むしろ、母君の中の彼は「死」を経験せずに済んだのかもしれない。 二人は彼の名前を言い合って確かめ合うことはしない。それが二人にとっての当たり前だだから。これからもその当たり前が続いてゆく。そう感じさせる最後だった。